おでかけ

 朝食も無事終え、食器も片付け、ひと段落した俺は勢いよくソファーに腰を下ろした。


「暇なやつ今から喫茶店まで行かねぇ?」


 特に理由はないのだが、家の中にいても暇なだけだし、たまには誰か連れてお散歩にでも行きたいしなぁ。

 それに、あの看板娘にもこいつらのこと紹介しときたいし。

 勿論耳とか角は帽子で隠すけどな。


 というわけで、俺は周りをキョロキョロと見回したのだが、ルナは赤らめた表情でそっぽを向き、リコルノとるんるんは特に興味なし、キュリアはモフと遊んでいたためか気づいていない様子だった。


 この反応だと、ルナを連れて行くのはやめておいた方がいいな。あれはその……、嫉妬というやつなのかもしれない、あの看板娘に対しての。


「なあ、るんるん」


「なんだよめんどくせぇなぁ」


 あからさまに嫌そうな顔をしながら俺を見上げたるんるんは、ソファから立ち上がるとそのまま自室へと戻って行った。

 そして、上着を羽織った状態でリビングの方へと戻ってくると、自然な手つきでキュリアにも上着を着せたのだった。


「どうせきゅーも連れてくんだろ、急にご主人様がいなくなると泣きそうな顔になるぜ? こいつ」


「ん? にぃとるん、おでかけするの?」


 ぽかんとした表情のままそう尋ねたキュリアは、返事を聞くより早く「きゅーも行く!!!」と大急ぎで外へ飛び出して行った。

 俺は上着に手を通しながらそんなキュリアの様子を見守る。


 キュリアが外に出て行くのと同時に、狼のモフとチビも外に飛び出していたらしい。キュリアはモフとチビによって行く手を阻まれていた。

 そしていつのまにかプロレスごっこにまで発展してしまっている。


「元気なのはいいことだけど、あれだけ動き回られると目が離せないんだよなぁ」


「家の中じゃモフちゃんとチビちゃんが様子を見ててくれるから多少は安心なんですけど……」


 隣でキュリアの様子を見ていたルナも同じことを思っていたのか、うんうんと頷きながら相槌をうってきた。


「そんなにキューちゃんが心配ならルナもついてくるかぁ?」


 悪戯じみた笑みを浮かべながら、ルナをおちょくると、ルナは顔を真っ赤にしてぷいっと顔を背ける。


「ミズキさんの……バカ」


 ギリギリ俺に聞こえるくらいの声の大きさでそう言うと、ルナはリコルノのいるところまで戻って行った。

 そんなルナの様子を眺めていると、横からなにやら脇腹をツンツンとつつかれた。


「そんな意地が悪いことしてないで、さっさといこーぜ」


「ん、あぁ、悪りぃ悪りぃ」


 るんるんは呆れた表情のまま俺を引っ張ると、そのまま外へ連れ出し、キュリアにもこっちへ来るよう呼びかけた。

 なんだろう、最近この家の中でるんるんが一番しっかりしているような気がするんだけど……。


 俺がそんなことを考えている間に、キュリアとるんるんは庭から道路へ出ていた。

 慌てて俺も出るが、飛び出したら危険だとキュリアに注意され、ゆっくりと道路へ出た。


 まさか、キュリアに注意される日が来るなんて……、今の出来事は恥ずかしくてルナには言えない。


「心配しなくても、オレがちゃんとルナに伝えといてやるぜ」


「余計なことしなくてよろしい!!」


 るんるんめ……、見てはいけないものを見てしまったようだな。こうなったら俺もいつかるんるんの弱みを握らなければ……。


「そう簡単に俺が隙を見せると思ったら大間違いだぜ?」


「あんまり俺の頭の中覗くのやめてくんない……?」


「いいじゃねーか、ケチ」


 もう考えない、もうつっこまないからな。これじゃ無限ループだ。

 

 俺は、顔を横にブンブンと振りながら何も考えないように心がける。

 だが、そう簡単に考えを無にすることなどできるはずがなく、るんるんから盛大に笑われた。

 

 すると、ふと疑問に思ったことがあるのか、キュリアが「むむむ……」と声を上げながら悩みだした。


「うむむ……、にぃ、きっさてん? っておいしいの?」


「いや、喫茶店は食べ物じゃねーからな。でもまあ……、美味しい……ちょっと待て、なんか矛盾してる」


「喫茶店ってのはその場所のことで、そこで軽食や飲み物が出されんだよ」


 るんるんがヤレヤレといった感じでそう説明すると、キュリアは納得したように「おぉー!」と目を輝かせていた。


 どうしてるんるんが喫茶店のことを知っていたのかが疑問に思うところだが、まあ大方ルナあたりに聞いたんだろう。るんるんは意外と知りたがりな部分ある

し。


 それからキュリアは喫茶店がやたら楽しみに思えてきたのか、笑顔で「きっさてんー! きっさてんー!」とリズムよく声に出しながらスキップを始めていた。

 まるで遊園地に行くような気分ではしゃいでいるキュリアを見ていると、不思議と俺のほうまで笑顔にさせられる。そこまで楽しいところではないんだけど……。


「……ご主人様ってさ」


 何か思ったことがあるのか、るんるんが不意に口を開く。


「なんかよくわからねぇ単語いっぱい知ってるよな」


「え、あぁ……、まあ多少、るんるんよりかは知ってるかもな」


 この時、るんるんの物知りな理由が少しわかった気がした。

 恐らく、俺の考えてることを勝手に読み取ったりしていたのだろう……、なんて恐ろしい能力だ。


「くっ……、気づくのがもう少し早かったらなぁ……」


「いやぁ、気づくのが遅すぎるぜご主人様」


 るんるんは勝ち誇った顔で俺の前を歩いた。

 凄く、堂々とした態度でだ。とても嬉しいのだろう、感情が高ぶっているためか俺にまでるんるんの気持ちが伝わってくる。


「なあきゅーちゃん、今るんが考えてること、教えてやろうか」


「うん! 教えて教えてー!」


「うわぁぁ! やめろぉぉぉ!」


 因みに、るんるんは「今日帰ったら、してやったりってことでご主人様に絵本を読ませてやる……、楽しみだぜ……!」と考えてた。

 まあ、3人の中じゃ一番歳上でもまだ子供だしなぁ、甘えたいときもあるんだろうな。うん、可愛いからよし!


 一瞬るんるんから冷めた目線が送られた気がしたが、俺はそれを気にせずに道を進んだ。

 毎回気にしてたらきりがない。何もなかった、そう、何も考えてなかった。


 そんなこんなで暫く歩いていると、だんだんと目の前に以前来た喫茶店が近づいてきた。

 近づくにつれて、キュリアの鼻息を荒くなってくる。

 いや、そこまで興奮しなくてよろしい。


 俺はキュリアに苦笑しながらも、喫茶店の入り口に立ち、ドアノブに手をかけた。


 そして、ゆっくりと扉を開け中へ入ると、以前いた看板娘が俺が入って来るのに気づいて――


「え……、ニン、どうして……」


 カシャーンと、喫茶店内に大きな音が響きわたる。

 運んでいたティーカップを落とした看板娘は、そのまま近くのテーブルに体重を預け、両手で涙を隠した。

 そのまま倒れるように座り込む彼女の目線は、明らかに俺らの方を向いていた。


 側にいる2人は何事かと驚いているようでとくに変わった様子はない。

 だが、俺は彼女にある特徴があることに気づいた。


「耳が……、一緒って……まさか……な」

 

 信じがたいことに、彼女には狼の耳があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る