アーティチョークのせい
~ 九月二十八日(木) 始業前 なんか机がLの字にくっ付いてる ~
アーティチョークの花言葉 警告
窓の外に吊るすのは技術的に難しいとの話で、朝礼台に立たされた一昨日の俺。
それがカッコ悪かったと散々繰り返すのは、俺には辛口評価な
いつも面白おかしく結い上げる、軽い色に染めたゆるふわロング髪。
それを今日は前髪だけ持ち上げる程度にゴムで縛って、まるで締め切り前の作家のよう。
……まあ、原稿に向かう作家は頭に巨大なアーティチョークの花を咲かせることはないだろうけどね。
海外では一般的な食べ物であるアーティチョーク。
ソフトボールほどもある巨大なつぼみ。
それを茹でたり蒸したりして、うろこ状の皮を剥いて中身をいただく。
でも、ちょっと知ってるよという方でもつぼみの状態しか知らないわけで。
華が開いたダイナミックな姿を見たことがある人はほとんどいないだろう。
アザミ同様、青紫の綿毛がびっしりぶわっと丸いブラシのように広がるのだ。
お分かりだろうか。
ソフトボールほどもあるつぼみから、ぼぼんとびっしりと青紫の綿毛。
今日の穂咲は、しつこい汚れを優しく落とすお風呂用ブラシとして利用可能だ。
さて、穂咲の頭も確かに大変ではあるのだが。
実はこれ、それほど大きな問題ではない。
それより大変な事態が穂咲の机に発生しているからね。
「…………木曜劇場のセット、とうとうそんなことになっちゃったのか」
俺の机が資材置き場兼作業台。
そして穂咲の机は展示台。
昨晩、三時間特別放送となったドラマの最終回。
その興奮がここに、どえらい形で表現されている。
つまり、机の上にミニチュアの古民家が一軒建ってるのだ。
「君は一体、何時に来たの?」
「うう……、始発……。眠い……、の……」
「ある意味凄いね、たったの二時間でこれだけのものを作るなんて」
マッチの軸みたいな木片が俺の机にぶちまけられて。
カッターで成形して、ピンセットでつまみながら筆で色を塗って。
それをボンドで張り付ける動きが、眠気のせいでふらふらだ。
そしてドラマの設定資料集に書かれた間取りを確認しながら台所の間仕切りを作り終えると、今度は庭にミニチュアの花を生け始める。
「すごいね君の才能。ほんと、心から無駄だって思うよ」
「なんで……?」
「だって、もう先生来ちゃうから」
俺の言葉とかぶるように開いた扉から先生が入って来る。
でも、俺の机は目下作業台。
仕方がないので、床に正座して先生を迎えた。
……二時間の苦労も、一喝で吹き飛ばされちゃうな。
まさに雷が落ちるが如く。
でも雷神様は、くたびれた様子で黙々と造園作業を続ける穂咲をちらりと見た後、太鼓をたたく様子もなく話し始めた。
「えー、まずは皆に報告がある。昨日、藍川がひったくり犯逮捕に協力したということで、近々表彰されることになった」
一瞬不穏にざわついた教室は、すぐに拍手と歓声に包まれた。
なにそれ、初耳なんだけど?
「穂咲。お前は何をやらかしたの?」
「あのね? 昨日ワンコ・バーガーから出た時に、おばあちゃんの鞄を取って行っちゃった人がいたの。だからどろぼうですーって叫び続けて、ずーっと追いかけたの」
再び大きな拍手と歓声が上がってるけど、これ、褒めちゃダメだよ。
「なんでそんな危ないことしたのさ!」
「危なくないの。女子に掴まるなんて、だらしのないひったくり犯なの」
「しかも、捕まえちゃったの!?」
「そうなの。カンナさんが」
「……カンナさんと一緒に走ったの?」
「当たり前なの。一人じゃ怖くて追いかけたりしないの」
そうか、それなら安心…………、いや、むむむ。
褒めたものか叱ったものか。
悩む俺に、大あくびを見せる穂咲。
「だから十二時にパトカーで家について、ママに説明して、録画したドラマを見て、お風呂に入ったら始発の時間だったからそのまま来たの」
「……寝てないの?」
返事のために頷いたのかと思いきや、舟をこいだだけみたい。
なんか、何から何まで褒められたものじゃない。
「皆も藍川を見習って、悪事には敢然と立ち向かう勇気を……」
「ちょっと先生! 褒めちゃダメですから!」
「褒められるの。いいことしたの。おばあちゃんはちょっと悲しそうだったけど」
「普通はそう思うよ。危ないことしちゃダメです」
「秋山。言いたいことは分かるが、できる範囲での正義をだな……」
「ダメです! 警告を与えるべきです!」
俺が正座のまま床を叩いて抗議すると、先生も腕を組んで悩みだした。
俺だって先生の言ってることは分かるよ。
でも、ダメな物はダメです!
「道久君、嬉しくないの?」
「当たり前です。あと、こんなことの後だから先生は許してくれてますけど、そのお屋敷もダメですから」
「うう……、道久君が褒めてくれないの……」
寂しそうな顔をした穂咲は、体ごとお屋敷に突っ込んで全部なぎ倒してしまった。
「ええっ!? かんしゃく? なんか、ゴメ……」
「ぐう」
「寝ただけかーい!」
ややこしいわ!
ああもう、これから授業だってのに大丈夫か?
「……秋山」
「へいへい。口答えしましたからね。今すぐ廊下へ……」
「行かなくていい」
なんと。
「先生! 分かってくれましたか!」
「いや、返事は明日まで待ってくれ。それよりそれを何とかしろ」
「…………これを?」
「掃除が終わってから廊下へ行け」
俺はかつてないほどのふくれっ面で、穂咲が散らかしたミニチュアセットの片づけを始めた。
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