勇者を育てる裏方業~始まりのダンジョン~
まるめぐ
プロローグ
【ダンジョン】:冒険者が鍛練のため、或いは秘法を求めて足を踏み入れる魔物の巣窟。一万年以上前から存在すると言われるが正確な出現時期や成り立ちは定かではなく、今も学者たちの仮説の域を出ない世界でも謎に満ちた場所の一つ。世界各地に点在し、人類に発見されている物も含めたその総数は未だ定かではない。――冒険者ギルド辞典より一部抜粋。
世界の片隅で、巨大なダンジョンが一つ、跡形もなく消滅した。
内部の魔物も構成物も何もかも、そこに元々何も存在していなかったかのように塵芥さえ残さずに。
世界五大陸の中でも東の大陸と呼ばれるイーストウ大陸にあってその南部の半島の一つ、その半島の中心を占めていた件の巨大ダンジョンは、冒険者の攻略の手がほぼ入っていない未知の場所だった。
半島一帯を広大無辺な砂漠が囲み、ダンジョンの影響力なのかテレポート不可領域だったのもあり、まずは自らの足で過酷な砂漠を踏破しなければならない厳しい行程と、ダンジョンそれ自体のレベルが高難度のものだったせいで並の冒険者では太刀打ちできなかったのだ。
故に、情報は極めて少なく忽然と姿を消した原因調査は捗らない。過去にほとんど例を見ない現象の全容は未だ知れない。
ただ、現地の砂漠の民の証言によると、消えたのは蒼穹が沁みるように青かった、そんな日だったという。
とある王宮の奥の奥で一人の老人が憂いの溜息をついた。
王族のみに伝わる秘密の通路の向こう。
建国以来五百年は経っているカビ臭い石壁に囲まれた地下石室内は、冷え冷えとして空気も淀んでいる。
閉塞的な部屋の最奥で、眉まで白い白髪中背の老人――コーデル王国現国王はひっそりと佇み正面の壁を見上げていた。
彼の目は同情と悲哀に満ちている。
そこには、おぞましくも一体の古く黄ばんだ人骨が塗りこめられていた。
肉も皮も何もかにも腐り落ちて久しい白骨は、物言わない。
どこか物悲しげにぽっかり空いた二つの黒い
それはかつては快活に笑い人として国の頂点に君臨していた者だ。
コーデル王国初代国王――アーネスト・コーデル。
そのなれの果てが現国王の頭上にあった。
骨の状態から見るに、鋭利な何かで胴と頭部が分断されている。
半分壁に埋まった骨の左手には国王の紋章指輪が嵌められていて、握り込まれた指から外れないようになっている。或いは絶命時にせめてもの意地で外れないように握り込んだのかもしれないが、子細は遥か時代を隔てた今の者たちにはわからない。
ただ、彼をこうして葬ったという当時の人間たちの悪趣味さは窺えた。
「あなたがいなければ、この国はなかった。今も痩せた貧しい土地が広がっていたでしょう」
豊かな草原を思わせる緑の瞳を持つ老人は、敬意を滲ませて依然見上げている。
「だが、あなたがいたからこの国は最初から歪んでしまったのです……!」
憎むように、悔いるように、老王は声を震わせた。
「あなたの造り出した理想の形骸が、今この王都を脅かしているのです。既に我が娘はその犠牲となった。もう、限界なのです、コーデルダンジョンは。……散々あの方を利用してきた私が願うのもおこがましいでしょうが、どうか来世があるのなら、そちらで心安らかにお過ごされることを……――あの方と共に」
王家の始祖へと深々と
その下で開いた瞼の奥には、何かを決意した光があった。
その時、ジャラリ、ジャラリ、とどこかから微かに鎖の音が聞こえ老王はギクリとして正面の骸骨を見据えた。物言わぬ骸骨は先と寸分も変わってはいない。それはそうだ。ただの骸骨なのだから。
もしもそうでなければアンデッドを心配しなければならないが、ここにそのような魔物は立ち入れない。
「は、余も年老いたな」
幻聴、気のせい、そんな理由付けをして気を取り直して踵を返した国王は、燭台の火を全て消し、靴音さえ控えめにその暗闇を出ていった。
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