第3話 レオン対シロガネ

「初めてなら、模擬戦が妥当か」

 細身で筋肉質の青年が、爽やかな笑みを浮かべた。服は淡い黄色。

「レオン、本気出そう」

「それはない」

 均整のとれた女性の言葉を、優しく否定するレオン。

「決着は有効打3回。短い間隔での連続攻撃無効、でいいか?」

 向き合う少年が、小さく頷く。白い服で、背は平均よりも低い。

 辺りの雰囲気が変わった。

 タイル張りの公園の中心部。そこに立つ二人から、円形のドームが広がっていく。

 能力バトル用の広場ではないものの、百人以上がくつろげる憩いの場。

 エミリや、近くの人を通り抜けてドームは広がる。

 いくつか樹がある公園の外まで広がり、道や水路を飲み込んで止まった。

「思ったより狭いね」

 二人分の荷物がベンチに置かれる。薄い桃色の服のエミリが、あいだに座った。

 戦闘空間は、一般人よりもはるかに広い。見物人が集まってくる。

 レオンの身体を光が包み込む。

 光の壁になっている場所から、レオンが現れた。服は濃い黄色だった。

 少年の身体も光に包まれている。

 光の壁になっている場所から、少年が現れた。服は灰色だった。

 変化は服だけではない。少年の服に鎖が巻きついていた。


 十代半ばの少年は身動きが取れない。

 身体を縛る鎖。その重さに困惑している様子。

 レオンも驚いている。

「これは、初めて見たな」

「……」

「心が縛られている? 能力者協会で聞かないと分からないな」

「縛る?」

 低い声。眉を下げて機嫌が悪そうな顔の少年。言葉を続ける。

「なんで普通に話せるんだ」

「精神体だから、か。知り合いと似た雰囲気だから分離しないと思ったが」

「知り合い?」

 ぶっきらぼうな少年の問いに、ベンチからエミリが答える。

「刃を伸ばす、強い人がいるんだよ」


 レオンは、少年に能力バトルの基礎を教えた。

 近接武器に、飛び道具に、ガード。

「代わりに名前を教えてくれ」

「シロガネ」

 少年が答えた。返事をされたレオンは、喜びを隠さない。

「ありがとう。おれの説明がもっと上手ければよかったな」

「深く考えなくてもいいよ。心の強さが能力の強さ」

 エミリの言葉にシロガネが反応した。表情に憎悪を隠さない。

「心が力になるなら、人間ごときが勝てるわけがないだろ」

 足元が黒く染まっていく。

 影のような何かが広がり、レオンは距離を取る。

 シロガネは、タイル張りの公園を半分ほど闇に染めた。

「ぼくは人間じゃない」


 空には何もない。足元には黒い領域。

「影、じゃない。液体か。さっきの言葉の意味は?」

 レオンは、表情を緩めながらも隙がない。黒い水面が揺らめくのを見逃さなかった。

 濃い黄色が素早く横に動く。

 刃のように伸びた水が、レオンの左側で凍りついたように固まった。

「あまり優しくなさそうだ」

 2つめ、3つめの刃がレオンを襲う。

 回避で体勢を崩したところに伸びる、4つめの刃。

 レオンの身体の複数個所から、光がほとばしった。

 細身が重心移動とは関係なく動き、するどい刃は空を切る。

 次々と襲いかかる黒い刃。光の推進力を使ったレオンには当たらない。

 10番目の刃を避けたレオンは、黒い領域の外に立っていた。

「やるじゃないか。初めてとは思えない」

「なんだ、その技は」

 シロガネが闇の中心から声を張り上げた。

多重推進スラスター

「……」

「その技の名前はなんだ? シロガネ」

「ぼくに傷をつけてから言え。おっさん」

「ちょっと! おにいさん、でしょ!」

 エミリが珍しく大声を上げた。歳は十代後半。

「年齢が倍近いから、仕方ないだろう」

 レオンは落ち着いていた。歳は二十代後半。

 十代半ばのシロガネは鼻を鳴らした。

 突き出していた10の刃が闇に沈む。

 灰色の服と鎖を纏った少年は、いまにも闇に飲まれそうに見えた。


 身体のあちこちに推進力を発生させ、高速で動くレオン。

 右手に光の短剣を握る。

 地の闇から伸びる10の刃を避け接近。シロガネに斬撃を浴びせた。

 空中に浮かぶ、縦に並んだ丸。下にシロガネの顔が表示されているほうが、1つ減った。

 丸は、精神力を表すゲージの代わり。レオンのほうは変わらず、3つ並ぶ。

 すでに100回以上の攻撃を避けていた。

 本来、精神力の消費が激しい多重推進スラスターは多用できない。

 精神力を消費しない模擬戦だからこそ、長時間使用が可能。

「さあ、教えてもらおう。その技は?」

 二人の周りには、10の黒い刃が固体となって突き出たまま。

 攻撃を受けたシロガネ。腕を見ても傷はなかった。視線とともに負の感情をレオンに向ける。

 基本的に、精神体が傷つくことはない。

暗黒物質ダークマター

「捉えどころがなさそうな、特長を表現――」

 レオンの言葉を遮るように、足元から刃が伸びる。

 11番目の刃を避けたレオンは、12番目の刃も避けた。

 すぐに、13番目の刃が伸びる。

 空中に浮かぶ、レオン側の表示。3つの丸が1つ減った。


 模擬戦は苛烈になっていく。

 レオンはシロガネの領域から出ようとしない。

 闇から伸びる刃が迫る。

 右手の短剣でしのいだレオンが、左手の短剣を構える。

 間に合わない。11番目の刃はガードした。

 半球体の光の壁は広範囲を守れない。12番目の刃が迫る。

 うしろに跳んだレオンを光が押し上げた。刃の横を蹴ってシロガネを目指す。

 交差する光と影。二人とも丸が減った。お互いに残り1つ。

 鎖に縛られた少年は、相手を睨みつけている。

 レオンは、シロガネの刃が消えるまで攻撃しない。

「楽しみすぎ」

 いつの間にか笑顔になっていたエミリが言った。

 座っているベンチの下、足元には闇が広がっている。

 能力は実体に影響しない。ほかの見物人たちも、黒い地面を気にする様子はない。

 闇がざわついた。

 13個の刃が同時に伸びて、渦のような形になる。動きを止めた濃い黄色。

 模擬戦は終わった。

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