葛のせい
~ 九月二十一日(木) 一時間目 十七センチ ~
葛の花言葉 恋のため息
昨日の一件。
自分が悪かったと思う気持ちと、罪を暴露しようとした俺の態度。
さっぴいて二センチ遠ざかった机に腰かけるのは、朝からため息ばかりついている
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は頭のてっぺんでお団子にして、そこに葛の花をひと房突き立てている。
長い穂が赤紫の花で包まれて、ちょっと珍しいフォルムの葛。
根っこからくず粉とか葛根湯が作られたり、蔓の繊維で布を作ったりと、古くから人と密接な関りがある。
確かその花も薬で、ダイエットに効果があるんだよね。
……つまみ食いしないように見張っておこう。
さて、朝のホームルームの前。
クラス内の喧騒はいつも通り。
そんな中、俺は頼れる二人に相談を持ち掛けていた。
「穂咲が欲しいもの? 情けないわね! それくらい察してあげなさいよ!」
と、厳しいお言葉をくれるのは渡さん。
「それとなく聞いてあげるけど、あんまりあてにしないでね?」
と、優しさと謙虚さで引き受けてくれたのは神尾さん。
「頼むよ。何か、ヒントだけでも構わないんだ」
「アクセサリーじゃないの?」
「自分のこだわり凄いじゃない。あいつが気に入るアクセサリー選ぶ自信ないよ」
「じゃあ、文房具とか……」
「嫌がらせだと思われちゃうよ。なんか、あいつの趣味っぽいものを欲しがっていたような気がするんだけど……」
困り顔のまま説明すると、渡さんがニヤッと微笑みながらとんでもない事を言い出した。
「じゃあ、秋山君自身にリボンつけてあげればいいじゃない」
「ちょっ! 渡さん、そんなこと言う子じゃなかったよね!?」
ああもう、神尾さんが真っ赤になって顔を覆っちゃってるよ。
渡さん、文化祭で一皮むけたというか。
六本木君に悪い影響を受けたというか。
その六本木君は穂咲と何か話してるみたいだけど、どんな話してるんだろ。
……そうか、あいつにも頼んでおこうかな。
ちょっとした光明が見えたところで、先生が教室に入って来た。
相談は終了だ。
今日こそ最後まで授業を受けないと。
気合いを入れつつ席に着くと、耳に入ったのは熱のこもったため息。
穂咲は朝からこんな調子なんだけど、神尾さんまで同じため息ついてどうしたの?
「ふう。恋って、残酷なの」
「ひうっ!?」
「…………何を言い出しました? まだホームルーム中だからと言って私語が許されているわけではないです。あと、神尾さんも変な声を出さ……、顔、赤っ!」
なんだか、神尾さんが俺と穂咲を見る目が怪しい。
まさかさっきのプレゼントの話を引きずっちゃってるの?
ということは…………。
今、神尾さんの頭の中にどんな映像が浮かんでるの!?
「ふう。決して越えてはならない壁に阻まれた恋心は、熱くて冷たい芸術なの」
「ひうっ!?」
「君もさっきからあやしいこと言うのやめなさいよ。なにか食べちゃいけないものでも食べましたか? ……まさか、あれほど食べちゃダメって言った葛の花びら、いっちゃいました?」
ほんとどうしちゃったんだ、急に。
……………………はっ!?
さっき六本木君と話してたけど!
まさか、お前、渡さんの彼氏を好きになっちゃった!?
「だっ、ダメだ穂咲! それだけはダメ!」
「素敵だったの。お兄さんに襟巻をかけてあげる仕草だけで泣けてきたの。……そうなの。それに決めたの、プレゼント」
「……お兄さん? え? なに言ってるの?」
「昨日のドラマは悲しいけど素敵なお話だったの。それより道久君。ホームルーム中だからって私語はダメなの」
「ドラマの話かーい!」
叫ぶと同時に先生を手で制して、何かを言われる前に席を立った。
でも、俺より大きな音を椅子から鳴らして立ち上がった神尾さん。
顔を覆いながら教卓の前を駆け抜けていく。
「もう、このまま二人を見てることなんてできない! 私が廊下にいます!」
…………えええええ?
これには、先生も目を丸くして固まってしまった。
そしてどうしたらいいか分からない様子。
俺を見ながら口をパクパクさせている。
やれやれ、しょうがないな。
ほんとに応用のきかない先生だ。
俺は黙って先生の横に立って、スクワットを開始した。
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