リンドウのせい


 ~ 十月三日(火) お昼休み 五十センチ ~


   リンドウの花言葉 悲しんでいるあなたを慰めたい



 めんどう極まりない。

 おでこの暖簾のれん をへいらっしゃいとばかりに勝手に開けてたのは君です。

 誰がどう考えたって不可抗力です。


 ……などという男子にとっての常識が通じるはずのない、遥か彼方の席で今日も一日膨れたままにしていためんどくさい子ちゃんの名は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は低い位置にお団子にして、そこに美しい青色でしっとりと輝くリンドウの花を五輪ほど挿している。


 ちょっと大人しい和風美人。

 ……まあ、そのほっぺたの膨れっぷりは大人しさのかけらもないけど。


 そんな穂咲は、例の編み物籠を持ち歩くようになった。

 最近では休み時間の度に神尾さんの席に振り返り、編み物の練習中。


 基本、オールオアナッシング。

 まったくできないか天才的かの二択しか持ち合わせていない穂咲だが、編み物についてはちょっと不器用な頑張り屋さんという印象だ。


 でもさ、その自分用の手袋。

 そんなペースで、冬までに編みあがるのかい?


 神尾さんは、手芸仲間が増えたと大喜び。

 俺には悪いけど、編み物セットをあげたおばあちゃんに感謝しているのとその気持ちを何度も話して聞かせてくれる。


 まあ、悪いと思うのでしたら、ちょっと力を貸りても罰は当たらないよね?



「これか、これ。あと、こんなのもあるよ?」

「あ、一つ前のに戻して。……うん、いいね。この編み目、教授が好きそう。これでピンクってあるかな」

「あるよ。実物、見たい?」

「いやいや、神尾さんが紹介してくれた品なら間違いないでしょ。手伝ってくれてありがとうね」

「こちらこそ、毎度ありがとうございます!」


 昼休み、教卓の前に出来た行列。

 今日は教授によるかき氷フェスティバルが催されている。

 その喧騒に紛れて、俺たちはプレゼント選びをしていたわけだ。


「ごめんね。おばあちゃんのせいで余計な出費になっちゃったね」

「なに言ってるのさ。お礼の気持ちで下さったわけだし、謝ることじゃないよ」

「そうだ! あのセットで、秋山君も編み物初めようよ!」

「勘弁してくださいよ。俺はやらないってば」


 俺の返事に、ふてくされてかき氷を頬張る神尾さん。

 そんなに怒らなくてもいいじゃない。


 でも、ごり押しされたら断り辛い。

 話を誤魔化すために教授の方へ顔を向けると、メロン練乳のかき氷を受け取った渡さんが俺の視線に気付いて駆け寄って来た。


「おいしそうでしょ! でも、あげないわよ?」

「取らないよ。しかし今回も盛況だったね」


 しゃかしゃかと楽しそうに氷を削っていた教授も、さすがにもう限界のよう。

 最後のお客さんにレモン小豆のかき氷を渡すと、ふらふら俺たちの元へ来た。


「お疲れ様、教授。でもさ、かき氷ならもっと暑い時期にやりなさいよ」

「ママがね、もうかき氷器をしまうって言うからあわてて持って来たの。いいお嫁さんになるために削らなきゃなの」


 穂咲の言葉に、眉根を寄せる神尾さんと渡さん。

 意味を説明したいけど、穂咲がショックで寝込むといけないからスルーしよう。


 この変な発言は、穂咲のおばさんのせい。

 かき氷大好きなくせに自分で作るのが面倒だから、花嫁修業と言って穂咲にやらせてるんだ。


 そのとばっちりは俺にまで及ぶ。

 氷の詰まったクーラーボックス、重かったよ。


「だが、ロード君! ここからがメーンエベントなのだよ!」

「ちょっと発音が気になりますけど、まさか俺の昼飯、かき氷なの?」


 鼻息荒く頷く教授を見ていたら頭がくらくらしてきた。

 すっごい栄養価低い。

 いや、それより腹持ちが心配だ。


 でも……。


「教授。クーラーボックス、もう空ですが」

「ふっふっふ、ロード君! そんな水道水の氷と一緒にしないように! あたしの研究の成果を御覧ごろうじるがいい!」

「はあ。……鞄をごそごそやってどうしたのさ。なんか持って来たの?」

「一本326円もする高級ミネラルウォーターで作った氷! かき氷にすると淡い食感で、口に入れるとほわっととろける幻の……、ぴぎゃあ!」

「うわあ、やっちまいましたか……」


 なんで氷を鞄に入れっぱなしにしますか。

 そりゃあ融けますよ。


 教授が寂しそうな顔で鞄から取り出したのは、口の開いたタッパーと水も滴る教科書やノート。


 中身を全部机の上に逃がしてから鞄を逆さにすると、326円のうち30円分くらいが床に零れた。


 残りは教科書と鞄が美味しくいただいたんだろうね。

 ごらんよ教授。

 教科書のお腹が、もう食べられないとばかりにパンパンに膨れ上がってる。


「……いや、そんな顔で見上げないでください。小学生でも気付きますって」

「うう。こんなことじゃいいお嫁さんにはなれないの」


 誰が貰うことになるかは知らんが、その点については同意しちゃいます。


「高級なのに」


 その点については同情しちゃいます。


 しょんぼりとした穂咲を前に、おろおろしている神尾さん。

 その隣でくすっと笑みを零した渡さんが、手にしたかき氷を穂咲に差し出す。


 でも、穂咲はしょんぼり度をさらに増しながらふるふると首を振った。


「違うの。かき氷が欲しいわけじゃないの」


 挙句にため息なんかついてるけど、そんな大層な理由じゃないでしょうに。

 だから神尾さんも渡さんも、そんな心配そうにこいつを見る必要ないですから。


 えっと、この落ち込み方はですね。


 俺は穂咲の頭からリンドウを一輪抜く。

 そして渡さんのかき氷の端に挿して、ペンで容器に魔法の言葉を書いた。


 『高級』


 おお、とか声をあげながら喜んで受け取る単純な教授に、三人して苦笑い。

 そして俺を肘で突く渡さんが、変な事を言い出した。


「さすがね、秋山君。いいお嫁さんになれるわ」

「うそ」


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