コケバラのせい
~ 十月十六日(月) 掃除当番 二十センチ ~
コケバラの花言葉 真の価値
掃除終了の時点では机の位置がまともなんだね。
そんなことを言ったら、当たり前だと、不真面目な奴にはお仕置きだと言いながら五センチ俺の席を動かしてしまったのは、不真面目な
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日ゆったりハーフアップにして、耳の横にピンクで豪華なコケバラを一輪挿している。
普通のバラよりも派手でインパクトのあるコケバラは、プロポーズの花束にもよく選ばれる綺麗な花だ。
そんな花に、見た目では見劣りしてしまう穂咲。
でも、穂咲の場合は優しさで勝負!
…………と、言っておけば俺にもちょっとは優しくなってくれるだろう。
そんな、俺以外の全てに優しい穂咲。
どうやら急ぎの用があるようで、鞄と編み物籠を手に抱えたまま掃除用具入れに箒を突っ込むと、他の当番のみんなを急かします。
「……君、非力なのによく開けられたね、それ」
「開いてたの。逆に閉まらないの」
我がクラスの掃除道具入れは、勇者を発見するために岩に刺さった伝説の剣とまで揶揄されるほど扉のレバーが硬いのです。
掃除が始まった時は六本木君が気迫のこもった声と共に開けてたけど。
きっとその時にレバーが止まっちゃったんだね。
今日の当番は、「ろ」から六人。
六本木君、渡さん。
そして頭に戻って、穂咲、俺、そして宇佐美さんと江藤君。
ちょっとワルっぽくてクールな宇佐美さんと、真面目で引っ込み思案の江藤君。
穂咲がマイナス一人分に相当するというのに手早く掃除が済んだのは、君たちの功績あっての事です。
多謝。
だから、こいつの言うことに慌てなくていいですから。
ほんといいヤツが集まったね、このクラス。
「レイナちゃん、早く早く!」
「ああ、分かったよ。あたしで最後だから待ってな」
俺の席の右隣。
いつも騒がしい穂咲のことを見る目が優しい宇佐美さん。
彼女が最後にチリ取りを入れて扉を閉めると、大きな金属音を響かせて掃除用具入れのレバーが落ちた。
「うわっ! 凄い音したな!」
「ああ、こりゃあ二度と開かないかもしれねえな。……道久、勇者に挑戦してみたらどうだ?」
「俺じゃ無理だよ。六本木君だって苦労したんだろ?」
俺たちの前を、早く早くと手招きしながら扉へ向かう穂咲。
その背中を追いかけて歩き出した俺たち全員の足が、ぴたりと止まる。
あれだけすぐ帰ると騒いでいたこいつが青い顔を浮かべてUターン。
俺を押し退けて掃除用具入れに……、いや、掃除用具入れに頭を押し付けた妙な姿勢のままでいる宇佐美さんにすがりついた。
「大変! 助けてあげて!」
「大げさだよ。髪の毛挟まっただけだって」
ああ、掃除用具入れの扉に髪が挟まったのか。
でもレバーが持ち上がらなくて扉が開かないんだね。
立ち止まったままの俺と江藤君を尻目に、さっと扉に挑む六本木君。
こういうとこ、ほんとかっこいい。
でも、レバーはなかなか持ち上がらないみたい。
さっき凄い音で閉まってたからな。
「かてえ……! わりい、宇佐美。もうちょっとだけ我慢してくれ」
「こっちこそ悪いね。……そうだ。穂咲は急いでるんだろ? 気にしないで先に行っていいぞ?」
「嫌なの! ねえ、六本木君! 早く助けてあげて!」
「くそっ! ……なんか棒みたいなもんねえか、藍川」
穂咲が慌てて鞄をひっくり返し始める。
必死になって。
友達の為に。
……髪は女性の命って言うくらいだしね。
レバーに引っ掛けられるような固いもの、何かないかな。
俺も慌てて鞄を開いてみたけど、なかなか使えそうなものは……。
「あったの! これで思いっきりやるの!」
「おし! せーの……、ふんっ!」
べきりと何かが折れるような音と同時に、レバーがガリッと悲鳴を上げて動いた。
そして扉が開くと、ようやく自由になってふうと息をついた宇佐美さんに穂咲が抱き着いて泣き出した。
「大げさだよ。これくらい平気だから」
「だって……、うぅ……」
毛先をちらっと見て溜息をついた後、クールな微笑を浮かべた宇佐美さん。
ハンカチを出して穂咲の頬を拭おうとしたその手がぴたっと止まる。
見る間に青くなる宇佐美さんの表情。
その目は、六本木君が手にしたボールペンに向いていた。
「それ、前に言ってた……、大切なヤツなんだろ?」
穂咲は泣き顔を振り向かせると、真ん中から折れて曲がってしまったボールペンを受け取って、床にしゃがみ込んだ。
……それは、今は亡き穂咲のおじさんが遺してくれたボールペンだった。
「ご、ごめん! 俺が考えなしに使っちまったから……」
下唇を噛み締めて俯いた六本木君。
皆も、そんな光景を悲しそうな表情で見つめてる。
――形あるものは、いつか壊れる。
穂咲は小さな両手にボールペンを乗せて、俯いたままそれを見つめていた。
…………うーん。
みんな、勘違いしてるんじゃないのかな?
穂咲の前にしゃがんで、その震える肩をポンと叩いてやる。
それを合図に持ち上がった穂咲の顔。
涙をぽろぽろ零した、俺が想像していた通りの顔。
「……よかったね」
破顔って言葉も、これほどの輝きを表すことはできまい。
そこには目もくらむほど眩しい、はち切れんばかりの笑顔があった。
「うん! パパのボールペン、やっぱりすごいの! レイナちゃんを救ったの!」
「みんな、いいかげん慣れようよ。こいつはこういうやつなんだ」
神妙な表情だった四人の目が大きく見開く。
でも、まだ少し不安げな色が浮かんでる。
ほんと気にしなさんな。
こいつはね、心から喜んでるんだよ。
「ハクが付いたね」
「そうなの! これ、一生の宝物になったの!」
「……それ、俺のなんだけど」
「じゃあ、しょうがないからたまに貸してあげるの」
「おかしいだろ」
口を尖らせてみたけれど。
その価値が一番分かる人の手にあるべきだって、心から思うよ。
使い物にならなくなったボールペンを、嬉しそうに高々と掲げた穂咲。
……俺以外の全てに優しい女の子。
そんな彼女を、宇佐美さんと渡さんは優しくぎゅっと抱きしめた。
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