ワタのせい
~ 十月十八日(水) 放課後 五千円 ~
ワタの花言葉 有用な
二駅隣にある神尾さんのお宅。
手芸用品店『コットンチェリー』。
入り口のプランターに活けられた可愛い花に心を躍らせながら扉をくぐると、見慣れた笑顔がエプロン姿で迎えてくれた。
彼女を取り巻く様に飾られた、キラキラと微笑むかわいいぬいぐるみ達。
みんなが一斉に俺の目を見つめて、あたしを手に取ってと催促する。
そんなみんなについつい目移り。
あの子もいいな。
あの子も可愛い。
俺は緩み切った顔で店内を見渡しながら、神尾さんに告げた。
「商品券下さい」
「この子達を選んでたわけじゃなかったの? 穂咲ちゃんへのプレゼントとしてそれはどうなのよ」
笑顔を浮かべていた店員さんは、あっという間に不機嫌になってしまった。
結局、穂咲に買ってやるものを何も思いつかなかった俺は、父ちゃんのパソコンをいじってアイデアを探すことにした。
そこで見つけた、商店街商品券なるもの。
地域限定とはいえ随分と広い範囲で利用できるようで、ここで買ってもうちの周りで問題なく使えることが分かった。
色気はないが、せめて神尾さんの手による可愛いラッピングをお願いしたい。
そんな想いで足を運んでみたわけだが。
「やっぱ、ダメ?」
「当たり前よ。ちゃんと可愛いのを選びなさい。穂咲ちゃん、素敵なプレゼント準備してるんだから」
「素敵? 内容知ってるの?」
「あ……、ううん? 知らないよ?」
なにさ、その間は。
「あいつのプレゼント、歴代すごいんだぞ? 素敵とは程遠い」
「絶対に聞きたく無いほど気になるから聞かせて」
「複雑だね。……そうだな、例えば、木の枝」
「なにそれ?」
俺は、前に来た時気になっていたクマのぬいぐるみを撫でながら説明した。
「春にね、桜の枝を二本貰ったらしくって、そのうち一本を俺にくれたんだ」
「可愛いじゃない」
「……誕生日プレゼントの話をしてるのに?」
案の定。
神尾さんが、うわあって顔になっちゃった。
「後は……、ちょっと皮が入ったケチャップ」
「それは?」
「冷蔵庫にずーっと入れっぱなしにしてたんだって。夏に貰ったトマトを」
神尾さん、お得意の困った笑顔のまま固まっちゃった。
「だから、あいつからのプレゼントは期待してないんだよ」
「こ、今年は大丈夫だから! 期待して! 秋山君も、ちゃんと可愛いのを選ぼ?」
「そうは言ってもねえ」
クマを抱えて、神尾さんの方に向けて手を振ってみる。
すると、彼女にかかっていたひきつり笑いの呪いがぱあっと晴れた。
「やっぱりそれがいいの? 隣のピンクのクマさんと恋人同士だから、二人でペアで大事にしてあげてね!」
「この間も言ったけど、ペア物は買わないってば」
俺の文句が耳に入っているのだろうか。
返事も半ばなのに手を叩いた彼女が、エプロンを引っ張り出してくる。
「おお、グリーンが爽やかだね」
「そうなの! そしてこれは、こっちの腰巻エプロンとペアなの!」
「聞いて! ペアは嫌なの! もう自分で探すよ。……よし、これなら一つ。この鳩時計、いいね」
「可愛いでしょ? そこから出て来るハトは、このネコの財布に恋をしてるの!」
「売る気無いでしょ?」
……また、そうやってひきつった笑いでごまかさないでください。
しかし、すっごく向いてないね、客商売に。
いやまて。
まさかこうやって、二つずつ売り付けてるの?
「だって、離れ離れになったら可哀そう……」
「妄想たくましすぎ。やっぱり商品券でいいかな?」
「ダメです!」
ああもう、面倒だな。
仕方がないから改めて店内を見渡してみると、可愛らしい人形と目が合った。
短い毛並みのワンコがウェディングドレスを着てる。
まるでこの間の穂咲だ。
「じゃあ、この犬の花嫁さんでいいや」
「それは確かに一つだけど、隣のネコさんとペアなの……」
いや、上目遣いに説明されましても。
「まだ言うか! これ一体で買ってくぞ!」
「ううん、そうじゃなくて。二人で一つの商品なの」
「ん? 二つで一個? ……ああ、確かに。手を繋いでるんだ」
よく見れば、タキシードのネコと手を繋いでる。
そりゃあバラ売りできないよね。
「……それがいいの? 在庫、持ってこようか?」
「ああ、うーん…………。でも、ちょっと予算オーバーだな……」
二体分じゃ当然か。
でも、諦めかけた俺に、任せといてと神山さんが胸を叩いた。
「割引するよ! ネコさんは秋山君。ワンちゃんが穂咲ちゃんっていう事でしょ? あたしは店番するたびにこの子達を見て妄想できるんだから、安いものよ!」
「商品券下さい」
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