フェンリルの真実
「とりあえず、早くその耳隠せっ」
俺は周りに聞こえないようにそう言うと、テーブル近くにあった店の制服の帽子をそっと被せる。
幸い一瞬の出来事であったため、周りの客は気づいていないようだ。
だが周りはざわめき始めている。俺は彼女の手をとると、急いで店の外へと飛び出た。
俺を追うようにるんるんとキュリアも店から出てくると、人の少ない日当たりの悪い場所へと移動する。
息を切らしながらその場所へと到着し、周りに誰もいないことを確認すると、最後に繋いでいる手の方へ視線を落とした。
「……うわぁ! わ、悪りぃ」
咄嗟に掴んだせいか、最初は意識していなかったけど、いざ冷静になると、やはり女性に対する苦手意識が出てきてしまう……。
俺は顔を赤くしながら手を離すと、看板娘から数歩距離を取り、一度深呼吸をした。
やはり女性恐怖症は健在だ。ルナとはある程度触れても大丈夫くらいには克服したけど、他の人だとどうしても突き放してしまう。
彼女はさっきの耳を見た感じ、るんるんと同じ類だけど……、るんるんは小さいからな。俺と同い年くらいになると、ちょっと厳しい。
「……んで、これは一体どういうことだよ」
「そんなの……私が聞きたい……。ニンが生きとるなんて……、立派に大きくなって……」
泣きじゃくる彼女と反対に、るんるんは現状をよく理解していないらしく、かなり動揺しているといった様子だ。
とりあえず、落ち着くまで見守るしかないが……、るんるんと一緒ってことはフェンリルだよな? 上位種が一人でこんな喫茶店で働いてるってどういうことだ、しかもフェンリルの特性上オオカミを引き連れて群れで動いているはずなのに。
「ごめん、取り乱しちゃって……」
「お姉ちゃん、だいじょーぶ?」
少し冷静になってきた彼女に対し、キュリアが小さな手で頭を撫でる。その対応に笑顔で返してる感じ、どうやらだいぶ落ち着きを取り戻したようだ。
「まさかこの兄ちゃんがニンの親代わりになってくれとるとは思わんかったよ……」
「オ、オレはニンじゃねぇ! るんるんって名前があんだよ、あと誰だお前……オレと同じ匂い……しやがって」
「そうよね……アンタが里から逃げ出せたときはまだ幼かったもの……。名前なんて覚えとらんよね」
まるで昔を思い出してるかのようにるんるんを見つめると、彼女は俺の方へ視線を移し頭を下げた。
つられて俺も頭を下げる。
「私はアル・セニカ、今はなきフェンリルの里出身……。そして、そこにいるニン・セニカの姉よ」
彼女、アルはそう言って、次は俺の頭の中に直接「ありがとう」と意識混入してきた。
るんるんと同じ能力だが、使いこなせばどの相手でも意識介入できる……のか。
「ちょっとした読心術が使えれば一瞬よ、それより……」
「あぁ、フェンリルのことについて詳しく知っておきたい。こいつと姉妹だとしたら、今まで離れ離れになってたことも理由があるんだろ。るんるんと一緒に住んでる身でもあるし、きちんとした情報を知っておかないと……」
それに、単純に気になる。
「本音だだ漏れっちゃけど……、まあいいよ。そこにいる赤髪の女の子も人間ではないみたいだし、今は存在しない里の話なんて外に流しても何も問題はないしね」
彼女はそう言うと、フェンリルの本当の事実を一から教えてくれた。
フェンリルは元々里に集まって、一つの一族として狼と一緒に暮らしていたということ。
里はある1匹のフェンリルの裏切りにより、悪質ギルドへと情報が渡ってしまったということ。
その結果、里の住民は襲撃に対応できず蹂躙され、まだ物心ついて間もないくらいのるんるんと幼少期のアルを、るんるんの親は狼に預けたということ。
狼とフェンリルは昔から一緒に暮らしてはいたが、今のようにフェンリル一匹をリーダーとする形式ではなく、里の長以外は全員平等だったという。
少しでも追っ手を散らすために子供たちをばらばらに里から逃がした結果、今のような一匹のフェンリル、その手下に狼がいるというスタイルになったらしい。
「そういや、アルは狼連れてないよな……。狼と一緒に行動してるとは言ってたけど」
「みんな死んじゃったからね、ニンは上手く逃げきれたみたいだけど、私は追っ手に追いつかれたから」
突っ込んではいけない部分に足を踏み入れてしまった、ただでさえ一般人が踏み入れていい領域ではないのにさらに奥に踏み入れよう、いや踏み入れてしまった。
「ご、ごめん。考えなしに言っちまった……」
「大丈夫、もう過去は過去って割り切ってるから」
そう発言してる割には沈んだ顔をしている。
俺がどうにかしようと口を開こうとしたが、アルがそれを遮って声をあげた。
「でもよかった、ニンがこうして元気にしている姿が見れて、妹が生きてるってわかって本当によかった。ありがとう、本当にありがとう……ミズキさん」
「あえ、なんで名前……」
「そんなもの、頭の中覗けば一瞬だから」
るんるんより年齢が上なこともあってか、かなりゾッとする発言であった。
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