トラウマ
身体中が痛い。
意識が戻った俺を襲ったのは耐え難いほどの激痛だった。周りに殺気立った気配は感じない、ということはもうあの男たちは立ち去ったのだろうか。
それならいいのだが、もうこんな経験するのは2度とごめんだ。
「新しい人生を歩む第1日目からこんなザマだとか……大丈夫かよ俺」
まだ全身に走る痛みのせいか立ち上がることはできそうにない。どこも骨折とかはしてなさそうだし、死にそうではないんだけど。……俺の身体が頑丈でよかった。
「あの……あ、ありがとうございますっ」
「あ?別に礼なんて……ってウワァァ!?」
まさかまだいたとはっ……。
俺は驚きと恐怖にかられ、背後にある壁まで身体をぶつけると、身体の痛みをも忘れるくらいに、座ったまま上体を壁に押し付けた。
そんな反応を見せる俺に女の子も驚きを隠せない様子。
悪いとは思う……悪いとは思うけどいきなり声かけられたりしたら誰だってこうなるだろ。反応の差は知らん。
「ごっ、ごめんなさい……脅かしてしまって。私、どうしてもお礼がしたくて……。その……」
「うん! わかった。よおーくわかった。だからこれ以上近づくんじゃねーぞ?」
俺はこれ以上後ろへ下がれないため左手を前に出して相手を必死に制止する。何やらオドオドとした態度をとる彼女はモジモジと人差し指を合わせながらジーっと俺の様子を伺っていた。
ふわふわと輝いた金髪はまるで彼女のか弱さを表しているようで、今までこんな女の子に会ったことのない俺には余計どうすればいいのかわからなかった。
だって、今まで超肉食系女子としか会話……?いや、会話などしたことないか。あれは一方的な命令……。
「あ……あの、大丈夫ですか?私のせいでこんなに怪我が……」
ふと自分の世界に入り込んでいた俺はその一言につられてハッと顔を上げる。
上げたところには彼女の顔がすぐそばのところにある。あと少しで頭がぶつかってしまうほど、彼女が近づいてきていたのであった。
エメラルドグリーンの瞳は俺の眼なんかよりずっと大きく、まるで吸い込まれそうなほどの魅力がある。そのせいか、俺の視線も固まったまま動かなくなった。
というか、近づくなと言ったのにどうしてこんな近くにいるんだよ。
「ち、近づくんじゃねぇっ……て、いっいい言ってんだろ」
ここまで近寄られると何されるかたまったもんじゃねぇ、そして何されるかわかんねー以上、恐ろしくて追い返すこともできねぇ……。
今までの経験上、ここまで近寄られたら最後、俺はいつも姉貴たちのモルモットと化していた。
もしかしたらって思ったけどやっぱり俺には女子と面と向かって話すなんて、そんなことできるはずがなかった。どんなに優しい女の子だろうが、俺のトラウマが邪魔して受け付けようとしない。
俺は離れようと身体を動かそうとするが、それを襲う激痛が邪魔し、後ろの壁に背中から激突した。ただでさえ痛いのに怪我してるから余計に痛い。
「あ、だ……ダメですよっ、まだ応急処置も終わってないのに。だ、大丈夫ですか?」
そう言うと、女の子はどこから取り出したのか包帯などの道具を手に持ち、俺の脚をぐるぐる巻きにしようと手を動かし始めた。
そして、狙いが定まったのか、包帯が俺の右足へと近寄ってくる。
「ヒギャァァァァァァ! だからやめろっつってんだろ。大丈夫だからっ、俺は大丈夫だからぁっ!」
「でも、悪化しちゃいますからっ、これでも怪我する回数は多いので応急処置もちょっと得意なんですっ!」
少し自慢げにそう言った彼女はふんっと得意げな表情を俺に向けると再び作業を再開しだした。
いや、俺はさっさと退けと言ってるだけだし、そこ自慢しちゃっていいの? ただのドジっ子っていうのアピールしちゃってるからそれ。
だが今の俺が抵抗しようにも怪我で動くのも痛いせいで上手くいきそうにない。変に力を入れて彼女を怪我させるのもまた男としてどうかと思う。
俺にできることはたった1つ、そう……耐えるしかないのだ。ひたすら、応急処置が終わるまで、ずっと耐えるしかないのだ。
何も変わっていない……。これは、姉貴とがいた時と何ら変わっていない……!
応急処置が終わった頃、おれのメンタルも同時に限界を迎えていた。遠くに三途の川が見える気がする。うん、気がするだけ。
「応急処置は終わりましたけど……ど、どうですか?」
「いや、もう大丈夫。ありがとう」
応急処置の間に時間が経ったためか、動くようになった脚で、返事をしながら俺は彼女から距離をとる。
そしてそのままそそくさと立ち去ろうとするが、すぐに目の前に立ちはだかる彼女のおかげで上手く逃げることができない。
こういうしつこいところはどの女も同じ何だろうか……。姉貴たちから追われ続けた日々を思い出しそうで嫌になってくる。
「あのなあ、退いてくれねーかな。そして俺から距離をとれ、今すぐ。俺のトラウマが蘇らないうちに」
「と、とらうま……? で、でもまだ自己紹介していませんっ。それに私のお礼はまだ終わってないですし」
「そんなの知るかっ!」と俺は視線を彼女から上手く外しながら一言言うと、そのまま後ろへ振り返り、逃げ去ろうとした。
これ以上彼女と関わると俺の精神が全て持っていかれそうだし、何より既に大部分を持っていかれてる。礼なんていいから俺のお願い事を1番聞いてほしい。
「ま、待ってっ! あ、そうだ!見た感じここの人ではないですよね……? 宿探してるなら私の家に是非っ……」
「確かに金ないし困ってるけどお前のとこは嫌だ。頑張って他を探すか野宿の方がマシだ」
俺が再び歩き出そうとすると、彼女はかなり慌てた様子で俺の方へ追ってくる。どこまでお礼がしたいんだこの子は……。
俺も走って逃げようとするが、時既に遅し。勢いよくけが人である俺の背中に激突した彼女はそのまま俺のお腹の方へ腕をぐるりと回し、離せないようがっしりとしがみついてきた。
そしてその瞬間、俺の中にあるトラウマも脳内で再生されるようにして蘇ってくる。
そう、姉貴とのつらーいつらーい思い出をだ。
だから後ろからしがみつくのだけはやめろ……、やめてくれ。
今まで俺が姉貴たちから何度後ろからズボン脱がされたと思ってんだ…! 姉貴たちはな……それを見て笑いやがんだ。俺の気持ちなんて知らずに。あのイタズラのせいで俺の男としてのプライドがどれだけ傷ついたか。
……ってやめて、思い出させないで。あのときの、周りから見られるあの羞恥心を思い出させないで。
「わがった! わがったよ! お前の家に泊まらせてもらうよ。だから今すぐこの腕どけろぉ!」
俺がトラウマを振り払うようにそう叫ぶと、彼女はすぐにとても嬉しそうな表情を見せ、「盛大にお礼させていただきますっ」そう俺に言うのだった。
不良にボコボコにされながら1人の女の子を助けただけ……、普通ならここまでお礼されるはずもないのだが、ありがとうの一言で終わるはずなんだけども……。
俺は、神様からもらったこの能力に途轍もない恐怖を感じた。
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