服と俺と喫茶店
「そ、そういえば私、皆さんの服をまとめて買ってきたんです! 褒めてくれてもいいんですよ?」
ある日、クローゼットの中をドンと見せつけて、ルナはそう言った。
女物の服が大量にかけられている。いつキュリアやるんるんのサイズを寸法したのかは知らないが、子供たちのぶんの服もあった。
服を買ってきたのはいい。
それはいいのだが……。
「こんなに買って、いくら使ったんだよ」
「ざっと、これくらいですね」
「そうかそうか、金貨が1枚、2枚、3枚……」
ルナが財布がわりに持って行った袋の中から金貨を一枚ずつ取り出す。途中で目が痛くなり、俺は「もういい」とその手をそっと制した。
まあ、依頼はちゃんとこなせてるわけだし? お金がないわけじゃないし? そこまで気にしてねーよ、そこまでは……。
でも、このままじゃ気づいたら金がないという事態に陥りかねない。
次からお金の管理は俺がしないとな、お金大事だしな。
「にぃ、見て! きゅーの服ぶかぶか〜!」
「おう……、全然大きさあってねーな」
不意に後ろからかけられた声に振り返る。そして、キュリアの着ている服を眺め、どう考えてもキュリアの服ではないことはわかった。
俺の胴体と、キュリアが着ている服の大きさを照らし合わせる。
すると、見事に俺の胴体と大きさが一致した。
「うん、俺のだなそれ。キューちゃんのじゃない」
「ぶかぶかー! ぶかぶかー!」
俺の声が聞こえてるのか聞こえてないのか……。兎に角、キュリアは俺のことなど気にせずにその場でくるくると身体を回転させていた。
一瞬どうしようかと考えたが、楽しそうだしこのままにしておこうという結論に至り、俺は苦笑しながらキュリアのくるくるを見守った。
「幼女に自分の服着せて、くるくるさせるなんて、変態すぎて直視できねーんだけど」
「いやまて、何か誤解してるから。俺が着せたわけじゃないし、くるくるさせてもないから!」
遠くで壁に隠れ、汚物を見る目で睨んでいるるんるんに向かってそう反論する。
が、それだけで誤解を解くなど不可能なようだ。先程から頭の中に『変態』という文字がるんるんから送られ続けている。
「頼むからやめてくれ! 頭の中でも変態変態言い続けるのやめてくれ! 頭がおかしくなりそうだ……」
「じゃあ自分が変態だってことを認めるんだな」
「嫌だね、断る」
直後、再び変態コール。頭が変態で埋め尽くされる前に俺はその場から逃げ出した。
ルナが苦笑いしながら俺を見てるのが辛い。
因みにキュリアは、俺が去っていく中ずっとくるくると回っていた。
キュリアとるんるん、ルナの元から離れ数分後、だいぶ気持ちが落ち着いてきた……、頭の中から変態という単語が消えたところで、俺は深くため息を吐いた。
現在地は、自分の家から離れ、商店街の端の方にある喫茶店のような店。
酒場はギルドの中やその近くにいくつかあったから嫌でも縁があったが、喫茶店に入るのは久しぶりだ。
「おまけに美味いし、適当に選んだから何なのかよくわからんけど」
気づけばカップの中は空になり、俺は急いで飲みすぎたことにちょっとばかり後悔した。
ここがもし酒場だったんなら今頃何者かに絡まれてたんだろうけど、ここはあの喫茶店、ゆっくりと一人の時間を過ごせるのだ。一言でいうと、最高。
「なんか幸せそうな顔しとるけどさ、そんなにここ気に入ったん? 気に入ったんなら私も嬉しいけど」
「え、へ? どぅわぁ!?」
いや誰ですか!?
……という一番の疑問より先に、目の前の人が女性ということに一番驚いた。
一瞬意識が吹っ飛びそうになったが、なんとか堪える。
今までだったら気絶してたくらいの衝撃だが、これぞルナたちと暮らしてきた俺の成果、何とか耐えきったぜ。
「そんなに驚かんでもいいやん。目の前にいきなりおったのは悪かったかもしれんけど」
目の前の女の子は、不機嫌そうな顔をしながら頬杖をつく。
見知らぬ女の子が目の前にいたら、しかも話しかけてきたら驚くに決まってんだろ。なんでそんなに不機嫌そうな顔をするのか……。
見た感じ、髪の毛は黒く、肌は色白いが若干日本人よりの色をしている。髪型は、前髪の片側だけ三つ編みにしてあり、後ろ髪はナチュラルなカーブを描きながら肩まで伸びていた。
なんだか、日本にいても日本人と間違われそうな外見、一言で表すとザ・日本人! な外見をしている。
まだ触れていない部分があるがこれ以上は無理だ、これ以上彼女を見てたら意識が飛んでいってしまう。
「で、こんな街の端っこの喫茶店まで何しにきたん?」
「何しにって……、一人の時間がほしかったから……かな」
女の子は頬杖をついたまま「ふーん」と口に出すと、俺の方を半開きの目で見つめる。
ルナ以外と喋ってるってだけで心臓バクバクなのに、見つめてくるとか冗談抜きでやめてほしい。
というか、一人でゆっくりしたかっただけなのにどうして女の子と喋ってんだ俺。どうせまたあの忌々しい加護のおかげなんだろうけど、全く嬉しくない。
「いやー、でもさ、この時間帯客がこんけん暇なんよねー。こういう時こそ看板娘の出番なんやろうけど、めんどくさい」
「看板娘だったのか。暇そうにしてた理由はそれか」
突如、彼女からの怒りの熱気が俺の頬をかする。
何か地雷を踏んだのだろうか、不発だから良かったものの、これが爆発してたら死んでた気がする。
「んー? どげんした?」
「いや、なんでもないです」
冷や汗が俺の額からながれ、頬を伝う。
この時俺はすぐにでも帰ろう、いや今すぐ帰ろう、死ぬ前に帰ろうと本気で思った。
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