マツタケのせい


 ~ 十月十日(火)  藍川650、秋山650 ~


   マツタケの花言葉 控えめ



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その二台並んだレジ。

 隣に立っているのは……。


「どうして君がいるのさ」

「それはあたしのセリフなの」


 接客の仕方も、レジの打ち方も忘れてしまった藍川あいかわ穂咲ほさき

 そのおかげで、お客様には大好評。


「えっと、なんだっけ。ご一緒に、ポテトもどうぞなの」


 絶賛、ポテト無料配布キャンペーン中。



 軽い色に染めたゆるふわロング髪をハイツインにした穂咲は、学校で今日一中、妙なあだ名で呼ばれ続けた。

 しばらくお姫様と呼ばれ続けたから自然な成り行きだけど。


「そう言えば、なんで今夜ママに家にいるように言ったの?」

「ちょっと説教しないといけませんので」


 いくらなんでも、マツタケを一本頭に乗せられても。

 そりゃあお殿様って呼ばれます。


 お客さんが爆笑してるけど、店内での撮影はご遠慮ください。



 今、厨房ではカンナさんが一人でハンバーガーを焼いている。

 体調を崩していた店長を無理やり休ませるいい機会と話してくれたけど、おかげで気が付くことができた。


 大人になったら、風邪すらひけないんだな。

 どうやって体調管理するんだろ。


「ほい、ブリトーとサービスポテトあがったぜ」

「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ。……ねえカンナさん。店長、平気?」

「ああ、ただの働き過ぎだよ。ちょっと寝てれば治るって」

「働き過ぎ……?」


 穂咲が心配そうに振り返る。

 無理もないか。


「ほれ、レジもまともに打てないバカ穂咲は店内の掃除でもしてろ」

「はいなの……」


 前のこと思い出しちゃったか。

 とぼとぼと布巾を手にした穂咲が客席の方へ向かうと、カンナさんが再び話しかけてきた。


「なんで急にしおしおになったんだ、あいつ?」

「穂咲んとこのおばさん、過労で倒れたことあるんですよ」

「そうなのか。……おい、穂咲! ただの働き過ぎなんて言い方して悪かった! またあのあほんだらがふらふらし始めたら、遠慮なくお前らに電話すっから!」

「そうして欲しいの。働きすぎは大変なの」


 さすがはカンナさん。

 こういうとこ男前だなあ。


「やれやれ。……とは言っても、そうそう休んでもいられねえし」

「経営大変なんですか?」

「ああ、下降気味だな。今日も、妙に売れ行き悪いし……」


 言われてみれば、サイドオーダーが妙に少ない。

 どうしてだろう?


 店内を見渡しても特に異常は…………、いや?


 あったよ、異常。


「……お客さん、みんな鼻をひくひくさせてからバーガーかじってる」

「それか! おいバカ穂咲! ちょっとこっちこい!」


 首根っこを掴まれて引きずられていくお殿様。

 まさか皆さん揃ってお手軽にマツタケバーガーを楽しんでいたとは。

 よかった、早めに気づいて。


 でもこんなんじゃ、口約束だったお給料も減らされそうだな。

 これから四日間働くことになってるけど、せいぜい十時間くらいしか来れないし。

 予算、大丈夫かな?


 いや、そもそも何を買うか決まってないけど。

 最悪は商品券。

 それだけは回避しないと。


 ……それにしても、二人が厨房に引っ込んでからずいぶん時間経ってるけど。

 なにやってるんだ?


 気になって振り向いたら、穂咲がバーガーを五つほど抱えて飛び出してきた。


「お待たせいたしましたなの! 本日限定新商品、マツタケバーガーなの!」

「卑怯な手!」


 これはずるい。

 案の定、マツタケの香りにやられていたお客さんがあっという間に飛びついて、売れること売れること。

 レジを打つ身にもなってよ、なんか申し訳なくて胃が痛いよ。


 後から顔を出したカンナさんが、穂咲とハイタッチ。

 二人揃って図太いね。

 女子ってこういうの平気なとこあるよね。


 でもさ。


「マツタケバーガー、お値段控えめだけど採算合うの?」

「おお、その点は心配ねえ。な、穂咲!」

「そうなの」


 穂咲は俺に後ろ頭を向けて指を差す。

 何の真似さ。


 …………ん?


 ほんの少しだけ、マツタケが削られてる。


 ちょっと待て。

 十個は売ったぞ?

 それに使ったマツタケ、そんだけ?


 気になって覗き込んだ厨房。

 まな板の上には、安そうなキノコの切れ端が散らばってる。


「お値段控えめ、材料費も控えめなの。香りが店内に満ちてるからいくらでもごまかしがきくの」

「ひどい」


 こうして、一日限定マツタケバーガーは飛ぶように売れ続けた。

 もちろん俺の胃は、きりきりと痛み続けることになった。



 ……ほんと女子って、たくましい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る