第13話 黒い財布

「ただいま」

 玄関が開いて、声が聞こえた。

 コスミが部屋から出る。シロガネも続いた。

「おかえり」

 戻ってきたカイリの右手には、布の買い物袋。食糧が入っていた。

 左手には、濃い灰色の鞄。袋よりも大きく、運動部の学生に似合いそうな見た目だ。

 廊下で鞄を渡されたシロガネ。中には、白い服が入っている。

 さらに、黒い財布を渡された。

「コスミがちゃんと見ていたわ。財布、持ってないのよね?」

 シロガネは、すこし慌てた様子でポケットに手を入れる。

 出てきたのは歯ブラシだった。

「代金はそのうち返してもらうわ」

 歯ブラシを持ち去ったカイリのあとを、コスミがついていく。

 鞄を持ったシロガネも、追いかけていく。


 カイリが、台所の灯りをともす。コンロで魚を焼き始めた。

 コスミと何やら話している。

 立って眺めていたシロガネは、座るように促される。

 部屋の隅に置いてあった木の椅子を持ち出され、座った。

 十代半ばの少女が魚を見る。

 二十代半ばの女性となにかを言っている。

 シロガネの思考は止まっていた。空腹でも眠気でもない。

 目の前を見つめていた。木の机。足元も木製。

 焼けた魚の匂いが漂う。

 そして、料理が机に並んでいく。

 茶碗が3つ。

 湯呑みも3つ並んだ。

「ごめんなさいね。冷蔵庫の残り物ばかりで」

「言わなければ分からなかったのに、それ」

 カイリとコスミがいただきますと言って、夕食が始まった。

 三人とも、箸を器用に使って焼き魚を食べている。落ち着いた時間が流れていく。

 シロガネは嫌そうな顔をせずに完食した。

 二人とは違って、ごちそうさまでしたとは言わない。


 夕食を終えたあと、灰色の服の二人が食器を洗った。

 白い服の少年は座り続けることを命じられる。

 洗い終わると、カイリとコスミは能力バトルの話を始めた。

 シロガネは黙って聞いている。

 しばらくして、カイリが嬉しそうに歯ブラシを差し出す。

「お風呂場の洗面所に行ってきて」

 言ったあとで自分が先に向かったかと思いきや、すぐ台所に戻ってきた。

 自分の歯ブラシとコップを持ってきていた。

「二人までだからね。狭いから」

 コスミが手招きして、シロガネも洗面所へと歩いていく。


 鏡に映る、シロガネの歯の磨きかたはぎこちない。

 すぐにコスミが気付いた。

「あたしと同じ。虫歯にならないんでしょ。カイリも同じ」

 赤ん坊のときに菌がうつらなければ、虫歯の原因菌は増えない。

 熱い食べ物を息で冷ます人や、同じ食器を使う人がいなかったことを意味する。

 知識を持っていれば、うつさないようにすることは可能である。

 しかし、実践は難しい。

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