ノギクのせい


 ~ 十月十七日(火) お昼休み 二冊 ~


   ノギクの花言葉 障害



 お昼ご飯を食べ終えたころ、先生が教室に顔を出した。

 曰く、昨日の掃除当番のうち二人で、壊れた掃除用具入れを正門の前まで運ぶようにとのこと。


 みんなで中身をエスケープさせた後、厳正かつ公平なるじゃんけん大会を開催。

 その結果、俺と渡さんとで空の掃除用具入れを運ぶことになった。


 業者さんに引き取ってもらうまで見届けて、教室の前まで戻ると五時間目の予鈴が鳴り始める。

 そんな教室前に、六本木君が偉そうに仁王立ちしていた。


「道久! お前を通す訳にはいかない!」

「ねぎらいの言葉も無く開口一番何言ってるの? 遅刻になっちゃうよ」


 午前中はまともに授業に出てたのに、五時間目が遅刻とかバカみたいじゃないか。


「うーん。藍川の、あのペースだと……、授業が始まっても通せないかも?」

「意味が分からん」


 呆れた俺の横から、もっと呆れた様子で渡さんがつぶやく。


「バカやってないで通しなさいよ」

「香澄はもちろん通ってよし」


 肩をすくめながら六本木君の脇を通って教室へ入る渡さん。

 しれっとそれに続いて俺も通ろうとしたら、首根っこを掴まれて元の位置に巻き戻された。


「いたたた。ねえ、通せんぼの訳くらい教えてよ」

「それはできん。だが、神尾の最終チェックが終わるまでは何があっても通すわけにはいかない」


 チェック? なにを?

 そこまで意味深に言われると、見てみたくなるのが人情だろう。

 俺は力ずくでこの門番に立ち向かうことに決めた。


「お? 道久、やる気か?」


 俺が拳を握って深く腰を落とすと、六本木君もスマートなファイティングポーズをとる。

 その表情には余裕が浮かんでいるけど、それもそのはず、中学生のころから俺のことを知っているからね。


 でも、その点に関して条件は同じ。

 俺だって君のことをよく知っているつもりさ。

 一撃で沈めないと、報復の炎で消し炭にされちまう。


 だから俺は、迷うことなく一番重いストレートを六本木君に叩き込んだ!


「……携帯から消すことのできない美樹ちゃん先生の水着写真」

「ぐはあっ!!!」


 渾身の攻撃をまともに食らい、真っ赤になった顔を隠して片膝を突く六本木君。

 ふっ、他愛もない。


 中学の時、新任で来た美樹ちゃん先生はみんなのアイドルだったからね。

 気持ちは分かるけど、そんなアキレス腱を抱えて俺に挑もうなんて甘い甘い。


「おのれ道久……っ!」

「なんのつもりか知らないけど、通させてもらうよ」

「……お前の部屋の机。一番下の引き出し」

「ははっ! 穂咲がちょいちょい勝手に上がり込むんだ。見られちゃまずいものなんか置く訳が……」

「を、全部抜いたらその奥に……」

「ぐほおっ!!!」


 強烈な、死角からの打撃。

 あまりの衝撃に廊下の反対側まで吹き飛ばされた俺は、窓に背を打ち付けて肺の中の空気を余すことなく吐き出しながら、真っ赤になった顔を両手で覆った。


 お互い、小細工なし。

 たった一撃ずつとは言え、腰の入った会心を叩き込み合ったんだ。

 二人して廊下に膝を突いて、顔を覆うのも当然の帰結。


 このまま終戦協定を結ぶべきか。

 お互いが警戒し、ためらいがちに手を伸ばし。


 握手まであと数センチ。

 というところに、無傷の第三勢力が降臨。


 ……その戦女神は、六本木王国を一撃で灰にした。


「…………誰の水着写真ですって?」

「うおおおおお!? 香澄! 違うんだ!」


 戦女神にすがりつく六本木君。

 ……まじすまん。

 でも、妙ないたずらを仕掛けて来た君のせいです。


「やれやれ、それじゃ通させてもらおうかな」


 水着の話を聞いていたということは、引き出しの話も聞いていたということだ。

 俺はその事実に気付かないふりをしながら、ぎくしゃくと扉へ向かう。


 でも、渡さんの脇を通り過ぎようとしたまさにその時。

 艦砲射撃を叩きつけられた。


「小五の時、書き終えたら穂咲に渡して欲しいって言ってたラブレター、まだ書き終わらないの?」

「あふん」


 大気が大爆発したような衝撃。

 吹き飛ばされた俺は廊下を四回転。

 ようやく「く」の字で停止して、ぴくぴくと痙攣することになった。


 小さい頃のアヤマチ。

 破壊力、ぱねぇっす。


「なぜ、俺まで……」

「ごめんね。ラッピングの都合で今完成させて神尾さんに渡したいんだって。うすうすそうなんじゃないのかな~とは思ってたんだけど、やっぱりそうだったのね」

「話が……、見えない……」

「まあまあ。今は入ってこないでね!」


 そんな言葉を残した渡さんは、瀕死の俺を廊下に捨て置き、腰にしがみついて必死に許しを請う六本木君を引きずりながら教室へ入って行った。



 ……ひどい目に遭った。

 それにしても何の話だろう。


 寝転がったまま首をひねる俺。

 その背中から、ため息がひとつ聞こえた。


「秋山、なにをしとるんだ貴様は」

「……戦女神から、三日は立ち直れなさそうな精神ダメージをくらいました……」


 うつろな目を先生に向けると、そこに待っていたのは思いのほか真剣な表情。


「良く聞け、秋山。寝ころんでいてはだめだ」

「……おお。黒歴史を乗り越えてがんばれと、そう言って下さるのですね!」


 目からうろこ。

 俺はすがるように先生に這い寄る。

 でも、続く言葉によって奈落へ叩き落された。


「いや、ちゃんと立ってなければだめだろうが」


 こうして今日は、授業が始まる前から立たされることになった。


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