第17話 公開処刑を癒してくれるエンジェル(1)
ラブレター、と勘違いしているクラスメイトたちの盛り上がりは絶賛暴走中。
注目大好き安城寺もさすがに
畳みかけるように問い詰める周囲の言動には、もはやいじめに近いようなものを感じてしまう。
アイドル並みに人気がある安城寺は誰のものでもなく皆のもの。
ファンと呼ばれる生き物は、利己の欲を満たすために安城寺聖来という一個人の人間性を消失させ、偶像として昇華し崇拝する。安城寺に自己中心的な想いを寄せるあまり、彼女の意思を疎かにし、あまつさえ犠牲にしてしまう。
強すぎる想いの連なりは盾をも
今の安城寺の置かれている状況が、まさにそうだ。
好奇心という悪霊に憑りつかれたクラスメイトに悪気はないのだろうが、さすがにこれ以上は見ていられない。誰にでも魂を売るような人間が、最も悍ましく恐ろしい悪魔なのかもしれない――俺はそう思わずにはいられなかった。
安城寺は「人の気持ちを踏みにじるのはよくない」だとか「読み上げたら差出主がかわいそう」だとか。必死に俺のことをかばってくれてはいるがその想いは実らず、周囲は聞く耳を持たない。
さすがに安城寺も口を噤んでしまった。
この際、俺のことは大丈夫だ。別に手紙を読まれてもいい。読まれて恥ずかしいことは何も書いていないはずだから。俺は大丈夫だから。
これは安城寺にとっての公開処刑。
人混みの合間を縫って安城寺と目があった。俺は助け舟を出すために、安城寺にわかりやすいよう少し大げさにこくりと頷いてやった。
「みんな、今から読むからッ」
……するとどうだ? 思いっきり晴れやかな表情になりやがった。目をキラキラ輝かせてんじゃねえ。お前さっきまで目の焦点が合わないどころか光まで寄せつけずに虚ろになってたじゃねえか!
俺の心配を、ちょっとでもかわいそうだと思ってしまった純情を返せ。
俺のことさえどうにかなれば、オールグリーン。あとは俄然目立つだけだから嬉しいってか。……ザッケンナコラー! 少しはまともな感性が残ってるって思った俺がバカだったよ!
でも、俺のことを己の信念を曲げてまで考えてくれてたのは、なんか、すごく嬉しかった。
安城寺へ
俺はお前にグリモワールを見せなかったことに後悔している。ごめん。俺ばっかり見せてもらったり、ましてやおっぱい触らせてもらったりしたのに、俺が見せないわけにはいかないよな。
今度お前が望むならだけど、もっとすごいの見せてやるから、とりあえずメールください。そしたら予定調整して、学校じゃなくて俺の家で見せてあげるから。でもヨダレ垂らすなよ。俺の部屋汚れるから、ちゃんと飲み込むように。
あと、もう俺には学校で話しかけないでほしい。
学校ではあんまり目立ちたくないんだよ、俺。お前と違ってさ。
俺は学校じゃなくて、自分の家でエロいことを堪能したいんだ。
お前なら理解してくれるって信じてる。だからよろしくお願いします。
森田俊平
さすがは人気アイドル安城寺聖来。ファンレターの朗読とは朝っぱらからたいしたリップサービスだ。できることなら本当に舐めて
妄想の中で解き放たれた俺に訪れる紛うことなき賢者タイム。
……んーあれ? 俺そんなこと書いたっけ? おっぱいとか書いた覚えないんですけど。見せてあげるって、なにーを? 無意識のうちにとんでもないこと書いちゃってたんですけど。
登校前で慌てて書いたせいでろくに手紙を見直すこともなく、略せる言葉は徹底的に排除した手紙。とりあえず用件だけ伝わればいいかな、と。
「ふっふっふっふ……」
あああああぁぁぁぁぁぁぁあああああッ!?!?
どうして俺はこんな
俺にとっても公開処刑じゃねえかよ!! 俺が安城寺にエロい事したいみたいじゃねえかよ!! ……もうエロい事しちゃってますけども!!
ここは絶叫したくなるのをグッと耐えろ堪えろ辛抱しろ。
* * *
「ってことがあってだな……聞いてんのか」
「聞いてるぞ。お前こそ、いきなりぼやき始めて何しにここに来たんだ?」
「そうだそうだ。お前にノート取ってきてやったから見せてやろうかと思って」
「帰れ。今すぐ帰れ」
「……そうだそうだ。お前のためにノート取ってきたから見せてやろうかと思って……お前のた・め・に」
俺は今、渡家の玄関にいる。俺の家とは違い、和風の家屋。ノートを見せに行くから渡家の住所を教えろと保科先生に頼むと、溜まりに溜まった配布プリントを渡しに行ってくれと頼み返された次第だ。
まあ、安城寺から逃げる理由をでっちあげただけなんだけど。
そもそも俺がどうして今日の顛末を玄関で話し始めたかというと、それにはちゃんとした明確な理由がある。
ピンポンを鳴らして出てきたのは、エプロンをつけた家事万能な主婦。
正直裸エプロンという存在を知ったあの時より衝撃を受けた。あ、渡にそっくりなお母さんだなーとか思ってたら、それがまさかの渡本人ときた。ギャップに取り乱し、思わず「そういえば――」などと長話をしてしまった。井戸端会議のように。
「あぁっ!? 火ィつけっぱなしだった!? やっべぇ!?」
「……なにアブナっかしいことしてんの?」
「料理に決まってんだろ! 夕飯のしたくだっての」
「……あのー俺邪魔かな? 俺、どうすればいいですか?」
「あぁもう!! さっさと上がれよ!!」
「あ、はい、なんかお忙しいとこすみません」
まるで家事をしている母上の邪魔をした時に叱られているかのような、そんな感じだった。
ドタドタと慌ただしく
渡が開けっ放しにした扉から続いていたのは
そこには渡はおらず、いたのは一人の幼女。開いたランドセルをかたわらに置き、宿題と思われるプリントの計算問題を解いていた。が、俺の登場によりその手は止まったらしく、今は俺を凝視したまま動かない。
エプロン姿でせっせと料理をする渡に、宿題をしている小学生の子ども。
「渡……お前、経産婦だったのか」
「妹に決まってんだろうがッ! バカかてめぇは!」
「言ってみただけだろ、すぐ怒鳴るなよな!」
料理から手を離せないらしく、渡は台所から顔だけひょこっとのぞかせた。
それからすぐに顔を引っ込めて、今度は声だけを投げ込んでくる。そこにはもう棘はない。
「森田てめぇ暇ならユウの宿題見てやってくれ」
「……お、おう」
わかったよ、お母さん。
俺は『ゆう』と呼ばれた少女の机をはさんで正面に座る。
「おにぃちゃんだぁれ?」
「くっ……お、お兄ちゃんはねー、森田俊平って言うんだよー」
得てして棒読み。
そしてなぜか、警戒して強張っていたゆうちゃんの可愛らしいお顔が今まさにパーッと晴れていく。ま、まぶしい、お兄ちゃんって呼ばれて下衆な感情をこらえて棒読み返事をしてしまったクズな俺にはまぶしすぎるよ。
ひょこっと立ち上がったユウちゃんはトコトコと小走りで俺の元まで来ると、あぐらを掻いていた俺の上にちょこんと座った。
「くっ……ゆ、ゆうちゃん、どうしたのかなー」
またしても得てして棒読み。
俺の上に乗ると嬉しそうに体をゆらゆら動かし始めた。動くな危険。平常心だ。すでに朝からズタボロにやられれ続けた平常心、あと少し何かあればそれは容易に壊れかねない。
それがたとえわずかな揺れだったとしても――だからやめて、ゆうちゃんッ!?
ユウちゃんがプリントと鉛筆を少しおしりを浮かせて取り、
「はぅッ!?」
勢いよく俺の俺の上にのしかかった。
「ゆゆゆゆうちゃん、ちょ、ちょっとおりてくれないかなー」
またまた棒読み。膨張寸前、俺の棒とタマタマ秒読み、ヒェッ☆
「てめえ、さっきから俺の妹で何感じてくれてんだ、あぁん? このロリィ田君よ」
「その言い方だと意味合い変わってくるだろ。俺はな、ロリータじゃねえ、ロリコンだ……って違うッ、ご、誤解だ!? 俺は断じてロリータ好きでもロリコンでもないッ! これ以上俺のあだ名増やさないで、お願いぃ、お願いだよぉ」
「猫撫で声出すなよ、きんめぇな。……ユウは遊んでないでさっさと宿題終わらせろよな」
素直に「はーい」と返事したゆうちゃんは、俺から降りることなく勤勉に宿題を再会した。行儀がいいのか悪いのやらわからんが、少なくとも渡よりも行儀はいいな。
かれこれ五分。俺はジーっと無言で宿題を見ていた。
ふむふむ、教えろと言われたのはいいけど、完璧じゃないか。算数の問題レベルから見るに、ゆうちゃんは小学校四、五年くらいか。というか名前の欄に五年二組渡遊と書いてある。学年の割に幼さを感じるのは、この年頃の子に使っていい言葉なのかわからないが極めて童顔であることと、効果音がもれなくついてきそうな言動のせいだろう。
と、宿題がひと段落したのか、ゆうちゃんの手が止まった。
「おにぃちゃんっておねぇちゃんのコイビトなんだよね」
「ち、ちがうよー」
棒読み。秒読み。キミの興味はお年頃女子の醍醐味、ヒェッ☆
「え、ちがうの? おねぇちゃん、おうちでおにぃちゃんの話ばっかりしてるよ?」
「へ、へぇー……えぇえええええッ!?」
「だからおにぃちゃんがおねぇちゃんのコイビトなのかなぁ、っておもってたんだけど……ちがうの?」
俺の上に座ったまま振り向いたゆうちゃんは、うん、かわいい。
「そ、そんなことより、宿題やろっかー。ぜーんぶ終わらせないと、ひろお姉ちゃんに怒られちゃうぞー」
台所から食器が盛大に崩れる音が聞こえてきた。
それとほぼ同時。
玄関から扉の開閉する音も聞こえてきた。どうやら誰かが帰ってきたようだ。
「あら紘、お客さん来てるのー?」
と、玄関から声が飛んできた。ガチャリと扉が開いてその人物は姿を現す。
渡のお姉さんかな? きっと大学帰り。肩を大きく露出させたノースリーブに、下は体のラインがはっきりとわかるスキニーパンツ。さらに身につけているアクセサリーであるピアスやネックレスは俺たち高校生が手に届きそうにないほど高級そうだ。
「おじゃましてます、お姉さん」
「あらやだもう! お姉さんだなんて」
「座ったままの挨拶で申し訳ないんですけど、この状況なんで」
「わかってるわかってる。もう遊ちゃんまで手懐けちゃって、この女ったらしさん」
「その言い方じゃあ渡さん……紘さんやお姉さんのことまで手懐けちゃってるみたいじゃないですか」
またしても台所から食器が盛大に崩れる音が聞こえてきた。あいつさっきから大丈夫か? さてはなんちゃって家事万能奥様か?
綺麗なお姉さんが含み笑いをこぼす。
「ちょっと紘、遊んでないでお茶くらい出しなさいよ。ホントごめんなさいね、うちのバカ娘が」
「うっせんだよ、聞こえてんぞクソババア。俺はな、今、料理してて手ぇ離せねぇんだよ。見りゃわかんだろうが」
「……はあ、まったく。私が出せばいいのね」
え、母乳出るんですかね。バカ娘ってまさかお姉さんじゃなくてお母さんなんですかね。経産婦なんですかね。俺の母上より断然若々しいのですが、聞き間違いじゃないですよね。
お母さんらしき人物が茶の間に腰を下ろさず、そのまま台所に行ってコップにお茶を入れる。お盆に乗せて三つ分。俺とゆうちゃんとお母さんらしき人物の分。机の上にコトンと置いて、俺の対面、つまりは数分前までゆうちゃんが座っていたところに腰を落ち着かせた。
「あのーおいくつですか?」
俺は思わず疑問をなんの躊躇いもなく口に出してしまった。
「女性に年齢聞くのは無粋ってものよ、坊や」
「……ですよね、すみません」
ああ、これは
そうなればさしずめ優ちゃんはロリッチー。……これじゃリッチーか、無垢つけき幼げな女の子に生命を失ったノーライフキング、アンデッドの忌み名をつけてしまうとは……俺としたことが。ゆうたんは俺のリトルスイートエンジェルだ!!
渡が顔を出しているのに気づいた。口パクで何かを伝えようとしている。
えーっと、よん……じゅう……ろく?
「四十六歳ッ!?」
「……紘、彼氏におしりにあるほくろのこと言ってもいいのかな?」
キレた時の目元は渡とそくっりだ。さすが親子。
「も、もも、もうサラッと言ってんじゃねえかよ、ババアのバカぁ」
尻だけに
あとふと思った。渡の『ババア』の発音がどことなく『ママ』に似通っている。きっとババアの前はママって呼んでたんだろうな、渡のヤツ。
「……チッ。おい森田、今から晩メシだからノートと宿題だけ置いてさっさと帰れ」
「お前、今日いつもよりあたりひどくないか?」
料理が終わったらしく、鬼の形相で仁王立ちしていた渡。
プイっとそっぽを向いた渡の行動を見て、渡ママは控えめに「ふふふ」と意味ありげに笑ってみせた。
「いいじゃない、食べていきなさいよ。遊の宿題見てくれたお礼ってことで、ね?」
「あ、はい、ごちそうになります!」
渡ママからの素晴らしいセカンドオピニオンに俺のオピンピンも賛成だってピンピン挙手してるよ。
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