杏のせい


 ~ 十月二日(月) 二時間目 九センチ ~


   杏の花言葉 乙女の恥じらい



 土日の間、おばさんからヘルプミーコールがひっきりなし。

 心配をかけたからとかなんとか言いながら、張り切ってお母さん孝行をこなしたお隣に住むお嬢さんは、規定より近い席に腰かける藍川あいかわ穂咲ほさき


 それにしても、悪気が無いって一番の悪。

 まるで子供の家事手伝い。

 後始末の方が大変って、テンプレにもほどがある。


 一生懸命なので叱ることができないおばさんの譲歩もギリギリ一杯。

 苦笑いでありがとうと褒めてあげた後、穂咲に見つからないように俺と二人で掃除のし直し、洗濯し直し。


 一番の難敵は、洗濯機一面に塗られた漂白剤だったな……。

 真っ白にするのとか言われましても。

 赤がいいって言ったの、君じゃない。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪。

 それが今日はサイドへ簡単にまとめただけになっている理由。

 朝、おばさんが苦笑いしながら俺に言った一言は、「揉み返しがね……」。


 そんなおばさんに手渡された杏の枝。

 季節外れのピンクの小花が一面に咲いて、まるで桜の枝のよう。


 俺が持て余したままの枝は、後で髪を結い直して活けてやろう。

 でもその前に、振出しに戻ったプレゼント探しを進めないと。


 二時間目の授業前、五分間休憩。

 俺は穂咲に質問してみた。



「編み物セット、昨日さっそくいじり始めてたみたいだけど。何を作るの?」

「てぶくろにしようと思うの。どう?」

「どう? と聞かれましても」


 そんなそっけない返事をしたものの、実は有力情報に小躍りしそうになっている。

 これはいいヒントになった。

 てぶくろを手作りするなら、誕生日プレゼントにはマフラーでも買ってあげるか。

 ピンクとか、白いのもいいな。


「穂咲、マフラーとか、欲しい?」

「何のことなの?」


 おっと、慎重に話さなきゃな。


「あ、うん。俺が欲しいから、穂咲も欲しいかなって」

「まだあったかいけど、すぐに寒くなるの。マフラーは必需品なの。……道久君も、マフラー欲しいの?」

「そうだね。でも俺はどうでもよくって……っと、先生が来た」


 話は途中で途切れちゃったけど、誕生日に買ってあげるモノが決まって一安心。

 今度神尾さんに見繕ってもらおう。


 ……でも、穂咲と一緒にいるとアトラクション気分なわけで。

 ほっと胸をなでおろしたその直後、またも面倒なことが襲い掛かって来ました。


「では、出席を取るぞ。藍川」

「ひにゃ!」


 眉根を寄せる先生の視線の先。

 穂咲はおでこを両手で押さえてぷるぷると震えていた。


 あちゃあ、全開でしたか。


「……おでこ。先生、見たの?」

「うるさい、立っとけ。……次、秋山」

「ひにゃぁ!」


 ……いや、君が先に返事をしちゃだめです。

 おでこ、嫌なの知ってますけど。


「…………何の真似だ、藍川。代返か?」

「いくらなんでも。先生が一瞬目配せしたのは誰でしょうか」

「花を手に持っているじゃないか。お前が藍川、という可能性がある」

「じゃあ隣でひにゃひにゃ言ってるのが、いつも愉快な秋山君だとでも?」


 最近の先生は、ちょっと冗談がきつい。


「道久君も、さっきからおでこ見てたの」

「髪型次第でしょっちゅう全開じゃないのさ」

「もともと開けてるときはいいの、でも、そうじゃない時はダメなの」

「何が違うんだよ。変わりゃしないだろ」


 ……この一言に、クラスは騒然。

 女性陣から、全然分かってないと非難轟々。


 分かんないよ、何が違うのさ。


「ああもう、面倒なんで我慢していただけないでしょうか」

「……道久君も、見たの」

「秋山らしくないな、機転が利かないじゃないか」


 おや、頭の硬い先生が横から口をだしてきた。


「どうすればいいんです?」

「席にいなかったことにすればいいじゃないか」


 ……それは、ずっと廊下にいたことにしろということですか?


 こいつ、おでこおでこ延々とうるさいからな。

 とんだトレードオフだけどやむをえまい。


 俺は大人しく、廊下に向かった。



 でも、当然そんなことで罪を誤魔化せるはずはなかった。

 先生の作戦、ダメじゃん。


 穂咲は、一日中おでこおでことうるさかった。


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