龍との遭遇

 ……一瞬だった。

 それは一瞬の出来事だった。俺のいる地面が大きな影で覆われ、目の前にそれが現れたのは。

 トカゲのような頭に角が生え、強靭な大きな鱗が身体中を覆っているその見た目は、空想上にしか存在しないと思っていた龍そのものだった。

 しかし、その大きさは思ったより小さく、影が大きいように見えたのは俺の見間違えだったらしい。見た感じ大きさは俺の約2倍程だろうか。

 龍って聞くと人間なんかあっという間に踏み潰せるくらい大きいもんだと思ってたんだけど、実際はそうでもないらしい。もしかしたらこいつが幼体なだけかもしれないけど。


「とりあえず、俺死んだな」


 こんな誰もいない森の中に急に出てきた龍と2人きりなんて、もう胃の中に飛び込む自分の姿しか想像できない。

 まあ、あの口の大きさじゃ丸呑みは出来なさそうだけど……、爬虫類だから蛇みたいに顎を外して飲み込むっていうのもありえる。まあどっちにしろ骨バッキバキだろうけど。


 俺は気合と力を脚に込める。まあ、どうせ無駄な抵抗だと思った。思ったけど、さすがに何もしないまま食べられるわけにもいかない!

 そんな理由で、俺は街の方へ体をくるりと回転させた。そして、龍から逃げるように猛ダッシュする。

 いや、そりゃあ俺だって食べられたくねーよ! 昨日からハプニング多すぎて逆に冷静になってたけど、俺まだ死にたくねーし!


「うおおぉぉぉぉぉ!」


 変な雄叫びをあげながら森の中を俺は突っ走っていく。

 50mほど走ったところで逃げ切れたかどうか後ろを振り返ってみたが、現実はそう甘くないようだ。

 俺の目線の先には、すぐ後ろをものすごいスピードで飛んできている龍の姿があった。


 俺が全力で走ったところであっという間に差は縮まっていき、龍はすぐにあと数センチというところまで迫ってきた。

 別にそこまで執着して俺を喰おうと思わないでいいだろ! 俺は美味しくないし、多分身体にも悪いはずだ。


 まあ、俺の心の中の叫びが龍に届くはずがなく、龍は涙目で走っていた俺の服の襟を軽く口で咥えると、ゆっくりと地面に着地した。


 そして次は走りながら、森の奥の方へと駆けていく。行き先はこいつの巣の中だろうか……。俺を住処に持ち込んでゆっくりとワインでも飲んで食事でもしたいのか。

 

「いやそんなの絶対にごめんだっての! 離せバカ! アホトカゲ!」


 俺は勢いに任せそう叫ぶと、それに驚いたのか、龍は急に立ち止まり俺を口から離す。

 急に龍から離された俺はそのまま地面に放り出され、そのまま地面に尻餅をついた。

 頭の中がついていかなかった俺は、少しの間ぼーっと空を見上げる。


 もしかしてここで喰べるつもりかと後ろに振り返った俺は、龍の様子に驚き、そこから動くことができなかった。

 もしかして、俺の言葉を理解できているのだろうか……。そう思うと、俺の言葉の後に急に立ち止まったのも少し頷ける。

 俺は龍の顔の方へ再び目線を向けると、今度は逃げることなく、龍の方へ自分から近寄っていた。


 なぜ自分から行ったのかって言われると自分でもよくわからない。自分でも可笑しいと思うが、こんな龍の様子を見たらそうせざるを得なかった。どうしても俺のせいなような気がして……うん、罪悪感で。

 そう、龍は泣いていたのだ。俺から罵られたのがショックだったのかどうかは龍語を話せない俺にはわからないが、他に泣いた理由が思いつかない。


 俺は恐怖でガクガクと震える脚を動かしながら龍の方へ近づいていく。いや、もしかしたら今考えたの全部俺の妄想だったりして。

 龍が泣くのもただの生理現象で、近づいたところをパクッとやられる可能性も0じゃないし。


「えと……その、ごめんな。今のはその、勢いで出た言葉っていうか……」


 俺は龍のすぐ側まで近寄ると、そう言って、その頭を優しく撫でた。因みに撫でている手は物凄く震えている。


 すると龍は俺の方へ頭を動かし、ゆっくりと頭を俺の頬に当てた。

 やっぱり食べられるのか……とふと思ったがどうやらそうではないらしい。

 頬に頭を当てた龍はそのまま頭をすり寄せ、「キュルル」と可愛らしい鳴き声をあげながら俺から離れようとしなかった。

 どうやら俺はこの龍に懐かれてしまったらしい。


 何がどういう理由で懐かれたかはわからないが、とりあえず助かったのだろう。

 俺はホッと安堵の息を漏らすと、震えのおさまった手で、再び龍の頭を優しく撫でる。

 恐怖が頭から離れた後に撫でた堅い鱗は、少し冷たく、ひんやりしていて気持ちがよかった。


「とりあえず、だいぶ時間も経ったし……もう一度街に戻ってみるか。ここで寝るのもちょっと危なさそうだしなー。新しいとこ探すよりかはそのほうが……」


 辺りを見渡すと日が暮れてきているようで、俺はうーん……と頭を悩ませた。

 というか、朝早くに出てきたのにもう夕方って、どんだけ逃げてたんだよ俺。


 それに、訳も分からず逃げてたせいで自分が何処にいるのかもわからない。

 龍に乗って空を飛べばって考えも一瞬頭をよぎったけど、こいつじゃ俺の体重を背負って飛ぶなんてこと……、とてもじゃないができそうにない。

 

「キュ?」


「いや、別にお前が心配することじゃねーよ。てか、名前ないと呼びづらいな……」


 首を傾げながら俺を見てくる龍に、俺はそう返すと、「うーん……」と声を出しながら胡座をかいて座る。

 名前とか今までつけたことねーから、どんな名前つけりゃいいかわかんねーけど、ないと不便だしなぁ……。

 こんなことになるんだったら一度くらいペット買っとくべきだった。

 俺は今までの人生を反省しながらも頭を回転させ、悩みながら龍の様子をジーッと見つめた。


「キューキュー鳴くからなぁ……キューのすけ?」


「キュー!」


 俺が言った名前が気に入らなかったのか、龍はそう言って尻尾で俺を叩き飛ばす。

 俺は「グフッ」と苦痛の声を漏らし、肺にくる衝撃に耐えながらなんとか地面に踏みとどまった。

 キューのすけ……なにが悪かったんだよ…。キューキュー鳴く癖に、『のすけ』ってついてたのが気に食わなかったのか……?

 俺は未だに痛む胸あたりを抑えながら、もう一度考え直す。

 キューキューキューキューと頭の中で鳴き声が鳴り響き、上手く名前が思いつかない。


「もう普通にキューちゃんでいいか…」


「きゅーっ!」


 今度は俺を尻尾で刎ね飛ばすことなく、満足げな鳴き声をしながら俺に頭を寄せてきた。

 

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