気遣い

 現在俺ルナと睨めっこ中。テーブルを挟んでの睨めっこ中。いや、正確には俺はルナの顔の横側からチラリと見える窓から外の景色を眺め中。


 とりあえず1つ言えることは、とても気まずいということだ。

 それに部屋が1つしかない……そしてまたそれが狭いため、下手に動こうとするとお互いがぶつかりそうになる。

 以上のことから俺たちは不必要に動くことができないのだ。

 とりあえず、俺はもう疲れたし休みたいのだが、女1人を残して先に寝るとかそんなこと俺にはできない。

 一瞬俺のこと見直したと思っただろ?

 いやいや勿論俺の身の安全のために決まってんだろ。ルナという女子が一緒にいる以上、そんな危険な存在を野放しにしたまま寝つけるわけがない。

 せめて相手が寝るのを待ってからじゃないと……。


「すやすや……」


「いや、寝たふりなのバレバレだからな?」


 俺は「スヤスヤ」と声に出して顔を伏せるルナに対してそう言うと、テーブルのすぐ後ろにある壁にもたれかかった。

 眠るときに「スヤスヤ」とか声に出して寝る奴なんかいるわけねーだろ、寝たふりでも普通言わねーよ。

 

 因みに、ルナのすぐ後ろも壁があり、俺とルナとの距離はテーブル一個分……これだけでもこの部屋の狭さがわかるだろう。

 そう、俺たちが寝らずに座っている理由は布団を敷いて寝ることができないから。

 

 この真ん中にあるテーブルをどかせばなんとか2人分の布団を敷くことは可能かもしれないだろう。

 だがそんなギュウギュウな空間俺が耐えられるとでも思っているのか? 俺が許すとでも思ってるのか?

 それなら座って寝るほうがまだマシだ。

 いや、…野宿の方がまだマシかも。


「しかも料理が得意だっていうから少しは期待してたんだけどよ、まず台所がないじゃねーか」


「ご、ごめんなさいぃ……、そんなお金なくて……っですね。でも嘘ではないですからっ、お料理得意ですからっ!」


「いや別にそこは疑ってねーんだけどさ、つーか料理得意ならそっち方面頑張ればよかったのになんで冒険者なんだよ」


「そ、それは……」


 俺の質問に、ルナはモジモジと人差し指を交差しながら口を閉じる。

 何か言い辛いことでもあるのだろうか。

 

 俺は「言いたくないなら言わなくていいけどよ」と一言付け足すと、テーブルの上に両肘を置いて顔を埋めた。因みにまだ寝ようとか思っていないし警戒心も解いていない。


 …見たか小娘!これが、本当の寝たふりってやつだ!!


 するとルナは俺が本当に寝たかと思ったらしく、俺に続くように自分も顔を伏せて、静かな寝息をたてはじめた。

 ……どれだけ疲れていたんだろうか。いくらなんでも睡眠に入るまでの時間が早すぎる気がする。


「じゃ、俺は外にでも行くかな」


 もともとルナが寝たらこうするつもりだった。そりゃまあ相手が寝ようと俺の警戒が解けることはなかなかないからな。

 

 俺は寝ているルナを警戒しながらも布を被せてあげると、そのままバレないように外へ足を運んだ。

 結局野宿って形になってしまうけど、あんな精神削がれるような息苦しい場所で苦しみながら眠るよりは、外の広々空間で眠りにつくほうがずっといい。


 幸い、ルナの家の横側にちょっとした芝生スペースがあるし、そこに身を隠して寝れば何とか他の人に見つかることもないだろう。


 今までキャンプ以外で外で寝る……しかも地面に直接身体を預けて寝るなんてなかったけど、多分大丈夫だろう。今日はとても疲れているし。


 体を横にすると、自然と睡魔が俺を襲ってくる。

 とくに睡魔に抵抗しなかったためか、俺の意識はあっという間に睡魔に連れ去られていった。



 そして次の日の朝、俺は丸出しになっている身体を炙ろうとする太陽の光を全身で受け止めながら上体を起こそうとした。

 が、何か布のようなものに引っかかり、起きれずにまた倒れる。

 このままじゃ太陽に焼き焦がされるっていうのに……、それに俺は自分の腹に布を被せた覚えはない。だがその布の形に見覚えはある。なぜならそれは俺がルナにかけた布と全く同じだったからだ。

 寝ぼけていた俺は、一応それを確認するために布を手に持つとルナの家の中へそのまま入る。

 すると、そこには端へ移動させられたテーブルと同じく端で縮こまるルナの姿があった。

 もしかしたら、俺が戻ってきても寝れるようにスペースを空けてくれていたのだろうか。

 ……それにルナが布を持っていないのを見ると、やはり俺に被せてくれたのもルナなのだろう。


「お前から逃げるために外に出たってのに……、なんなんだよ……お前は」


 全部俺の都合、俺の自分勝手だってのに、ルナが俺に気を使うことなんて……。

 でも女が俺に気を使うわけなんて……。いや、女の人全員が姉貴みたいに乱暴なわけじゃないのもわかってる。わかってるけど。

 

「くそ……」


 でもそれでも怖い、怖いもんは怖い。克服したいとは思っていても、脳の裏にへばりついた恐怖というものはなかなかとれるものではない。


 俺は布をルナの上に落とすと、声もかけないまま街の中へ1人飛び出した。

 今はもう何も考えたくない。

 俺は街の中心部を走り抜けるとさらにその向こう側、街の外の方へ行こうと走り続けた。

 冒険者の証明書を作る時に聞いたのだが、街の外、東の入り口には巨大な森林が生い茂っているらしい。

 中には地龍などの凶暴な生物も潜んでいるようで、冒険者以外は出入りを禁止されているらしいが。


 そんなことを思い出していた俺だが、気づいたときにはもう東の門の入り口……その手前まで走りついていた。

 そして、何の躊躇もなく外へと脚を踏み出していく。今まで見たことないくらいの木が大量に生えている光景は、まるで自分が小人になっているように錯覚させた。


 この木たちはいったい何年ほど生きているのだろうか。

 とりあえず俺じゃ数えれないほどの年月を生きているのだけは間違いない。

 高くそびえる樹木たちを一通り眺めた俺は、気分をさらにリラックスさけるため、一度深く深呼吸するともう少し先まで見てみようと脚を進めるのであった。

 ……遠くから、とても大きな鋭い爬虫類型の眼がキラリと輝いていたことに気づく様子もなく。

 だがそんな気づかない俺とは逆に、その爬虫類型のシルエットは俺の姿を発見すると、肩から翼のようなものを広げ、勢いよく羽ばたかせた。

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