シオンのせい
~ 九月二十日(水) 三時間目 十五センチ ~
シオンの花言葉 忘れぬ心
好きなのか、はたまた嫌いなのか。
いつからだろう、俺は考えるのをやめた。
きっちり十五センチ離れた机。
俺の左側に腰かけるのは、家族同然の幼馴染。
この、校内で知らぬ者などいない、頭に花を咲かせる女の子の名は
軽い色に染めたゆるふわロング髪が、今日はつむじの辺りにまとめられて、ウェービーで大きなお団子になっている。
ぱっと見は、タレ目が可愛い花屋の娘。
でも、目線をもうちょっとだけ上げて欲しい。
……そのお団子に突き立つ薄紫色のシオンの花束。
そう、こいつの頭には毎日違う花が咲いているのである。
そんな穂咲の誕生日は、俺と同じ、十月の二十日。
ちょうど一か月前に迫ったわけで。
お隣に暮らす幼馴染としてはプレゼントくらい準備しておかねばならないのです。
……さて、今年は何を買ってやろうかしら。
こいつ最近、なにか欲しいとか言ってなかったっけ?
ヒントを探すために、珍しく静かに授業を聞いている隣の席をちらりと覗く。
すると、ノートに書かれた意味不明な文字が目に入って来た。
『バスケットシューズ』
『テニスボール』
『ビリヤードの棒』
…………真面目に授業受けてると思いきや、なんだこりゃ。
キューでテニスボールを突いてバスケットゴールに入れる遊び?
実につまらなそうだよ?
「こら、変なスポーツ考えてないで、マジメに授業受けなさい」
「はうっ!? …………すぐに隠したの。道久君には、ばれてないの」
「ばれてます」
いまさら慌てて隠しても手遅れです。
でも、いつもの穂咲ならもう少し堂々とさぼるはず。
……ってことは、俺にばれたらまずかったもの?
まさか誕生日に欲しいもの?
いや、そんなわけないか。
スポーツ道具なんて、こいつにとっては猫に小判。
バスケットボール、試合中に触れたことないって言ってたし。
だったらなんだろう。
バスケットシューズ、テニスボール、ビリヤードの棒。
……嫌な予感しかしない。
俺が先生の方を向くと、再び何かを書き足す気配がする。
よし、その第四ヒント、何が何でも見てやろう。
だーるーまーさーんーが………………、ころんだっ!
がばっ!
「実に油断ならないの。ちゃんと先生の方を向くの」
「君に言われましても。あと、隠すんなら新しく追加したルールの方にしなさい」
まるきり見えてるよ、『ローラーブレード』。
やっぱり新しいスポーツの考案だったか。
結構激しそうな競技だね。
「即物的でもいいから、そう言う時は欲しいものとか書くべきだと思います」
「これはあたしが欲しいものじゃないの。道久君が欲しいものなの」
「俺だっていりませんよそんなの。……いや、がーん! ではなく」
そんな新スポーツの選手になれと言われましても。
まあ、単体ではそれなり使い道ありそうだけど。
……ん? 今のやり取りに近い事、どこかでやったな。
たしか文化祭の時…………、手芸部だったか?
あそこで、俺が思いついた何かを穂咲にやらせようとして……。
じゃあそれが欲しいとかこいつが言い出して……。
「次の単語は……、秋山。『risk』の意味を答えろ。……おい、秋山!」
「ちょっと待っててね、今、何か思い出せそうな……」
「そんなに一生懸命思い出すような言葉か? お前たちだって使うだろう」
「今はそれどころじゃなくて……、えっと……」
「危険なの、道久君」
「何が危険なんだよ。……ああっ! 今、かなり思い出せそうだったのに! 邪魔するなよ!」
文句と共に穂咲をにらみつけると、教科書を立ててノートと顔を隠してた。
……なるほど。教卓の方から危険が迫ってたのね。
「秋山。お前、なにか違う事を思い出そうとしてたのか。だったら静かな場所を紹介してやろう」
「いや、言い訳させてください! こいつが遊んでたんですって!」
穂咲を指差す俺の力説に、ふとーい溜息で返事をする先生。
ほんとですってば。
「お前は男らしくない奴だな。藍川はお前に『危険』と単語の答えまでこっそり教えてくれたというのに、その恩をあだで返す気か?」
「それはこいつの異常な危機回避能力が生んだ偶然です! せめてもう一度だけチャンスを下さい!」
最近、廊下に立たされることが多くなったせいで授業に追いつくの大変なんだ。
俺の必死な思いが通じたのか、先生は黒板に何かを書いていく。
そうか、それが全部和訳出来たら許してくれるんですね?
えっとなになに?
hall way ……たしか、『廊下』だったよね。
Mt.autumn ……なんだそりゃ? 『秋の山』?
toward ……これは、どこそこへ『向かう』って意味。
合わせると……。
「………………nuts」
「二時間目もぶっ通しで立ってろ」
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