魔物使い

 ――朝がきた。


 家を買ったついでに家具なども用意してもらったおかげで、俺は気持ちよく久しぶりのベッドで目を覚ますことができた。


 正直ここから一歩も出たくない。このふわふわした感覚から離れたくない。

 でもまあ、2人とも多分起きてるだろうし起きないわけにもいかない……か。


 俺は嫌々ながらもベッドという強敵に打ち勝ち、閉まっていたカーテンを勢いよく開けた。

 同時に太陽の光が差し込み、部屋の中を眩しい光が照らした。


「今日はいい1日になるといいなぁ」


 半分諦めてる言葉である。この能力と、家にルナがいることを考えればほとんどそれは不可能に近いからだ。

 それと……今日は自分の能力をフルに活用してみようと思ってるからな。自分自身がそんなこと考えてる以上、いい1日になるわけがない。


「というわけでおはよう2人とも!」


「あ、にぃ!」


「お、おはようございますっ」


 朝から飛びついてくるキュリアはどうやら朝から本調子、とても元気なようだ。

 で、やること全部大胆だが挙動不審なルナも朝から平常運転か。

 俺は未だに抱きついたままのキュリアの頭にポンポンと優しく触れると、キュリアの着ている服が変わっていることに気づき、ルナの方へ目線を向けた。


「そ、それはですね。ミズキさんが家を探しているときに一緒に探してたんです。ミズキさんも大変そうだったので代わりに一緒に選んでたのですが……」


「あー、俺も買わないといけないのはわかってたけどよ……、女の子の服ってわかんねーし家買うので精一杯だったから……まあ、その、助かった」


 キュリアの着ている服にもう一度目線を向ける。

 キュリアの赤い髪と同系色のそのワンピースは、ふんわりとしていてキュリアの幼さがいつもより目立っているように見えた。

 後ろの髪を残しながらも両サイドに小さなツインテールを作っている今の髪型も似合っていてとても可愛らしい。おそらく俺が起きる前にルナが結ってあげたのだろう。


 あ、因みにだけど今は俺もちゃんと服着てるからな。

 まあ、着てるといってもキュリアとは逆に寒色な俺の服だと、あまりいいイメージは出来そうにないが。

 家を買ったときはまだ上半身裸だった。風呂に入る前に「あ……」と声に出して気づいたってわけだ。

 もちろん急いで買いに行ったさ。

 そんときは自分のことだけしか考えてなかったから、キュリアのことは完全に忘れてた……。結果としてはよかったんだろうけど。

 因みに、それまでの街の人からの目線は考えないようにしてるから絶対そこには触れるなよ。


「にぃ……きゅー似合ってるかな」


 ふと、真下から声が聞こえてくる。そしてそれに気づいた俺は、キュリアの目線に合わせるように腰を下げて応じた。


「あぁ、似合ってる似合ってる」


 俺がそのまま結ってもらっている髪を崩さないように軽く撫でてあげると、キュリアは満足げにくるりと一回転してその場から離れた。

 そして、一度フフンとドヤ顔を俺に向けると、その目線が俺の上半身に向いていることに気づいた。

 なんだこの小娘……俺の服は似合ってないとでも言いたいのか。

 言われなくてもそれくらいわかってる。だからその目線はやめてくれ!


 俺はフンッと不機嫌そうにキュリアから顔を背けると、その場から立ち上がった。そして態度を崩さぬまま近くにあった金貨が入っている小袋を手に取る。


 今日は俺の能力をフルに使うって言ってたが、あれは人間に対して使いたいわけではない。

 まあ、常時発動してるからターゲットを絞ることなど俺にはできないがな。

 今日は、昨日家を探している最中に気になった店に立ち寄ろうかと考えている。

 あまり雰囲気的にはよくない……印象の悪い見た目だったけど、俺の能力を試すにはうってつけの場所だと判断したからだ。


「今日の俺の働きで、俺が最強冒険者になるか最弱冒険者になるか決まっちまうからな。やってやりますとも」


 そうして留守をキュリアとルナに任せた俺は、鉄格子の柵が大量に並んでいる……いかにも近寄りがたい雰囲気の建物の前までやってきた。


 中には髭面ハゲ頭の筋肉ダルマ……。絶対何人か人殺ってるだろ、と思わせる見た目の中年男性が、鉄格子を繋ぎ合わせて作った椅子のような物の上に座っていた。

 

「なんだぁテメェ。見たことねぇ面だな……ここがどこだかわかってんのか餓鬼」


「叔父さんがテイマーっての……やってんの? 上の看板に魔物売り専門店だとか書いてあんだけど」


 看板の下には小さな文字で「店長が直接テイムした魔物なので非合法で仕入れてはおりません」と書かれている。

 中にはこのおじさん以外誰もいないし、おそらくこの叔父さんが店長なのだろう。


「あぁ、俺がテイマーだ。言っておくがテメェの金で買えるもんなんざ1匹もいねぇぞ」


「マジかよ。魔物ってそんなに値段すんのかよ……。まあ、他にも用事があったから来たんだけど、ちょっといいか叔父さん」


「なんで俺がテメェみたいな餓鬼の相談相手なんかしなきゃならねーんだ。商売の邪魔だ、さっさと失せろ」


 だがそう言われて簡単に帰ってやるほど俺も物分かりのいいやつではない。

 テイマーで魔物を扱ってるとなりゃ、この叔父さんはかなり魔物について詳しいはずだ。ということは魔物のオスメスについても詳しいはずだろ?

 俺の能力は雌にしか発動しないからな……、雄と会ってしまったときはそれで詰みだ。お陀仏だ。

 だから、この叔父さんからできるだけたくさん学ぼうとこの建物までやってきたってわけ。

 ここでのチャンスを無駄にはできない。

 

「んじゃあ、そうだな……。ちょっと見ててくれよ」


 俺は髭面のおじさんの横を通り、檻の近くへと近づいていった。中には2つの頭を持つ大きな大蛇が、暗闇で不気味に光る四つの眼で俺を警戒している。


「おい、そいつに近づくんじゃねぇぞ。そいつはまだ俺の言うことしかきかねぇ、下手に手を出したら食いちぎられるぞ」


 その可能性は多分二分の一だ。

 こいつが雄だった場合、俺の身体はおじさんの言う通り声を出す間も無く食いちぎられるだろうけど、雌だった場合おそらくこいつは俺に何の危害も加えない。

 これほど俺を苦しめた能力だ、蛇でも雌だったら効果はあるだろ。


 俺は店主の制止を無視して大蛇のもとへ近づいて行く。

 そして、檻の目の前まで立ったとき、俺は大蛇の目の前に自分の右手を差し出した。

 数秒間の沈黙……、誰もが動こうとしない中、大蛇の口に手を触れた俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 もう大丈夫だと確信した俺はひょいと右手を檻の中から引っ張りだした。


「なあ、おじさん、こいつ……雌だろ?」


 そして、そのまま後ろに振り返った俺はそう口に出すのだった。

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