フェンネルのせい
~ 十月九日(月祝) ~
フェンネルの花言葉 背伸びした恋
「…………なんたる部屋。まさに、ザ・穂咲って感じだな」
三連休の間に出ていた数学の宿題。
ふと心配になって、ちゃんとやったか聞いてみたら、予想を裏切ることなくすっかり忘れていたとの返事を貰った。
手伝って欲しいと言われて仕方なしにお隣りへ足を運ぶと、なにか悪だくみしている時のニヤニヤ顔で迎えてくれたおばさんに、強引に背中を押されて二階へ連れてこられて。
丁度ほっちゃんに買い物頼んじゃったから部屋で待っててねと言われてしまった。
……ちょっとドキドキ。
鼓動を意識しながら扉を開く。
すると待っていたのは、穂咲にしか作り出せないカオス空間。
何年ぶりかに入ったけど、こんなひどい状態になっているとは。
さっきのドキドキ、クーリングオフお願いします。
男性アイドルユニットのポスターの隣に、大御所女優のポスター。
さらにその隣には見たこともないマジシャンの写真が沢山。
プランター、お部屋菜園。
その合間合間に並ぶダルマ。
床に散らばるぬいぐるみとクッションとタオルケット。
たまに鍋。
びっしりつまった本棚は目についた段の左から、古美術書、少女マンガ雑誌、サルでも書ける俳句の手引き、スポーツマンガの十二巻、アガサクリスティー。
ほんと、なんなんだよこの部屋。
ホラーハウスにでも連れてこられたみたい。
唯一綺麗な机の上には黄色いフェンネルが活けられて、いつも持ち歩いている編み物籠から紺色のマフラーが顔を出していた。
頑張ってるのは分かるけど、まだまだ下手くそだな、マフラー。
編み目のサイズがぐっちゃぐちゃ。
あれ? マフラー?
お前、手袋作るって言ってなかった?
…………どうしよ。
買っちゃったよ、マフラー。
呆然とする俺の耳に響く、階段を駆け上がって来る音。
そして部屋に飛び込んできた穂咲が、編み物セットに手近なタオルケットをぼふんと被せて隠してしまった。
「見ちゃダメなの!」
「あ、うん。ゴメン。……なあ穂咲。自分用に手袋編むとか言ってなかった? そのマフラーはおばさん用? でもおばさん、青系は好きじゃないよね。ウチの母ちゃんとか俺とか好きな系統だけど」
「違うの、自分用なの! だからまだ見ちゃダメなの!」
やっぱり自分用か!
うわぁ、最悪だ。
……毎年これだ。
穂咲は自分が言い出したことをすぐに忘れるから、買ったものが無駄になる。
今回はまさかの二回空振り。
編み物セットに続いて、マフラーまで無駄になっちまった。
「早く出て行くの! 宿題は居間でやるの!」
「…………ああ、ちょっと外で電話してきていいか? すぐに行くから」
じゃないと、もろもろばれるかもしれないし。
俺は勝手口からサンダルをつっかけて外に出ると、馴染みの店に電話した。
「……あ、すいません。秋山です。明日からちょっとの間、夕方だけ働かせてもらえませんか?」
『なんだそりゃ? 急な話だな』
「穂咲の誕生日プレゼント買ったらお小遣い無くなっちゃって。でも、どうしてもまた入り用になっちゃって……」
『バカだな、色気出して高級なもん買うのが悪い』
「高級じゃないけど、二つ買ったらお金なくなっちゃったんですよ。編み物セットとマフラー」
『どういうつもりだよ。嫌がらせでもする気だったのか?』
え? どういう意味だろう。
嫌がらせ?
…………あ。
「おお、危ない。編み物始めた穂咲に既製品のマフラーあげるとこだった。ありがとうカンナさん。あやうく嫌味な事するとこだったよ」
『おお、なんだか分からねえけど礼にゃ及ばねえ。じゃあ夏ほど高給出してやる訳にはいかねえけど、来ていいぜ』
「ほんと!? すいません! 助かります!」
「いやなに、実は面白いことになってて……いいか、内緒でも」
「ちょっと待て。なに言いかけた」
「じゃあ明日から必ず来いよ!」
……切れちゃった。
なに、今の。
俺は不安を抱えたまま、丸一日過ごすことになった。
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