第14話 気まずさを取り払う方法は――えっち?(1)
「保健室の先生今日は出てていないから、何かあったら保健室の電話使って内線で呼び出して。職員室ってボタン押せば大丈夫だから。じゃあ終礼後にまた来るね、大人しくしててね」
「あのー昼に暴れたの俺じゃなくて女子二人なんですけど、俺被害者なんですけど」
「でもきっかけは俊平君なんでしょ? 渡さんから聞いたよ? 安城寺さんのこと無視したって。彼女のこと放っておいて他の女の子とお昼ご飯だなんて、私だって一輝君にされたら怒るよ」
「……保科先生、なんか勘違いしてない?」
「なにがよ。私の言ったことのどこが間違ってるって? これだから男ってのは、まったく」
「いやだから間違いじゃなくて勘違いって言ってんの」
「……え、まさか、安城寺さんってああやって無下に扱われて喜ぶタイプなの?」
保科先生の『変態なの?』と続きそうな言葉運びに俺は、おしいッ半分正解ッ、と叫びそうになってしまった。
「知らなかった。さすが俊平君の彼女さんって感じだね」
「だからそれが勘違いだって言ってんの。俺たち付き合ってないから」
いつの間にか保科先生に使っていた敬語がとれてフレンドリーに接している。
「えぇーッ!? そうなの!? てっきりご両親公認のお付き合いなのかと」
「俺たちそんな関係じゃないし。その、つ、付き合ってないし。……って昨日家にきたとき言わなかったっけ?」
「うぅ、よく覚えてない」
「お酒いっぱい胸おっぱい……間違えた。お酒いっぱい胸いっぱいでしたもんね。本当にいっぱい飲んでましたもんね」
つい癖で出てしまった下ネタ。照れ隠しのために敬語に戻ってしまう。でもよかった、兄貴みたいに『お酒いっぱい飲んでた』を『お胸いっぱい飲んでた』とか『おっぱい飲んでた』とかしょうもないこと口走らずにすんで。
「ふふ、
「へえ、兄貴のヤツ、
からかってみたら、保科先生に「こらっ」と言われて頭を軽く小突かれた。
「学校なんだからお姉ちゃんって言わない」
「何回も蹴られてもう結構痛い目にあってるのにこれ以上殴らないでよ、痛いじゃんか。だから今叩いたところ撫でて。お姉ちゃんに慰めてもらいたいなぁ」
我ながら人間のクズもあきれ果ててしまうような発言だと思う。
でも驚いたことに、保科先生は『ごめんごめん』とあきれながらも俺の言うことを聞き入れ、撫でるまではいかないまでも頭をポンポンとしてくれた。手首に香水でもしているのか、廊下ですれ違うと香ってくる保科先生のいい匂いが一段と強く感じられた。
保科先生の好意に甘えて、調子に乗ってもう少し。
「じゃあ次はひざまくらして」
「こら、あんまり大人をからかうな」
エロは苦手だがガードは固い。これは本格的に、保科先生はガードをひとたび突破すれば容易く落とせるタイプかもしれない。情報ソースはもちろんグリモワール。
「どうやらまた家庭訪問が必要なようね」
「俺の家に来たいだけでしょ。それこそ親公認なんだからいつでも来たらいいじゃん」
「え、いいの?」
「はーい図星ぃ」
「じ、じゃあ終礼後また来るから、あとでね。安城寺さんが起きたらここにいるように伝えといて」
逃げるようにこの場から立ち去り、事後報告をかねた事情聴取が終わった。
ベッドから上半身だけを起こしていた俺は、もう一度体を横に。視界は良好だが頭の中では目まぐるしく思考がプロセスもないしに飛び交っている。しかし無秩序でありながらも必ず辿り着く答えはすべて同じで、そして、プロセスがないせいか必ず抽象的な結論で締めくくられた。
世界ってのは残酷だ――。
俺を助けようとしてとっさの暴力に身をやつしてしまった渡が停学となり、最初に手を出したはずの安城寺は停学どころか注意勧告すらされない。毎日の立ち居振る舞いがこの結果を招いたのだ。
とある女の子は、毎週の持ち物検査で反省文を書かされ、素行はお世辞にもいいとは言えず、何かといえばトラブルを犯してばかり。
とある女の子は生徒会長として学校のために日々邁進し、それだけでなく学業という学生の本業も疎かにすることはなく、さらに誰からも慕われる憧れの存在としてまぶしい輝きを放っている。
先生方は誰を信じる――不良の言うことは信じない。
先生方は誰をかばう――生徒会長が暴れたとなれば一大事。
先生方は誰の味方になりたりとより強く思う――安城寺聖来一択に決まっている。
だからといって安城寺が善で、渡が悪だとも言えない。安城寺が悪で、渡が善とも当然言えるわけもなく、どちらも善とも言えない。つまり二人が悪であり、誰もが悪だ。安城寺も、渡も、先生方も、そして、俺も。
正しさってのはなんだろ。わけがわからなくなってくる。
これなら正解のわかるテストの方がよっぽど簡単だ。正解がわかるおかげで間違いにも気づける。しかし対照的に、この世界においては正解がわからないせいで、どこで何を間違えたのかもわかずじまいのお蔵入り。
ひとつひとつ遡って噛み砕いて考えていき、間違えの可能性に気づいたとしても、正解のないこの世界には間違いがないという命題に反し矛盾が生じる。考え直しては終わりのない繰り返しの始まりだ。
だから人は悩み続けるのだろう。
ああ、もう、でも悩んでいても始まらない。考えるだけ無駄。そう、考えるだけ無駄なのかもしれない。
頭で考えるな、肌で感じろ――という名言がある。
正しいだの間違いだの、わからないものを永遠と考えていても意味がない。時間の無駄だ。わからない問題にぶつかれば、とばして次に行くのがテストの鉄則。……人生はテストと一緒ではない? はっ、
だから俺はもう考えない。
実際に経験して肌で感じて体に刻まれたものがすべてなんだ。快楽だろうと痛みだろうと、すべて自分で経験してみないことにはわからない。そう、童貞の男の子のように、初めての女の子のように。経験なしでは何を語ろうがそこには虚構が生じてしまう。
正解、不正解ではない。真実を知るべきだ。たくさんの経験を若いうちからしておくべきだ。
だから俺は、高校生のうちに童貞を卒業するッ!!
支離滅裂な押し問答が終わり、世界は残酷だ、というスタートから、童貞を卒業する、という高校卒業までの目標を見据えてのゴールに辿り着いた。現代文だと赤点から逃れられない結果だが仕方がない。世界について語り、満点を取れるようなヤツがいるのなら、それは神に他ならない。
「聖来の『聖』は性交の『性』、聖来の『来』は裸体の『裸』、らーららーららー」
唐突に聞こえてきた謎の歌。歌い手はもちろん安城寺。
まさに性的に裸とは安城寺らしい名前だと思わずにはいられなかった。
ハッキリと
――そういえば、隣で安城寺が寝ている?
女の子の寝起き。男にはたまらないシチュエーション。寝ぼけた言動から生じる普段とのギャップ。ショボショボおめめ、寝ぐせ、あくび、服の乱れ、よだれ。ドキドキして俺の開いた口からもよだれが垂れてきそうだ。
女子は制服で寝るとき、しわができないようにとスカートを脱ぐと聞く。白シャツにパンツというグッジョブスタイル。女の子座りをして目をこすり、あくびのおかげで瞳が潤んだ状態での上目づかい。抜群の破壊力。両手を天井に掲げて伸びをしては白シャツの裾が自然とずり上がり、ノーガードの太ももがさらけ出され、とうとうその先には至宝のおパンツが――ちょっと待て。安城寺の場合はその先すらノーガードじゃねえか。しわができないようにスカートを脱ぐだって? 笑えない冗談はやめろ、誰だ、そんな都市伝説を吹聴したのは。
と思いつつ、俺は下心に従って静かにベッドから出る。
まずは自分の寝ていたベッドを仕切っているカーテンを開け、次に安城寺のいる聖域を覗くべく奥のカーテンに指をかける。ここに至るまで一切の音はなく、俺は完全無音の変質者となり、さて拝む。
「ちょっと何勝手にカーテン開けてんのよ。もしかして私のこと襲いに来たの?」
「おま、お前、起きてたのか!?」
「うん、保科先生が終礼後また来るからってくらいから起きてた」
「ふ、ふーん」
あの歌、寝言じゃなかったのね。俺以外誰かいたらどうするつもりだったんだよ。
それにひとつ気がかりなことが――終礼後また来るからねってどっちの方!?
(ⅰ)保科先生が最初に保健室から出ていこうとしたとき
(ⅱ)本当に保科先生が出ていったついさっき
この二つに場合分けができる。
(ⅱ)ならば問題なし。(ⅰ)ならば問題あり。だって俺が保科先生のことをお姉ちゃんって呼んで下心丸出しで頭撫でてとか膝枕してとかいっちゃってるの聞かれてたってことだろ!? 俺、猫撫で声になってなかったかな。恥ずかしい、死にたい、今すぐこの場から逃げ去りたい。
でも保科先生ここにいろって言ってたもんなぁ……。
はっ!? いつの間にか俺の服めっちゃ濡れてるんですけど、これってきっと寝汗だよね、冷や汗じゃないよね!?
やばい気まずい。安城寺もいつもみたいに絡んできてくれればいいのに、妙にしんみりしている。なおさら気まずくなるでしょうよ。
何か話題を振らなくては。とりあえず時間を稼ごう。尺稼ぎをしよう。AV本番前のアバンみたいな感じですね。エッチ前にちょっとした雑談が入るヤツ。
「中いれて……入ってもいい?」
いきなり本番いっちまったじゃねえかよおぉおおおおッ!!
頭によぎった卑猥な言葉を絶対に言わないようにと意識を集中させていたのが裏目に出て、逆に言っちまったよ。話題振ろうとしてとんでもないイチモツを振るところだった。
「いいよ。入れて……ぷふっ」
少しだけいつも通りの安城寺に戻ってくれたようで何よりだ、こんちくしょう。
ベッド横に置いてある安っぽい丸椅子に腰かけた。動揺しているせいか、丸椅子に座り損ねてあやうくセルフ椅子抜きをするところだった。
…………。
やっべぇ、何喋ればいいんだ。登校時にも思ったけど、こいつとはエロフィルターかけないとまともに話するまで時間かかるんだった。
「昼休み、ごめんね。私、何がなんだかわからなくなってさ」
俺の状態を察してくれたのか、安城寺が切り出してくれた。
それでも俺の口数が少なくなってしまうのはどうか許してほしい。たどたどしくなるのも大目に見て。
「そっか」
「森田くんさ、私の言いたいことわかってたくせに私のこと置いてくし、しかも渡さんと二人でご飯食べに行っちゃうし」
「ごめん、悪かったって」
エロ本を貸してほしいとわかっていながら、俺は安城寺を放置した。
「森田くんが渡さんと教室から出ていった時、すごく胸が苦しくなったの。ドキドキしてよくわからなくなって、こんな気持ち初めてで、カアァーってなって、わけわからなくなっちゃって、気付いたら走ってて――」
「それ以上言わなくてもいいよ。ごめん、安城寺。俺、お前の気持ちちゃんと理解してなかった」
ちゃんとグリモワールを渡しておけば、悪魔が憑依することはなかったはずだ。
正しくグリモワールを使えばそれは自己研鑽へとつながり、誤れば畜生の道を行くことになる。コイツの場合の正しい使い方は、最初から最後までしっかりと一気に熟読すること。俺の場合は、見開きに、詳しく言えば一カ所にとどまってそこでひたすら妄想と息子を膨らませることが正しき道へとつながる。
人それぞれの使い方があるのに、俺は安城寺のことをちゃんと理解してあげられなかった。だから安城寺を苦しめてしまった。安城寺にとって『限界露出24時うんぬん』が
「別にいいよ。……でも、もう私の気持ち、わかっちゃったよね」
「ああ、もちろんわかるさ。でも今はダメだ。学校では絶対ダメ」
万が一また暴走してしまっては手が付けられない。
「学校ではダメな意味がわからないけど、じゃあどこならいいの?」
「んー自分の家とか?」
「え、私の家!? いきなり私の家に来るの!? まだ何も心の準備が……」
「心の準備も何も、もう一回経験してるから大丈夫だろ」
「け、経験!? え、なんの!? 私まだ何もしたことないよ。確かに露出癖はあるけど、経験なんてまだあるわけないじゃん!!」
「はあ? 俺の家であるだろ、エロ本読んだこと」
「…………」
長い沈黙の後、安城寺はひと言「そうだね」と感情もなく小さく呟いた。
「……ところでさ、さっき保科先生と何しようとしてたの?」
「な、なにって、べ、別に、なにもしようとしてねえし」
「聖来お姉ちゃんが膝枕ちてあげまちゅよー?」
やっぱり聞かれてたかあのやりとり。
急に赤ちゃん言葉で俺にプレイを要求してくるとは、この女相変わらず俺のことをからかって遊びやがって。
「あれーちてほちくないんでちゅかー?」
「……ッ!?」
すぐに断れない自分の心が、煩悩まみれの卑しい心が憎いッ!
「恥ずかちがらなくてもいいんでちゅよー?」
さすがにイライラしてきた。もうなるようになれ。
「あーいいだろう、やれるもんならやってみろよ」
こうなったらやけくそだ。
「……やってあげるのって私なのに、どうしてそんなに偉そうな態度なの?」
「お前こそ、どうせチキンな俺ならドキドキしてびびって何もできないって思ってんだろ!」
「じゃあ証明してみせなさいよ、自分がチキンじゃなくてオオカミだって!」
「お、お、オオカミだとぉ!? 食べちゃうぞガオー……ってえぇッ!?」
「ほらやっぱりチキンじゃん、この意気地なし!」
「ああ、それなら、そこまで言うならやってやろうじゃねえか! さっさと太もも出しやがれッ!」
口にした言葉と俺の心境はまるで噛みあっていない。やっぱり俺はチキンハートだ。言葉でどれだけ着飾っても手汗とか脇汗が半端なく出てくるもん。
セクハラ暴言を吐いて、俺の頭は冷静になった。
この状況をどう解決する。
安城寺は布団という運命のベールをめくる。よかった、ちゃんとスカートは履いている。やはりあれは都市伝説だったようだ。
布団をめくった時とわずかな時間差で、密閉空間に蓄えられていた安城寺の熱気が肌に感じられた。全身を安城寺で包まれているようで興奮が収まらない。
安城寺の顔を見て、俺は目を疑った。
今まで俺に見せたことのない恥ずかしそうな表情。そこには愉悦に浸る安城寺ではなく、本気で恥ずかしがっているただの女の子がいた。――心臓が激動する。体中の血流が加速し体温を急激に上昇させる。
思わず目を逸らすと安城寺の左手が目に入った。
眼力を鍛えた俺は、AV女優が本当に感じているのか――つまり本気度を、シーツの握り具合で判断することができる。だからわかる。安城寺は、本気で恥ずかしがっているということを。
さらに目を迷わせて太ももへ。……なぜだ。最終的に目を逸らした先にエロの象徴がある。いつもはエロから意識を遠ざけるために他のものに目を逸らすのに、今は安城寺の顔から、手から目を逸らし、エロへと辿り着いている。逆行しているのだ。
エロよりも俺を動揺させるものがあるとでもいうのか……?
いやいやまさか、そんなこと、あるわけがない。その証拠に、今まで見てきたどの生脚よりも美しく妖艶で性欲掻きたてられるではないか。
俺は吸い込まれるように、倒れこんだ――太ももまでもう目と鼻の先――その時、保健室の扉が開く音がした。
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