女性恐怖症男子のハーレムテイム

ちきん

長谷川瑞樹

 俺は、女が苦手だ。


 いや、いきなりなんだと思うだろうけど、本当に苦手なんだ。別に嫌いってわけじゃないんだけどさ、正直俺には女が好きって言う奴の気持ちがわかんないね。


 今年で高校2年になる俺、長谷川瑞樹はせがわみずきはいわゆる女性恐怖症という厄介な症状を抱えていた。何も理由なく発症したわけではなく、これにもちゃんとした理由がある。

 その原因の大半は俺の姉貴の影響であり、小さい頃から何かと苛められ続けてきた結果が今の俺だ。


 小さい頃は暴力で力の差を叩き込まれ、俺がでかくなってからはパシリのように扱き使ってきた。小さい頃から女性に手をあげたらダメだと教えられて育ったため、手をあげたことはないし、口喧嘩で姉貴に勝てるわけもなく、毎日地獄のような日々を過ごしてきた。

 まあ、姉貴だけならまだ負担は少なく、俺でも耐えることはできた。だが、姉貴が友達を家に連れてきた時、それが俺の脳内に未だにへばりついてくる1番のトラウマだ。

 何せ、俺をおもちゃのように扱ってくるのだ。人間もくそもないのだ。顔が童顔だからって俺が抵抗できないように押さえつけると、短い髪を無理やり結んできたり、女装させようとしてくる。いや俺は着せ替え人形なんかじゃない。


 欲望に忠実な獣、あの時の姉たちは俺の中でそのようなイメージで刻まれることになった。

 いや、頭の中では全ての女性がそんな風ではないことも分かってるつもりだし、姉貴は置いといて、その友達たちも普段はそんな風ではないと……信じたい。


 頭の中ではわかっている、でも体が、俺の中の本能が受け付けないのだ。そのせいか、学校でも女子とまともに会話できたこともないし、まともに顔を合わせたこともない。それも全部、俺がまともに女子を見ることもできないから。


「そんな青春何が楽しいんだって言われたこともあるけどよ……、俺だって好きでこんな恐怖症患ったわけじゃねーんだ。別に、姉貴のせいにしてるわけでもねーけど」


 俺は言い訳に言い訳を重ね、そう独り言を呟くと、プレイ中だった何らかのロールプレイングゲームを終了した。

 衝撃で壊れないようにそれをベッドのところへ放り投げ、自分もそこへとダイブする。

 夏休みも終盤へと近づいている中、現実逃避真っ最中だった俺だが、ここで現実に直面し、机の上に綺麗に重ねてある課題という名のプリントの束を見てはぁ……とため息をついた。


「学校なんてなくなりゃいいのに……っつーか勉強したくねぇ」


 まあそんなこと言っても学校がなくなるわけなどないし、高校生である俺が勉強から逃れられるわけがない。

 そのはずだった。本当ならそうなるはずだった。でもこの時の俺はそんなこと知らず枕に顔を埋める。

 まさか俺長谷川瑞樹がこの世界で生きていくのが今日までになるなんて、そんなこと俺自身わかるはずないのだから。

 ましてや、この世界より過酷な世界の中へと足を踏み入れることになるなんて……それこそ知ったこっちゃないだろう。


 何も知らない俺はそのまま課題のことに囚われながら苦しみながら、そして忘れるように眠りの中へと入っていった。

 そのまま意識は下に落ちていき、何もない、真っ白な空間が無限に広がった場所に俺は音もなく降り立った。

 おそらく夢の中だろう。夢の中だとわかった夢は実に面白くない。それが入ってすぐに気づいてしまったから余計にだ。


「君は、どうしてここに?」


 ふとかけられた声に俺は振り返る。この空間と同じような、まるで何もないように感じさせる肌と髪色は、俺の女性恐怖症をもなくしてくれるようだった。

 そんな全身を白で包んだような少女は、俺が居たことに気づきこちらへと近づいてくる。

 俺は今の今まで、夢の中であろうと女性恐怖症を克服したことなんてないのに……、この人から何も感じないせいだろうか、俺はその少女に見惚れたまま動くことはできなかった。


「見た感じ死んだようにも見えない。何故君がここにきたのかはわからないけど……、ここにきてしまったからはもう元の世界には戻れないよ」


「は、それってどういう……」


 俺が驚きを隠せないまま身を乗り出そうとすると、少女は片手で俺を制止して、ジッと俺の目を見つめた。白に白が重なったその眼は、まるで自分が空白の中にいるように感じさせられる。彼女はその真っ白な瞳を一度瞬きすると、言葉を続けた。


「君がどのようにしてここにきたのか、それはボクにもわからない。だが、ここはもう君がいた世界とは繋がっていないんだよ。ボクが監視しているのはそことは違う世界だからね。だから君を元の世界に帰すことはできない」


「な、何言ってんだよ。ここは夢の世界だろ?一回寝ただけでどうして帰れなくなるんだよ。しかも元の世界じゃねーって……じゃあ一体ここは、何処だってんだよ」


 このまま帰れなくなるとか、それは困る。だってまだ夏休みの課題がたまりに溜まっているし、今すぐにも始めないと終わらないレベルだ。

 あ、でもこのまま帰れないんなら課題もしなくていいし、それもちょっとありかも……。


「君が動揺する気持ちもわかるが、もうボクにはどうしようもないんだ。……すまない」


 少女は謝罪の言葉を口にすると、俺に頭を下げ、そのまま俺の反応を待っているのかピクリとも動こうとしなかった。だが、俺がきたことにこの少女が何か手を出したわけではないし、自分の力不足だと謝っているのだろうが、そんなの俺だって同じだし何も謝る必要などないだろう。


「なあ、顔上げろって……別にお前が謝る必要なんかねーだろ。俺がここにきたのもお前にもわかんないみたいだし、何も悪いことなんかしてねー」


「それもそうだね。だがボクの力不足だったという点は変わらない。君がこことは違う世界の住人だとしても、この世界の神であるこのボクが何もできないとなると少々申し訳ないんだよ」


「お前が……神様?何か聞き間違いしたような気がすんだけど、気のせい?」


 自ら神と名乗った少女はこくりと俺の言葉に対して頷く。その自然な反応からして嘘でも冗談でもないようだ。神様がいることを疑っていたわけではないが、まさか本当にいたなんて……、俺はゴクリと息を飲むと少女の頭上から足元まで上から下に視線を動かした。

 やはり、どう見ても神様って言えるような威厳さなど欠片もない。というより、白で包まれた彼女を見ると何もない……何かを感じることさえできなかった。


「ジロジロと眺めている中悪いのだけど、この場所から出るためにボクが君にできることは今のところ1つしかないみたいだ」


「ここから出れるのか?」


「元の世界には帰れないけどね。君をボクの世界に招待するしか方法はない。君が帰れないのもボクの力不足だ、もちろん君には何か1つ特別なものをプレゼントするよ。罪滅ぼしと言ってはなんだけど」


 元の世界には帰れない……か。その言葉を聞いた瞬間今までの思い出や友達、家族のことが俺の心の中でちらついた。この少女と会った瞬間、いや、ここにきてしまった瞬間からこの運命には逆らえなかったのだが、いざ新しい世界に踏み込むとなると、どうしても未練のある俺の世界のことを考えないわけにもいかなかった。

 何より、別れも告げれずに二度と会えないのかと思うとやはり心残りが消えない。

 でももう……仕方ないか。

 今は俺のことが最優先だ。こんな空白な世界にこの少女と2人きりだなんて……それもありかもしれないけど、俺にはとても耐えられない。


 ――行くしかない、新しい世界に。


 俺はそう決心すると、先ほどまで黙り込んでいた俺は少女の方へ目線を向け、口を開いた。

 

「わかった。行くよ、お前の世界に。俺を連れて行ってくれ」


「了解した。因みに聞いておくけど、君は何が欲しい?」


 少女は俺の方へ近づくと、最後に耳元でそう呟く。そして、少女が俺の肩に手を置いた瞬間、俺の身体が白く、光り輝き始めた。何が起きているのかはわからないが、恐らく俺の知らない世界に連れて行くための儀式か何か?だろう。

 それに欲しいものなど既に決まっている。今までのトラウマを消し去ること、それが俺の願い。最強になりたいだとかそんなものどうだっていい。これさえ克服することができれば後はなんだっていいのだから。


「俺が欲しいのはただ1つ……。女性に対抗できる力だぁぁぁぁ!!」


 俺がそう叫んだ瞬間、俺の身体は完全に白い光に包まれ、白いこの空白な世界に飲み込まれるようにして消えていった。

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