偽りの恋
「それで? 喫茶店の看板娘ちゃんと仲良くなって帰ってきた……というわけですか」
ルナたちと一緒に暮らしてきて、だいぶトラウマを克服できてきたってことを伝えたはずだ。
だが、ルナは俺が帰ってきて看板娘と会った話をした途端、急に不機嫌になった。
「おいおい、なんで嫉妬してんだよ。俺がトラウマ克服しようとしてんだから、応援してくれたっていいじゃん」
「み、ミズキさんのことを応援してないわけじゃないですっ……! けど、内心複雑というか……」
ルナは俺から目を逸らしながら、口をモゴモゴと動かす。
どうやら俺を取られたくないという気持ちと応援したい気持ちが対立してる……そんな状況なんだろうな。まあ、俺がルナのものになった覚えなんてねぇけど。
未だにモジモジと身体を動かしているルナに対し、俺は「はぁ……」と声に出してため息を吐く。
そんな俺の動作を見て、ルナは動きを止めた。
俺はルナの顔に目線を向けないまま、口を開く。
「ルナってさ……こんな俺のどこが好きなんだよ」
こうなったら、もう単刀直入に言うしかない。
ここまで言って、俺はルナと目線を合わせた。
ルナの顔は、これ以上ないくらいに真っ赤に染まっている。よく見ると耳元まで真っ赤だ。
「ど、どこって……、きゅ、急にどうしたんですか?」
「ルナが俺のこと好きなことくらいわかるっての。鈍感主人公じゃあるまいし」
そのあとに「でもよ」と付け加え、俺は表情を固くする。
「俺なんかよりいい男なんてたくさんいるだろ。俺みたいに女が苦手で、戦闘もできない男のどこに魅力があるんだよ」
これだけは伝えたかった。
俺が、ルナのことを大切に思ってるからこそ伝えたかった。
ルナの想いは偽りだ。俺が加護を持っているから、それに騙されてついてきただけの可哀想な女の子。
騙されたまま俺を想い続けるなんて、あんまりだ。そんなことなら俺の方から気づかせてあげた方がマシだと思った。
ルナは見た目も可愛いし、気弱だが、とても優しい。俺みたいな男よりも釣り合う男はほかにいるはずだ。
いつまでも俺に騙されてていい器ではない。
……少しの間、沈黙した空気が流れる。
ルナは、先程までの動揺をなくしているようだった。
「ミズキさんは……、私を救ってくれました。強さなんてどうでもいい……、同じ目線に立って考えてくれるミズキさんが好きでした」
不意に、俯いたままのルナが口を開く。
顔は真っ赤なままだ、俯いているから表情は見えない。
俺が見つめている間にも、ルナはどんどん後ずさりしていき、気づけばドアノブに手を伸ばしていた。
「優しいミズキさんが好きでした」
最後にそう言い放ち、ドアを勢いよく開いたルナはそのまま全速力で部屋の外へと出て行った。
ドアが開けっぱなしだったためか、ドタバタと駆けていく音が聞こえ、だんだんと小さくなっていく。
……もともと静かだった俺の部屋が、さらにガランとした空気に包まれたように感じた瞬間だった。
「でも、そのルナの今の気持ちも……」
頭髪を両手で鷲掴みし、暫くの間、その状態から動かずにいた。
加護だからその恋は嘘だと告げるのが優しさなのか、それとも告げずにいるのが優しさなのか……。
もう告げてしまった以上後戻りはできない。
だが、やはり後悔というものは俺の脳裏から離れようとしなかった。
「伝えたかったのは本当だ。俺はダメ男だから」
決して怖かったからじゃない、これ以上ルナと親しくなるのが怖かったからとか、そんな理由なわけない。
いや、そうだ。
心の底ではそう思ってたんだ。ルナと仲良くなるのが、女と最も親しい関係になるのが心底怖かった。
ルナを突き放した理由の半分はそれだ。
俺は弱いから、最終的には逃げ出す。
『その恋が偽りじゃなくても逃げるのかい?』
突如、頭に鳴り響く声、聞き覚えのある声だ。
声の主、加護の主である神様は、気づけば俺の真後ろに姿を現していた。
「偽りだってことは、加護の想像主である神様が一番わかってるだろ」
「過去に君以外に5人ほどこの世界に転生、転移させてきたが、君ほど面倒くさい人間は初めてだ」
神様はやれやれといった風に首を横に振ると、再び俺と目線を合わせた。
「そこまで気になるなら試してみるかい?」
「試すって何を」
「勿論、偽りの恋か、どうかをさ」
その直後、神様の人差し指に閃光が走る。
その光は俺の胸部に突き刺さり、神様は俺の体内から光る何かを抜き取った。
抜き取られたから死ぬとかはないだろうなと不審に思いながらも、その輝く光を目で追ってしまう。
その光は、暫くの間宙を漂っていたが、数秒後に神様の手の中へと消えていった。
「なにこれ、俺死んだりしないよな……?」
「ただ加護を抜き取っただけさ、返却するのは一週間後、それまでに彼女と話し合うなり確かめ合うなりすること」
神様は最後に「逃げるなよ」と付け加え、光の中へと姿を消していった。
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