第五章 自分の色

第21話 スズネ対シロガネ

 たかい位置に傘のある、まるい緑色の広場。

 半径は約50メートル。ベンチが周りにならぶ。日が昇り、たくさんの見物人が詰めかけている。

 白い建物が北側に建っていて、近くに三人が座っていた。

 灰色に挟まれる白色。

 東側の、二十代半ばの女性が尋ねる。

「昨晩、何を話したのかしら?」

 カイリの問いに、隣の少年は何も言わなかった。

 もさもさとした黒髪を、風が揺らす。瞳は一点を見つめていた。

 西側の、十代半ばの少女が答える。

「基礎練習。手伝ってもらった」

 表情を変えないコスミ。

 2つの影が近付いてきた。十代半ばの少年の前で、一人が立ち止まる。

「私と模擬戦しない?」

 ミドルヘアを揺らしながら、艶っぽい笑みを浮かべたのはスズネ。橙色の服。

 白い服のシロガネが、瞳を見つめて頷く。

 二人は、広場の中心へと歩いていった。

「あいつに勝てないと、アイムに勝つなんて夢物語だな」

 紺色の服のタクミがぼやいた。二人のうしろ姿が遠ざかる。


 辺りの雰囲気が変わった。

 広場に立つ二人の中心付近から、円形のドームが広がっていく。

 人や物を通り抜けて、光のドームは広がる。

 ふくらみが道や街路樹を飲み込んだ。そして、戦闘空間は広がるのを止めた。

 十代後半の、年相応の身体つきの少女を光が包み込む。

 光の壁になっている場所から、黄色の服のスズネが現れた。東寄りに立つ。

 シロガネも精神体に分離する。

 やはり、灰色の服に鎖が巻きついていた。西寄りに立つ。

 東の空中に、3つの丸が浮かんでいる。下に表示されているのはスズネの顔。

 西にも3つの丸。シロガネの顔が表示されている。

 かたずをのんで見守る見物人たち。

 模擬戦が始まってすぐ、シロガネの足元に黒い円が広がった。

 広場は半分近くが変色。残った緑色の部分は、三日月のような形になった。

 鎖の巻きついた右腕がゆっくりと上がり、地面と水平に近づく。

 シロガネの周りに黒い霧が現れた。濃くなっていく。

「グラフ弾速ダンソク

 スズネの手の甲が光った。豆粒ほどの光弾が連射され、音速に迫る速度で少年を襲う。

 霧に突入した弾が、次々と消滅していく。

「届かないようにするだけだ」


「グラフ攻撃コウゲキ

 スズネの手全体が光った。スイカほどの大きさの弾が、列車並みの速度で飛ぶ。

 霧に突入した弾は、かじり取られるようにして消えた。

「全方位バリアかよ。反則くせぇ」

 広場の外。北に座っている、長身のタクミが声を上げた。

 左側に座るコスミが、すこしだけ眉を下げる。

「悪いね、相性」

「どちらに能力を偏らせても、厳しそうですわ」

 隣に座るカイリが、頬に手を当てながら悲観した。


 黒い円の上で、前に手を伸ばした少年が叫ぶ。

「降参してくれたら、歩く手間が省ける」

「楽しいから戦っているんでしょう?」

 ミドルヘアの少女は、黒い円の手前にきた。半球体の光の壁を展開。

「許せないからだ。絶対にレオンに勝つ」

「勝ったじゃない」

 スズネの手の先が光る。ガード範囲が広がり、全身をすっぽりと包んだ。

 闇へ踏み込んで、歩き始める。

「最初から全力だったら、ぼくはあっさり負けていた」

 足元から刃が伸びた。光がはじく。2つめ、3つめの刃もガード。

 黄色い服の少女は、さらに進む。

「初めてじゃあ、仕方ないわよ」

「言い訳にならない。畜生。ぼくが、人間ごときに!」

 右手が下ろされ、霧が消えた。次々と刃が伸びる。

 13番目の刃が止まったとき、スズネはシロガネの目の前にいた。

「ちょっと人間離れした力だけど、あなたは人間よ」

「違う! あるのは憎しみだ。人間であるはずがない!」

 刃が闇に沈む前に、スズネは能力を解除した。通常弾で攻撃。

 シロガネの丸が1つ減る。

「ヤヨイは最初、精神体に分離できなかったのよ」

「だから、なんだ」

 13個の刃が、崩れ落ちるように黒い地面へ消えていく。

 スズネはもう一発撃った。

「私たちと、いえ、カケルと会って、できるようになった」

「何が言いたい」

 シロガネの丸は残り1つ。

「自分よりも優先する誰かが、あなたにもいるから分離できる」

「そんなもの、もういない!」

 スズネの足元から刃が伸びた。スズネは動かない。丸が1つ減る。

 能力の発動を優先していた。足の先が光る。

「グラフ機動キドウ

 2つめの刃が伸びる前に、スズネはその場にいなかった。

 方向転換に苦労している。駆ける速度が、本人にも制御できていない。


「さきほどのガードは、グラフ防御ボウギョ

「グラフ跳躍チョウヤクだっけ。あとは」

 北で観戦するカイリとコスミ。タクミも話に加わる。

「あの速さで移動されたら、俺はただ殴られるしかない」

 半目ぎみのカイリの目が、すこし大きくなる。

「そういえば、妙なことを思い出しましたわ」

「新技? 殴る?」

「いいえ。シロガネの腕を借りたとき、軽かったことですわ」

「あれ、えぐいよな。慣れないぜ。……いや待て。詳しく聞かせてくれ」


 黒い円の中心にいる、鎖に縛られた少年。

「部屋の中に座っている自分を、もう一人の自分が入り口から見ていた」

「それって――」

「それが続くとどうなるか知っていた。だから逃げた」

 闇から刃が伸びた。

 すでにスズネは移動している。目で追えないほど速く走っていた。

 足の先が光っている。

「よかったじゃない。心が壊れる前で」

「心に土足で踏み込むな!」

 刃が空を切る。

「同じね。私たちも、靴を脱ぐのよ」

「力が、力さえあれば」

 よろめきながら方向転換するスズネを、黒い刃が捉えた。

 丸が減る。お互いに残り1つ。

「使いこなせれば、レオンより速そうだ」

 漆黒の地面から突き出ている刃は12個。

 スズネは能力を移動に偏らせて、素手の一撃を狙っている。

「踏ん張りがきかないのよ。鍛えないとダメね」

 シロガネは、スズネの進行方向に黒い刃を出した。

 方向転換したスズネの死角に、突き出たままの刃。あっけない幕切れだった。


 戦闘空間が消え、二人が肉体に戻る。

 模擬戦だからと遠慮するスズネに、見物人からお金が渡された。

 シロガネは黙って受け取る。財布にお金を入れた。

 見物人が広場から出ていって、傘のない場所から空が見えた。

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