コケモモのせい


 ~ 十月十二日(木) お昼休み 二十センチ ~


   コケモモの花言葉 くじけるな



 久しぶりのバイトに疲れている様子。

 授業中、居眠りなどしていた藍川あいかわ穂咲ほさき

 おかげで授業に集中できました。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はつむじの辺りにゆったりとしたお団子にして、そこにコケモモを房ごと三つ挿している。


 白からピンクへの淡いグラデーション。

 小さなベルのような可愛い花が文字通り鈴生りに咲くコケモモ。

 これが実に可愛らしいのです。


 もちろん、花の話ですから。

 勘違いしないようお願いいたします。


 午前中はほとんど寝て過ごした穂咲が、お昼休みになると眠たそうな目をこすりこすり料理を開始。

 そして出されたコケモモのジャムたっぷりのトーストと四角い目玉焼き。

 ソーセージとミニサラダ。

 飲み物は甘めのカフェオレ。


 …………そうだね。

 おはよう、教授。



 そんなほとんど手間いらずの朝ごは……、お昼ご飯を食べてのんびりしていたら、渡さんと六本木君が遊びに来た。


 二人はあれ以来、しょっちゅうケンカをするようになった。

 実に楽しそうに、実に自然に。

 素敵な関係なのです。


「香澄ちゃん。昨日のドラマ、どういう意味だったか教えて欲しいの」

「いいけど、結構ややこしいわよね、あれ。うまく説明できるかしら?」

「香澄に説明させたら夜までかかるぞ? セリフの意味まで説明し始めるからな」

「なによ! そんなにかかるわけないじゃない!」

「そうかぁ? あれ、全然違う話が二つくっついたみたいに複雑だし。不安だね」


 六本木君の軽口に、渡さんがぽかりと叩いて抗議する。

 ほんと仲いいね、君たち。


「でも、予告状の暗号は教えないで欲しいの。あれを考えるのが楽しいの」

「先週は悪かったよ、にらむなよ。でも、読めないのに楽しのか?」

「読めたら面白くないの」

「意味が分からん」


 眉根を寄せた俺に苦笑いを向けた後、丁寧に説明を始める渡さん。

 さすがは才媛。

 すっごく分かりやすい。

 だというのに、穂咲はまったく理解できずに曖昧に頷いている様子。


「まって、渡さん。……おい穂咲。お前が把握している相関関係を言いなさい」

「料理が下手なヒロインが助手で、怪盗を捕まえる人が探偵さんのお姉さんで、怪盗の助手がちょっとおかしな男の子で、探偵さんのバイクがペストなの」

「ベスパです。説明ヘタか。理解できてるのかほんとに?」

「……ぼちぼち」


 絶対理解できてない。


「香澄の説明が下手なせいだ」

「なによ!」

「いやいや、穂咲に問題があるだけだからケンカしないで。そうだな、得意の図にしてみなさいよ」


 こくんと頷いた穂咲が、自由帳と呼ぶ英語のノートを引っ張り出す。

 そして、やたらと上手い人物画を書いてはちぎって机に並べ始めた。


「上手いな藍川! 驚いた! この所長とかめちゃくちゃ似てる!」

「そうよ、穂咲の絵は凄いんだから!」

「……なんでお前が自慢げなんだよ」


 二人に褒められて、えへへと微笑む穂咲。

 調子に乗って、俺の似顔絵を書き出した。


「うわ、似てる!」

「ほんと! ……愛されてるじゃない、秋山君」

「やめてくれ」

「え? これ、道久君じゃないの。去年のドラマに出てた人」


 へー。

 それにしても似てるな、俺に。


「なんて俳優さん?」

「分からないの」

「ネットで調べればいいじゃん」

「絶対に分からないの。出演してないから」


 意味が解りません。

 有識者三人が渋い顔を見合わせていると、穂咲が説明を始めた。


「えっと、個性的で勝手なみんなの間を取り持って、世界を救うために戦って、死んじゃうの」

「具体的じゃないか。なんで出演してないのさ」

「ああ、分かった! あの忍者のやつな! ごつい鎧に仮面までかぶったCGキャラが実写ドラマに登場したから結構話題になったんだよ! CGだから顔も出てこなくて……、そう言えばほんとに道久に似てるな」

「なんで出てこないのに似てるんだよ」


 そのドラマを知らないんだろう。

 眉根を寄せた渡さんと二人、顔を見合わせていたら、六本木君と穂咲が勝手な事を言い始めた。


「いつも大騒ぎなみんなに囲まれてるの。みんなにこき使われるの」

「やっぱ似てるよな」

「おいこらどういう意味さ」

「そっくりなの」

「くじけそうです、勘弁してください」


 俺、そんなか?

 …………いや、ちょっとそんな気がして来た。


「いつも貧乏くじひいて、それでも文句も言わずに戦って」

「くじけそう」

「自分の事しか考えてない仲間たちにいいように利用されるの」

「くじけそう」

「そして敵と戦う時はなぜか攻撃が集中して」

「くじけそう」

「死んじゃったの」

「泣きそうだよ! なんでそれが俺なのさ!」


 さすがにそこまでのことないでしょ!

 というか、死んでないからね!?


 めちゃくちゃな事ばっかり言う二人になにか物申してください、渡さん!

 そんな嘆願の眼差しを向けていたら、彼女は穂咲の書いた似顔絵をそっと手に取って呟いた。


「うん、そっくり」

「くじけた!」


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