カシワのせい


 ~ 九月二十七日(水) 帰り道 二駅 ~


   カシワの花言葉 歓待



 渡さんが水飴をこねてくれたおかげで思い出した、穂咲への誕生日プレゼント。

 物がものなので、地元じゃ恥ずかしいから二駅離れたお店を調べて足を運んでみたら、いきなり店員さんに深々と頭を下げられることになった。


「ごめんなさい! 本当にここのところずっと、ごめんなさい!」

「そこまで気にしないでいいよ神尾さん。ただの偶然みたいなものばっかりだから」

「うう、ほんとに気を付けます……」


 手芸用品店『コットンチェリー』。

 入り口のプランターに活けられた可愛い花に心を躍らせながら扉をくぐると、見慣れた顔がエプロン姿と平謝りとで迎えてくれた。


「でも驚いたよ。こんなところでバイトしてたんだ」

「バイトと言うか……、ここ、あたしの家よ?」

「へえ! そりゃあイメージピッタリだ」


 手芸用品と毛糸の小物が並んだパステルカラーの店内は、神尾さんによるプロデュースと一目でわかるほどに繊細で丁寧なレイアウト。


 入り口近くの棚に並べられた人形が特に可愛らしい。

 目に付いたクマの人形を撫でていたら、隣に並んだ神尾さんがようやくいつも通りの優しい雰囲気で話しかけてくれた。


「それにしても秋山君、編み物するのね。嬉しい。それに似合うわ」

「いやまさか。穂咲の誕生日がもうそろそろなんだよ」

「へえ! じゃあ、そのクマさんはおすすめよ! 隣の青い子と恋人同士だから、彼は秋山君の部屋に飾ってあげてね! いいわね、ペアで何か持ってるのって!」

「…………神尾さん?」

「ひうっ!? ごめんなさい! ごめんなさい!」

「いや、そこまで謝らなくてもいいけど、俺は別に穂咲のこと好きでも嫌いでもないわけで……」


 ここのところ怪しい神尾さん。

 どうも俺たちを頭の中でくっ付けて楽しんでいるようで。


 迷惑です。


「じゃあ、こっちの手袋とか? マフラーとかどうかな!」


 わざとかな?


「ひとつでいいです。いちいち赤と青の二つずつペアで並べないでください」


 やれやれ。

 ペアとか勘弁してよ、無理だから。


「あれ? そう言えば帰り道は穂咲ちゃんも一緒だったわよね?」

「なんでも重要な寄り合いがあるらしくて。途中で別れたんだ」

「ふーん。うちのおばあちゃんも、今日はお年寄りの寄り合いがあるから出張編み物教室に出かけてるの。だからあたしが店番してるのよ」

「へえ、寄り合いブーム?」


 あははと楽しそうに笑った神尾さんは、いつもと違って随分と快活に感じる。

 真面目な子だから、学校だとちょっとセーブしてたりするのかな?


「あたしも寄り合いにお邪魔したことあるんだけど、おばあさんたち若いのよ!」

「おばあさんが若い? どういうこと?」

「寄り合いの場所、ハンバーガーショップなの! 今どきのお年寄りはあんな場所に集まるんだなって……? どうしたの、苦笑いして」

「いやなんでもないです。それより、初心者用の編み物道具を探してるんだけど見繕ってもらってもいい? あ、穂咲には内緒にしてね?」


 ぱあっと、そしてにやっと笑った神尾さんが俺の手を引く。

 そして連れてこられた棚には、可愛い籠が並んでいた。


「これ、当店自慢の初心者編み物セットなの! どう?」


 うん、すごくいい。

 とにかく籠が可愛らしい。


 きらきらのビーズがちりばめられて。

 持ち手の所にピンクのリボン。

 そこにあしらってある二つのどんぐりもいいセンス。


 そう言えば、今日の穂咲の頭にもどんぐりがちりばめられていたな。

 信じられないことに、髪で小さな小屋が頭の上に作ってあって。

 その中からリスが出て来ては、ドングリを拾ってコリコリ齧ってた。


 いや、そんな馬鹿な話はないよね。

 きっとあれは夢だったんだ。


「じゃあ、それ頂戴。プレゼント用のラッピングとかやってる?」

「やってるわよ! 出来上がったら持ってきてね!」

「…………ん? なんで俺がなにか編むことになってるの?」

「秋山君が編んで穂咲にプレゼントするんでしょ?」

「最初に言ったじゃない、俺は編み物なんてやらないよ!? 穂咲にその初心者セットをあげるんだって!」

「秋山君、編み物やらないの? がっかり。ショック」

「そんなに!?」


 こくんと頷く神尾さん。

 ああもう、しょうがないなあ。


「…………わかったよ。二つ買うよ」

「やった! 穂咲ちゃんとお揃いね! ペア!」

「やっぱひとつでいいです」


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