真実は

 俺も一歩前に進むなければならないときが、少しずつ近づいてきた……そう感じるようになった。

 今まで避けていたことと向かい合わなければならない日がきたんだと思う。


 他人の過去に触れるのも、トラウマに立ち向かうのも気がひける。だが、どれも前に進むには必要なこと。

 そして、キュリアたちに対しても必要なことだ。

 

「俺、キューちゃんたちのとこ行ってくる」


 向かい合う……そう決心した俺は、返事を聞くより早くオーガスに背を向けた。

 本を読んでも、オーガスに聞いても、結局のところキュリアたちに関する本当のことは何もわからない。

 後ろから「行ってこい」とオーガスの声が聞こえた。俺はその声に応じるように大きく頷く。


 入り口まで近づいた俺は、扉を開け、外の眩しさを全身で受け止める。

 

 キュリアたちとの関係が今後どうなるのか、今日それが決まる。どのような形であろうと、決まったものは受け止めなければならない。


「竜の……王様……」


 以前、キュリアが言っていた言葉が脳内をちらつく。


 俺の予感が正しければ……キュリアは……。


 ……いや、だがそれはあくまで可能性だ。

 考えすぎていた頭を落ち着かせるように、俺は大きく頭を振る。

 

 街角を勢いよく曲がり、不意に目の前に現れた女性とぶつかりそうになる。なんとかそれを避けた俺は、通りざまに謝りながら再び脚を早めた。

 

「おい、るん……、聞こえてるなら返事をしてくれっ!」


 るんるんに居場所を聴くため、脳内に意識を集中させるも、るんるんからの返事が一切ない。


 るんるんに聞いたことだが、るんるんの脳内ネットワークはるんるんが相手の思考を読み取ることによつて成り立っているらしい。

 要するに、狼たちはとくにテレパシーを送るような能力を持っていない。るんるんが相手の意識に入り込むことによって成り立つ業なのである。

 因みに、匂いを完全に覚えた相手でないと、遠距離での意識介入は不可能だとるんるんは言っていた。


 俺の匂いは完全に覚えたって言っていたはず、何度か試したことだってある。まさか、るんるんが意識介入できないような状態であるとか……、いや、それは考えすぎだ。考えすぎなはずだ。


 キュリアたちがいくら獣から変化した人の姿だと言っても、見た目は普通の人間だ。簡単にバレるはずがない。


「初めてあいつらだけで外に出した。それで悪い方に考えすぎてるだけ、そうに決まってる」


 そう自分に言い聞かせるも、心の奥底にある不安が消え去ることはなかった。

 少しでも情報を掴もうと、俺は近くにいた商人のような格好をしている男性に声をかける。


「なんだあんた? やけに焦った顔してるみたいだが……」


「いや、これはその……。近くで小さい子供3人、見なかったか?」


「子供? 子供は見てないが……。あぁでも、最近悪質なギルドが彷徨いているという噂は聞いたな、子供を探してるだとかなんとか。子供だけの外出は控えておいた方がいい」


「なんてフラグだよそれ……」


 もう出かけてんだっての。それ今言っても遅いし、嫌な予感しかしねぇ。

 悪質ギルドっていうのは、その名の通り、子供を誘拐して奴隷市場に売り付けるのは勿論、犯罪行為を中心に動いている……国からも指名手配されている連中だ。


 見た目は一般人とさほど変わらなく、個人情報まで偽造のためか、知らない間に内部へ侵入されている件が稀に発生している。


 キュリアやるんるんたちのことはオーガス意外には口出ししていない、だが、街の人に姿を見られたことはある。ギルドの狙いがキュリアたちだとすれば……、依頼者はこの街の住人だ。

 

 ここが異世界だからか、ケモミミをしている奴らだって普通に存在していると、勝手に過信していたのが馬鹿だった。

 今までにキュリアたち以外に獣のような姿を一部持っている人に会ったことがあっただろうか。


「でもよ……いや、そんなのって」


 ルナやオーガスはキュリアたちと普通に接していた。とくに何かを気にしている様子もなかった。


 だけど、全員が善人……なわけ、ない。


 獣のような姿を持った人が当たり前でないなら、それを良く思わない人だっている。


 でも、そんなの、信じたくない。

 

「くそがぁッ!」


 認めたくない気持ちとどうしようもない事実が混じり合い、そこから生まれた怒りが俺を苦しめる。

 行き所のない怒りが、俺の拳を地面へと叩きつけた。


「兎に角、キューちゃんの居場所を見つけることが……最優先だよな」


 叩きつけた拳を強く握りなおし、地面を蹴る。


 キュリアたちは俺が守る。そう決めたから。リコルノを預かったあの日から、俺は、そう決めたから。


 近くで、慌てたように羽ばたいている小鳥がいる。

 道を示すように前を飛ぶその小鳥の後を、俺は必死に追いかけた。

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