第23話 やってきました謎の転校生(2)


 机というフライパンに叩きつけられたことで、渡にフライパンで殴られたことを思い出した。アイツの胸こそフライパンでペッタンコ。うんうん硬いに違いない。

 それに比べて渡の席に座った転校生はどうだ?

 程よい胸の感触が痛みの中に今もほんのりと残っている。スレンダーで男らしさはありつつも女性の特徴となるものはしっかりと身についておられる。

 顔が焼けるように痛い。顔面いっぱいにスティグマが残っているかもしれない。


「森田君、いつもこの席に座っている女の子は今日は来ないの?」

「え、ああ、もしかしたら来ないかも。実はこいつ停学くらっててさ、今日復帰のはずなんだけど、面倒だからってサボって休むつもりかも」

「へえ、どんな人なの?」

「ぶっきらぼうで暴力的でいかつくて喧嘩っ早くて……男みたいなやつ」

「ふ、ふーん」

「何よりここだよ、ここ」


 俺は自分の胸に手をあてた。


「……胸が小さい、と?」

「違う違う。小さいんじゃなくて、ないんだよ。たとえば汗掻くとするだろ? アイツもちょうど転校生さんみたいに胸元のボタンしめてないからよく見えるんだけどさ、谷間じゃなくて胸元が」

「……胸元?」

「あ、うん。谷間はないから胸元って表現してるだけだから、あんまり気にしないで。まあ、その谷間がないせいで、汗を掻いたときはツーッと水滴が重力に逆らうことなく急直下って感じでさ。おっぱいがあれば、少しはおっぱいの上に汗が残ってやらしいテカリが……ってごめんッ!! 初対面の女子にするような話じゃなかったよね!?」


 転校生さんが顔を赤面させ、恥ずかしさにプルプルと悶えている。どこか怒っているように見えるのは、俺が女性の敵となる発言をしてしまったからだろう。胸の小さい大きいはあまり触れていいものではない。

 ――にしてもこの転校生、エロいな。

 はだけた胸元から下着の生地が見え隠れする。ブラなの? キャミなの?

 いずれにせよ、このチラチラ感はそそられる。もろにバッと見せられるよりドキドキする。あともう少しで見える……あ、見えた……ちくしょう、また隠れた。頼むもう少しだけ体を右に向けてくれ、できればちょっと前かがみになってくれ。貧乳さんならブラだけじゃなく、お乳首様まで拝めるチャンスが……。ガバガバのブラからこんにちはするアレ。一度でいいからナマで拝見してみたい。


「鼻の下伸ばしてどうしたの、森田くん」

「――ッ。って安城寺か。びっくりさせんなよ」

「びっくりってこっちのセリフよ。いつまで他人行儀で話してるのかなーって見てたけど、さすがにこれじゃあ渡さんに失礼じゃない?」

「渡? どうして渡が今出てくるんだ?」

「そうですよ、安城寺さん。渡さんなんてどこにもいないじゃない」

「…………」

「そうだぞ、安城寺。こんな可愛くて綺麗な女の子を渡なんかと一緒にしたら失礼だろうが」

「……森田くんっていつも渡さんのこと何で認識してるの?」


 不思議そうに尋ねてきた安城寺。何で認識しているかって突然言われても渡は渡で、特段意識したことはない。

 転校生さんはまたもプルプル身悶えして顔を俯けている。スカートの裾をギュッと握り締めながら何かを必死に耐えようとしている。恥ずかしさと苛立ちを何かにぶつけないようにと自制心を働かせ、何かを懸命にこらえていた。歯を食いしばって今にも歯軋りが聞こえてきそうだ。

 とりあえず、俺は安城寺に確かなことを答えておこう。


「おっぱいはないよね、アイツ」


 次の瞬間、俺の頬に紅葉柄のスティグマができた。

 そして強引に右手を掴まれ引っぱられ、


「むむむむむむ胸あんだろうが、あぁん!? こんちくしょうがッ!?」

「……え、お、おま、お前、わ、わ、わ!?」


 転校生さんのささやかなおっぱいが俺のてのひらいっぱいに広がった。

 もちろん揉んだ。脊髄反射のごとく揉んだ。

 本物の感触。一度触診を経験した俺にはよくわかる。パットでもブラで盛っているわけでもない。ニセ乳ではない。

 ――で、お前、渡、なの?

 先日までの雰囲気とはまるで別人。おしとやか……とまでは言えないものの、女の子らしい。髪型可愛い。おっぱい可愛い。なにより少し恥ずかしそうな表情がすごく可愛くてファビュラス。いつも傍若無人で何かしらやっかみつけて眉間にしわを寄せて得意に睨み顔を見せるのに。

 話の流れ的に目の前にいるのは、渡……なんだろうが、頭が情報を受けつけない。


「髪型変えただけでわからなくなるって、テメェ、ふざけんじゃねぇぞ!!」

「いやいや、口調とか声の高さとか、別人だったから!?」

「それでもおかしいだろがッ! どうして胸揉ませるまで気づかねぇんだよ!!」

「……いや、むしろ胸揉まされたせいで疑心が募った。俺の知ってる渡に胸はない。ささやかにもない。ペターンのストーンのキョトーンだから」

「も、揉まされたって、テメェが勝手に揉んだんだろうが……確かに勢いで触らせた私にも不手際はあったけど」

「そうだろ。全部お前のせいだ。お前が胸を触らせたせいで、転校生のふりをしたせいで、こんなことになっちゃったんだろうが!?」


 言い返せなくなった渡の表情は、あぁ、控えめに言って可愛い。慣れないことをする時はすっごく恥ずかしそうにするんだから、あぁ、たまらない。

 ――って渡なんかになんて感情抱いてやがる!?

 髪型変えて激変して激カワになったせいで俺の思考回路がショートでもしたのかよ!? 髪型がショートなだけに!?


「まあまあ、二人とも落ち着いて。ほら、もうすぐ朝礼始まるよ? 渡さんは森田くんに宿題見せてもらわなくてもいいの?」

「そうだった。森田ァ、宿題見せて!」


 このセリフを聞いて確信した。この女は紛れもなく渡紘だ。

 でもどうしてもまだ疑いが晴れないものがある。


「宿題見せてあげるから、もう一回揉ませてくれない?」

「……は?」

「あ、ごめん、つい欲求が漏れてしまった」


 どうしてもおっぱいが気になる。今までないと思っていたのに、そこには確かにあるのだ。幻覚ではなく、確かに存在しているのだ。

 俺は無性に感動している。

 お前にも、お前にもおっぱいがあったんだな。お父さんは嬉しいよ。


 俺の普段通りとも言える突拍子のない言葉に、渡も安城寺も何も言えずにいると、学校中に始業のチャイムが鳴り響いた。

 鳴り終わると同時に、保科先生が教室に入ってくる。


「……あれ? 転校生来るなんて聞いてないんだけどなぁ」


 教卓に出席簿を置き、視線をこっちに向けた保科先生。どうやら俺がおかしいわけではなかったようだ。先生すらこのザマだ。というか渡が登校して教室に入ってきた時だって誰も渡を渡だって認識してなかった。

 渡はしゅんとあからさまに落ち込んでいる。これほどまでに自分という存在を把握されないとなると、さすがにメンタルがやられるか。


「もう帰ろうかな」

「何言ってんだよ、誰にも自分のこと気づかれなくて寂しいのか」

「ちげぇよ」

「……それだけ渡が可愛くなったってことだろ。……俺も、お前のこと、かわいい、と思うよ」

「……そ、そっか」


 こんなことで嬉しそうにはにかむんだから、女心ってのはよくわからん。と、ここではとぼけておくことにしよう。何も理解できないほど鈍感な俺ではない。胸の話にはアンタッチャブル。可愛さについては褒めておけば損することはない。ただし度が過ぎると効果がなくなるので、適度に、ここぞという時のために。


「え、もしかして渡さんなの!? すごく可愛くなっちゃって……もしかして恋?」


 保科先生がはやし立てたせいで、とばっちりは俺にやってくる。

 朝っぱらから顔一面に紅葉が落ちた。ヒリヒリとするビンタの跡。一方で恥ずかしさのあまり紅葉に埋もれている女の子もいる。季節外れの紅葉を見せた俺たちの今日はこうして始まった。

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