魔物の群れ


「まあ、決心したからって実行するわけじゃないんだけどな」


 そう言った俺は、大きく欠伸をしながら、あまりの眩しさに腕で目を隠した。

 今日は晴天、雲は全くなし、最高な天候である。

 そして俺は今、キュリアとルナを連れて街の外にある草原へ脚を運んでいる。

 依頼の内容によると、盗賊はこの先にある小さな村の近くに隠れ家を作っているらしい。

 

「うぅ……それにしても遠いですね。まだ何も見えてこない……」


「まだちょっとしか歩いてねーだろ。無駄口叩いてる暇あったら脚動かせ」


「ぶぅー」


 俺は、目線を歩いている方向に向けたままそう言うと、近くで獣型の魔物が俺たちの様子を伺っていることに気づいた。

 とりあえずその場で脚を止め、キュリアとルナの脚も止めさせる。

 見た感じ肉食系で、群れで狩りを行なっているタイプだ。

 まだ遠くにいるせいでイマイチ姿を確認できないが、俺たちをターゲットにしていることは間違いないだろう。


「んーー、おおかみさん?」


 ふと、キュリアが口にした言葉に俺は耳を傾ける。キュリアの視力が人一倍高くて助かった。

 どうやら向こうにいるのは群れで行動する狼型の魔物のようだ。

 そして、その魔物ならオーガスから貰った本に詳しく書かれていたし、俺もその内容を覚えている。


「確かあの魔物は群れで行動して、狩りをするのは雌の役目だったっけな……。まるでライオンみたいだ」


 そしてそうならとても好都合、俺に命の危険がなくなったわけだし。加えて盗賊たちに対する新しい戦力を仲間にできる可能性だってある。


「つーわけで、やっと俺の出番だな。逃げてばっかのこの俺がやっと役に立つ瞬間を見せつける時がきたってわけだ」


「にぃ、がんばるの!?」


「ああ、任せとけ」


 俺はキュリアの頭に手を置くと、次の瞬間、2人を置いて群れの中に1人で突撃していった。

 肉食型の魔物の群れに飛び込むのはかなり度胸がいるが……、もう走り出しちまったんだから仕方ねえ、やってやる!


 そしてその数秒後。

 俺の身柄は狼たちによって確保されていた。まあ、捕食されているわけではない……、戯れつかれてるだけだが。

 しかしこの数だ。

 上にのしかかる狼を退かせるほどの力が俺にあるわけがない。非力な俺にはなすすべがなく、ただただされるがままにされていた。


「雌の中にリーダーとかいねーのかよ……。そしたらそいつに命令するだけでこの状況から脱出できるのに」


 一匹ずつ退いてくれとお願いしてもこの数だとキリがない。俺は何か特徴のある狼はいないかとなんとか周囲を見渡した。


 あの魔物について書かれている本によれば、リーダー格の狼はオスメス関係なく毛並みの色が段違いに黒くなるらしい。

 そしてそのリーダー格の狼型の魔物だけ個体名があり、フェンリルと呼ばれるらしい。

 因みに俺の周りにいる狼にはその特徴がなく、灰色っぽい毛並みの色をしている。フェンリルはこの場にいないのだろうか。


 いや、いるはずだ。そうでないと最初見た時のように群れがまとまるわけがない。


「にぃ、あれっ!」


 ふとキュリアの方から声が聞こえてくる。

 なんとかしてキュリアのいる方は振り向くと、キュリアが飛び跳ねながら一匹のオオカミを指差していることに気づいた。

 俺から一歩引いたところで狼の様子を見ている一匹の狼。他の狼と違い、まだ少し俺から警戒を解いていないその姿勢からして、只者ではないオーラが伝わってくる。

 おそらくこいつがこの群れのリーダー格……。


「あいつがフェンリルか……」


 ここから声が届くだろうか。俺の頼みが通じればおそらくいうことを聞いてくれるはず、警戒しているといっても仲間がこんな状態なんだ……、こいつも俺に敵対心は抱いてないだろ。

 だがフェンリルはやはり警戒して近づこうとしない。

 よく見てみると、俺に警戒しているのではなく、別の何かの様子を注意深く見ているように感じた。


「フェンリルの顔の方向といい、様子の伺い方からして……こりゃあキューちゃんに警戒してんなこいつ」


 キュリアがぴょんぴょん飛び跳ねるたびにいちいち反応してるとこから絶対にそうだろう。

 ……ということは、声さえ届けば俺のいうことを聞いてくれるかもしれない。

 俺は息を大きく吸うと、フェンリルの方へ向かって叫んだ。


「おぉぉぉぉぉい! そこの黒いの! スンマセンこいつらどうにかしてくれませんかぁ!」


 すると、フェンリルはその声が耳に入ったのか、俺が狼の群れに押し潰されていることに気づいたらしい。

 すぐに大きく一鳴きして、俺に戯れつく狼たちを一瞬で俺の身から離れさせた。


「すげー、こんなにも一瞬で離れるもんなんだな」


 正直もう少し時間がかかると思ってたんだが……、まさかここまで統率が取れてるとは思ってなかった。


 俺はそのままフェンリルのところまで歩いて行くと、「ありがとな」と一言呟く。そしてフェンリルの喉元に手を触れ、そのまま掴むようにして撫でた。

 いやまて、このモフモフ感は……、けしからん、けしからんぞ……!

 予想外の心地よさになでなでがエスカレートしそうになったところ、俺はなんとかそれに堪え、フェンリルから一歩距離をとった。

 いや、このまま近くにいたら一生モフモフしてしまいそうだし、これはあれだ。戦略的撤退ってやつだ。


「にぃっ、きゅーもなでなでしたいっ!」


「あぁ? なんだよ仕方ねーな」


そう言うと俺はキュリアの頭を鷲掴みしてそのまま雑に髪の毛をかき混ぜる。


「にぃ……やっ、違うの! きゅーもなでなで……」


 キュリアの言いたいことはわかるが、キュリアをフェンリルに近づかせるのは危険だ。

 まだフェンリルも警戒してるみたいだし、それでキュリアが怪我でもしたら大変だしな。

 俺は最後にキュリアの額を人差し指でピンと弾き飛ばす。そして「あうっ」と仰け反ったキュリアに対し「また今度な」と一言付け加えた。

 キュリアは納得いかない表情で俺を見つめていたが、頭を撫でてもらえたのが嬉しかったのか、しばらくすると俺の方へ体を寄せ、赤色の目立つ艶やかな髪を俺に差し出して来た。


「……なでなで」


「いつまでもここでジッとしてるわけにもいかねぇ……そろそろ行くぞ」


 俺はそう言うとキュリアの頭を撫で、再び歩き始めた。

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