ホワイトレースフラワーのせい


 ~ 十月四日(水) 朝のホームルーム 十五センチ ~


   ホワイトレースフラワーの花言葉 悲哀



 今日は規定通りの机の距離。

 これにはごくごく当然な理由がある。


 いつも、朝の気分で机を動かしてしまう穂咲。

 先生が教室に入って来たというのに、そのぼけっとした笑顔が見えないからだ。

 穂咲が遅刻なんて珍しいけど、でも心配なんてしてあげません。


 だって携帯に届いた尊大なメッセージ。


 『先に始めといてなの』


 …………何様でしょうか。


 そんな、偉そうな穂咲もギリギリ遅刻は回避できた様子。

 先生が出席簿を開こうとしたまさにそのタイミングで、バーンと扉が開く。

 そして穂咲が教室に…………。


 いや、その、えっと…………。


「何考えてんの?」

「うう。ママに聞いて欲しいの……」


 いつもいつも親子そろって変な事ばっかりして、俺を、いや世間を混沌と笑いに包むその娘の方、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はお姫様な感じにウェーブを強めにかけて編み込みを作って……、いやそんなことよりも。


 頭にはホワイトレースフラワーをふんだんにあしらったヴェール。

 手にもホワイトレースフラワーのミニブーケ。

 いやそれもどうだっていい。


「さすがに拒否しなさいな。なんでウェディングドレス着て来ちゃったのさ」

「もう、その質問は飽き飽きなの。ここまでくる間に、十回くらい止められて質問されたの……」


 まあ、そりゃあそうでしょうとも。


「……藍川。お前は俺をクビにさせたいのか?」

「あたしが遅刻すると先生がクビになっちゃうの?」

「ちがいますよ。穂咲の服装に問題があるわけで……って、がっさがっさうるさいなそのドレス!」


 花嫁さんが教卓を横切って席の前まで来ると、クラス中の女子が集まって来た。

 綺麗だなんだともてはやされて囲まれてるけど。


「……それ、座れるの?」

「背もたれのない椅子じゃないと無理っぽいの。……あ、あったの」


 穂咲は、思考が止まっちゃった先生の元に自分の椅子を持って行って強引に座らせると、教卓用の丸椅子によいしょと腰かけた。


 いやいや、黒板を背に並んで座らないでください。


「娘の門出を祝うお父さんみたいになってますよ、先生」


 女子一同が、揃いも揃ってきゃーきゃー言いながら写真を撮りだしたし。


「お前ら、さすがにいい加減にしろ」

「先生、お嬢さんの時の予行演習になるじゃないですか。もっと感動して」

「ふざけるな、まだこんなに大きくない。ずっと先の話だ」


 文句を言いながら立ち上がった先生。

 その照れと寂しさが入り混じった横顔に、渡さんが声をかける。


「いえいえ、ずっと先だと思っていても、ですよ! 先生!」

「おお、渡は言うようになったな。いい傾向だ。だが調子に乗った罰として、大騒ぎしてる女子を全員席に戻せ」


 文化祭以降は険が取れて、明るい毒舌家へと変貌を遂げた渡さんがお茶目に舌を出すと、真面目な一面を引っ張り出してみんなを席につかせ始める。


 でも、神尾さんが俺を穂咲の横に強引に立たせると、せっかく席についたみんなは再びカメラマンとなって教卓の周りに押し寄せた。


「勘弁してよ。先生、今日はちゃんと注意してやってください。……あれ? どうしました、目頭を押さえて?」


 俺と穂咲の方を向いて、急に鼻をすすり始めちゃったけど。


「……大丈夫。お嬢さんがお嫁に行っちゃうのはまだ先ですって」

「うるさい! きさまに娘はやらん! 今すぐ教室ここから出ていけ!」


 ……俺は頑固なお父さんに、教室いえから追い出されてしまった。


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