クコのせい
~ 十月五日(木) 一時間目 三十センチ ~
クコの花言葉 お互いに忘れよう
昨日の姿が各所で撮影されていたようで。
ネットでちょっと話題となった時の人。
でも、難儀している自分を救ってくれなかったことが気に召さないという厳しい評価を俺に下すのは、
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は久々、耳の下あたりにリーススタイルにしてクコの花がその中央に活けられている。
薄紫の、五枚の花びらをつけるクコの花。
これが赤い実になるなんてちょっと想像つかない。
クコには、過去を水に流すといった意味があるけれど。
自分の花の色まで忘れちゃうんだね。
さて、前クールは穂咲のなかで大変な盛り上がりを見せたドラマですが、新番組に対する君の評価がまるで分かりません。
そのバイクのおもちゃはなに?
そして、ノートに書いた呪文のような文章は一体なんなのでしょうか。
「さて道久君。あたしに教えるの」
「唐突過ぎて意味が解りません。あと、授業中は静かにしてください」
やれやれ、木曜は君がドラマの内容を俺に教える日だと思ってたのに。
「道久君に教わりなさいって、ママが」
「なにを教えろというのでしょうか」
「昨日あたしが見たドラマの内容」
「おかしいだろ」
不思議発言には慣れてるつもりだけど、さすがになに言ってるか分かりません。
そんな穂咲へ首を向けると、ノートの呪文をにらみつけて唸り続けていた。
「……暗号? ああ、ミステリー? 探偵ものなのか?」
「そうなのかどうなのかすら分からないの。解説して欲しいの」
こいつ、警察モノとかまるで理解できないからな。
痴情関連のミステリーなら簡単に理解できるのに、どんな頭してるのさ。
だからって俺に質問されてもね。
ヒントが無きゃまるで分かりませんて。
「せめてお前が理解できてる範囲のヒントを下さい。そこから推理します」
「えっと、もじゃもじゃパーマのたばこを吸う所長さんがね、怪盗エックスで、それを高校に通う探偵のお姉さんが捕まえるの。あとは、この暗号しか分からないの」
「えっと…………、うん」
無理。
しょうがない、今度原作を読んで内容を把握しておくか。
……ん?
「まてまて。高校生のお姉さんの弟がタバコ吸っちゃいかんだろ。理解できて無いにもほどがある。そんなの見てて楽しいのか?」
「あのね、ママが最近こういうの無くなったって言いながら、大笑いしながら見てるから、あたしも楽しいの。ペストって名前のバイクが可愛いんだって」
「ほんとに理解してなさそうだね。愛車にそんな愛称つける人いないから」
黒死病ってなんだよ。
でもおばさんが楽しんでて、それを見てこいつが楽しいならそれで構わないか。
「あたしは予告状が楽しいの。これを盗むんだって」
「なんだ、その変な文章は予告状だったんだ。じゃあ、怪盗ものじゃないか」
「そうなの? よく分からないの。でも、この暗号を解いてみせるの。あたしは名探偵なの」
へんなとこに食いついたね。
でも、こいつに暗号なんて読めるわけない。
クロマニョン人に古今和歌集読ませるようなものだ。
えっと、なになに……?
「……うどん? さぬき? 文章から『さ』を抜けばいいんじゃないかな。そうすれば、『キリヤマ、シバイヌ』って読めるし。桐山さんって人の飼い犬がターゲットなんじゃない?」
きょとんとした穂咲が、慌てて怪文章に目を走らせる。
そして、俺の名推理に尊敬の念を……、
「むーーーーーーーーっ!!!」
抱いてくれるはずも無く、暗号が書いてあったノートで叩かれた。
「楽しく解読してたのに! 酷い!」
「痛いよ! なにすんのさ!」
「騒がしいぞ! まったく、さっきから何やら話しているかと思ったら……。さぬきとは何の話だ?」
うわ、一部とはいえ内容聞かれてたとか。
超恥ずかしい。
「聞いてたんなら分るでしょう! いつものように、悪いのは全部ほ きです!」
噛んだ。
恥ずかしさも倍。
耳、すっごく熱い。
「…………さぬきだから『さ』を抜いたのか?」
「偶然です! 恥ずかしいから今すぐ忘れてください!」
机に突っ伏して悶えていたら、いつもの沙汰が下った。
「理由を聞くのも面倒だ。秋山、立っ ろ」
…………噛んだ。
「それじゃあ『手抜き』です、先生」
ありゃりゃ。
耳を真っ赤にして恥ずかしそうに。
突っ込んだのは可哀そうだったかな。
「すいません、俺も今のは聞かなかったことにしますから。お互い、無かったことにしましょう」
「うるさい。お前は今日、教室に戻ってくるな」
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