兄
街の大勢の人たちが騒ぎ、その場を行ったり来たりしている。
そこに武装した人間がいないことから、事が去ったあとなのか、それともタチの悪いギルドたちは元から居なかったのか。
周りの人をかき分け、その中央へと足を運んでいく。
大きな竜巻のような砂埃から、中央の様子はよく見えない。だが、近づくにつれて、そこに大きなシルエットが浮かんでいることに気づいた。
「キューちゃん……?」
返事はない。
だが、あれは竜だ。
いや、キュリアよりも一回り大きい。あれは、キュリアではない。
なら、あれは……なんだ??
気づくと、砂埃は見えなくなっていた。
目の前には、刃物のような傷が所々にある小さな子供が3人。そして、敵意のある目で俺を見下ろしているドラゴンが1匹。
一歩近づくだけで、それだけで消しとばされるのではないか。ドラゴンの眼は、俺の姿を捉えたまま一向に動こうとしなかった。
「ッ!! キューちゃんッ……リコ、るん!」
首を横に大きく振り、ドラゴンの威圧から意識を逸らす。
我に返った俺は、キュリアたちの悲惨な状態に顔を青ざめた。幸い、致命傷になるような怪我は負っていないようだ。
安堵しつつも、それでも3人が襲われてしまった現状に、俺は、自分の不甲斐なさを呪った。
「お前……だな」
ふと、ドラゴンの口から、見た目とは裏腹に落ち着いた声が、俺の耳に聞こえた。
まだ敵意は解かれていない。かといって攻撃してくる様子でもない。
「人間と和解することはできると、ふざけた戯言を言い、里を出ていった妹だ。こうなることはわかっていた。……それを手助けしようとする阿保がいることは計算外だったがな」
「妹ってのは、この女の子のことだよな」
キュリアを指差して、ドラゴンに顔を向ける。この傷跡、そしてドラゴンの言い分からすると、このドラゴンの仕業による怪我ではないようだ。
やはり、警戒されてたギルドによるもの……。
「そうだ。何度言ってもわからない妹だったからな。一度思い知ったほうが事が早いだろう」
「キューちゃんの意志がこれくらいで折れるかよ」
キュリアは、本気で人と和解することを望んでた。それに、人同士で対立することも拒んでた。
自分よりも他人のことを考え、他人の幸せを願うキュリアが、こんなことで折れるはずがない。
こうなったのは俺の責任だ。だけど、キュリアの意志が馬鹿にされているのに黙っていることなんて、できない。
「キューちゃんたちを助けてくれたのは感謝する。だけど、キューちゃんたちを馬鹿にするのは、絶対に許さねー」
「どうせ口だけだろうに。人が龍を相手に何ができると?」
ドラゴンの口から焔が漏れる。
これは、一瞬で命を持っていかれる。身体のあらゆる部分が、俺に命の危険を訴えかけているみたいだ。
だが、俺はそれに抗うかのように、一歩前へ、脚を出した。
「許さないって言ったら許さねーんだよ。キューちゃんの兄貴のくせに、何もわかってねぇ。そんなんで偉そうにキューちゃんのこと喋りやがって……、俺のほうが何倍も何十倍もキューちゃんのことわかってるっての!」
オーガスの仮説は……当たってた。少なくともキュリアの里はある。
だけど、前言撤回だ。
こんな妹のこと何もわかっていないダメ兄貴の元にキュリアを返すなんてこと、死んでもごめんだ。
全部、俺の勝手だ。そんなことわかってる。
けど、家出したってことはキュリアだって望んでいないだろ。
俺は、キュリアの意思を第一に尊重する。
「人と龍との交友は断じて許される行為ではない。……里の決まりだ。そして、里を出ていった者に対し、索敵は行わない。これも、里の決まりだ」
「それって……」
気づけば敵意は無くなっていた。
俺の方へ目線は向けているが、ドラゴンから殺気は感じられない。
「産まれた時から一緒だった妹の性格など、とうの昔に知っている。これくらいで折れるはずがないこともな。……だが、心配だった。何せ、大切な妹だ。見捨てることなどできるか……」
ドラゴンは、里と妹を天秤にかけられ、長い間それと戦ってきていたのだ。
最後に妹を選んだドラゴンは、紛れもなく、誰から見ても妹想いの兄貴だ。俺を試していたとはいえ、ダメ兄貴だと思ってしまったのは撤回しないといけない。
俺は、そんな兄の前で、妹であるキュリアを危険に晒していたのか。
急に、先程まで感じていなかった罪悪感が俺の胸を締め付ける。
「そうか。それなのに、俺は……、俺はキューちゃんを……」
「お前が妹を大切にしてくれていることはよくわかった。お前になら、妹を任せられる」
俺が罪悪感に溺れていることに気づいたのか、ドラゴンは俺の目の前に顔を近づけ、はっきりとした口調でそう言った。
そして、俺が落ち着いてきたところで、言葉を続ける。
「……ただ、人間と自分らのような存在との認識を、もう一度考え直してくれ。妹は和解できると願ってはいるが、難しい問題だ。自分たちのことをわかっているお前だけが、頼りだ」
言い終わるとともに、翼を大きく動かし、その大きな体を宙へ浮かび上がらせる。
まるで台風のような強風に、全力で堪えていると、いつのまにかドラゴンは空高くの上空へと舞い上がっていた。
「あぁ、でも、次はもうないからな」
最後に、俺の脳内に直接響くかのように、言葉が残されていく。
これがテレパシーというものなのか。初めての体験に少し心踊りつつも、責任感によるプレッシャーに、俺はメンタルが押しつぶされそうになった。
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