13 長引くクエスト

 下級ダンジョンの補充作業は翌日からいつも通りカレンとイドの二人がメインで行うという方針を決めて、その夜は一旦解散したコーデル上下物流事務所内。

 壁際の椅子の上でどこか緊張に満ちた真剣な面持ちで細剣レイピアを研いでいたカレンは目を眇め、その入念に研がれた刃の状態を確かめるとそっと脇に置いた。王都警報は先程鳴り止んだが、神経が高ぶってどうせ眠れないのでそのまま事務所に残っていたのだ。

 そんなカレンの前にコトリと一客のティーカップが置かれた。

 好物のミルクティーの香りを鼻腔に吸い込んで、カレンは唇を綻ばせた。


「ありがと、マスター」

「そういえばバタークッキーもあったかな、こんな時間だけど食べるかい?」

「やった!」


 喜びと肯定の言葉を上げるやカレンはお行儀よく椅子の上で姿勢を正し、クッキーを手にウォリアーノが戻るや「いただきまーす」とサクサクとした食感を楽しんだ。

 その様子をウォリアーノは娘を見つめるような眼差しで見つめる。


「実を言えば、カレンはてっきりもっと駄々を捏ねると思っていたよ」


 微かに顔をしかめたカレンは静かにカップを置いた。


「マスター、あたしはこの裏方の仕事に誇りを持ってる。少しでも冒険者の勝率が上がるなら、多少の危険は覚悟してる。何故ならクエストを受けた冒険者たちが最も厳しい思いをするのよ。様々な回復アイテムやレアアイテム一つが大きな助けに繋がるわ。補充を休止するのは簡単だけど、冒険者はその危険の中で皆のために戦ってる。だからあたしも退かないって、その思いはまだ胸にはあるわ。けど……」

「けど?」


 きっぱりと信念を宣言したカレンをウォリアーノは眩しそうに見つめた。しかし話はまだ半分なのを察して先を促すように聞き役に徹する。


「イドに幻滅されたくない。彼がいなかったなら、もしかしたらあたしはあたしの頑なで愚かな意地のせいで自らを見誤ったまま突っ走っていたかもしれない。その挙げ句に皆に迷惑をかけたかも」


 カレンは必死な面持ちで命の恩人を見据える。


「あたしがマスターをお手本にしてきたように、少しでもイドのお手本にならなくちゃって思ったのよね。これ以上情けない姿は見せたくないって。この先真っ直ぐ強くなっていくイドのためにも。ああ、イド本人には言わないでよ? 同じ年なのにババ臭いとかお節介だと思われても嫌だしね」

「わかっているよ。まあたとえ知ったとしても彼ならお節介だなんて思わないだろう」

「……さあどうかしらね」


 カレンのそうは思っていなそうな口調にウォリアーノは微苦笑を禁じ得ない。素直じゃないと思ったのだ。


「まあ、ね。あたしがもしもまた外の世界で冒険者をするなら、仲間を作るなら、――イドがいい。だからね、指導役としてカッコ悪いところをこれ以上見せたくないのよ」


 照れてぎゅっとカップを握る少女の細い指に力が籠る。

 外の世界での冒険。

 ウォリアーノは内心とても驚いたが少し眉を動かしただけで大きく表情には出さなかった。


 カレンが王都の外に冒険に出るとしてももっと先だろうと思っていたのだ。


 彼女がウォリアーノに救われてこの王都まで彼を訪ねてくるまでだって、その間冒険者業で生計を立てていたのだから決して王都外で戦えないわけではない。現に補充業の傍ら請われれば近場のクエストを引き受けてもいた。


 だが外で戦ってくるとカレンはトラウマからのストレスで決まって必ず高熱を出して寝込むようになっていた。


 そのせいもあるのか、外ダンジョン攻略などの冒険に出たいとはついぞ彼女の口から聞いたためしはなかったし、無論冒険仲間を希望する様子もなかった。


 だと言うのに……。


 人には多かれ少なかれ運命的な出会いというものがあるのかもしれないとウォリアーノは信じずにはいられない。


「カレンは随分イド君を気に入ってるみたいだね。初めは嫌そうだったからどうなるかと思ったけれど、良かった良かった」

「はあ!? べっ別に気に入ってるとかじゃないわよ。暫定的にだけど一応相棒だしあたしが教えてるから気になってるだけでっ。……宝箱荒らしてどんな嫌な奴かと思いきや、全然そうじゃなくて仕事にも一生懸命だし、怒ってるだけ労力の無駄だと思ったの。それに苦労人っぽいし無性にあたしを心配させるのよ、イドの馬鹿は」

「ふふ、仲が良いのはいいことだね」

「だから違うんだってば」

「明日からも仲良く頼んだよ、カレン」

「だぁからぁ~……はあもう、違うのに」


 のほほんにこにことした笑みを崩さないウォリアーノへと、カレンは机に肘をついて片頬を乗せるとやや拗ねたようにした。






 レベル55の異常種イレギュラー出現からおよそ一週間。


 未だ王都コーデルは討伐成功の知らせに沸かない。


 ぞくぞくとクエスト目的の一流冒険者たちは入都しているってのに(一部はクエストを諦めて逆に出て行ってるが)進捗は芳しくないんだとか。

 一日二日もあれば片がつくと踏んでいたギルド側も次第に焦りを募らせているようだった。クエストの成功報酬が相場の五倍まで引き上げられたのがそのいい証拠だ。


「冒険者人口が国一番の王都で、レベル55の魔物を即座に倒せる奴がいないってのは大問題だよな。――ぎゃああっだーっちょっと待て今やるから! 待てってえええーっ!」


 今日も下級ダンジョンで宝箱たちときゃっきゃうふふと戯れ(現実逃避による妄想)補充作業をこなす俺は、この場の全部を俺だけに押し付けて自分は一人余裕で昼食を食べているカレンを恨みがましく睨んだ。


 因みにここは地下ダンジョン内の広場だ。索敵の結果近くに他の冒険者はいないってわけで餌やり……いやいや補充作業に勤しんでいる。

 あとこれは最近気付いた事なんだが、宝箱と一緒だと何故か魔物が近付いて来ない。不思議だ。


「しょうがないわよ。コーデルダンジョンは元々は、外ダンジョン探索に向かわせる人材を育成するためのものだから、ダンジョンに通っている人たちのレベルは然程じゃないんだもの。まあ、かく言うあたしも似たようなものだから人様のことはあんまり言えないんだけど」


 カレンが口の中の物をすっかり飲み込んでからぷすんと鼻から息を出す。そう、ここは一流への基礎固めをするための訓練機関も同然で、だから出現する魔物のレベルは最高で40なんだよな。少なくともそのレベルの魔物を倒せるようになれれば、外ダンジョンでも大抵はやっていけると言われている。

 そうやって基礎力をしっかり身に付けての戦闘の積み重ねが一流冒険者を生み、称号持ちたる超一流冒険者を育て、果ては外ダンジョンの完全攻略を達成し更なる人類繁栄のための礎とならん……とはギルドの売り文句いや理念だったか。


 とにかく、王都在住や滞在の冒険者は大体がそんな感じだから外ダンジョンなんかで稼いでいるような猛者がほとんどいない。


 それも早急にクエストを出した理由の一つだろう。マップ販売などの商業的な業績も好調かつ元々は王宮からコーデルダンジョンの管理を任されて王宮から手厚い支援を受けているのもあって、財力だけはあるからな。


 以上が、この王都の冒険者人口とその割には強い奴が少ないって現実を作っているカラクリだ。


 ただ、今俺が懸念したのは王都防衛の観点だったりする。


 ギルドは早期収拾を見越して討伐クエストを出したもののそれはある意味諸刃の剣。熟練の一流冒険者が常住していないと言う事実の露呈は、何者かに攻め込み易いと侮られる恐れがある。簡単に王都を掌握できそうだとの楽観と積極性を与えかねない。そしてその万一が生じた時には大袈裟でも何でもなくこの王都は陥落の憂き目に遭うかもしれない。


 言い換えれば、今回の異常種イレギュラー出現騒動は王都の弱点を広めたも同然だった。


 冒険者ギルドにしろ、将来の有望な冒険者輩出を主な目的として門弟を指導しているラルークス一門やその同業者たちにしろ、本腰を入れて現在外で稼いでいる強い奴らを王都に呼び戻すなり当番制で滞在を促すとかの方策を模索した方がいいんじゃないだろうか。

 いつだったか仕事終わりに皆で事務所でまったりしていた際には、ウォリアーノさんも王都には改善すべき点が山積みだと嘆いていた。

 彼がダンジョン管理ではなく国の中枢に携わっていたなら、きっと色々と変わるものもあるんじゃないかと思う。


「ふぅ~、やっといなくなった……」


 この広場にバウバウやって来た最後の一匹、じゃなかった一筐体きょうたいに補充を完了させて、ようやっと俺もパンに肉野菜を挟んだだけの簡単調理だが存外美味い俺たちの定番昼食にありついた。日によって挟む具材を変えるのが飽きないコツだ。

 すると、同じ物を食したカレンが行儀良く水玉のハンカチで口元を拭いながらこっちに目を向ける。てっきりチェック柄が好きなんだと思ってたがそうでもないんだな……って別にどっちでもいいだろ俺。


「……ねえ、イド」

「ん?」


 怪訝にする俺は彼女の眼差しに少しの躊躇いを見て取った。向こうの方も訊き辛い問いだと自覚しているようで、おずおずとして口を開く。


「ねえイド、あなたのお父さんもまだ上級ダンジョンの件に携わってるのよね? 件の魔物は元勇者でも討伐に苦労するってこと?」

「え、何を深刻にしたかと思えばそんなこと?」


 軽く睨まれた。


「んーまあそれな。実はまだ一度もイレギュラーには遭遇してないらしくてさ、戦えてないんだと。運がないのか索敵にも引っ掛からないってボヤいてたな」

「そうなの? 噂じゃすごく素早いらしいし、物凄~く遠くからでも元勇者の気配を敏感に察知する、とても警戒心の強い魔物なのかもしれないわね」

「うーん、そうなのかもなあ」


 なんて頷く俺だったが、正直言えば内心首を捻っていた。

 本当にそうだろうか、と。

 警戒心が強いのは魔物の生存本能かもしれないが、他の冒険者だって一流のはずなのにその彼らでも戦闘途中で逃走されてしまうという。

 慌てて追跡して索敵してもいつの間にやら索敵範囲外まで逃げているようで、索敵の網にも引っ掛からず挙げ句は見失うんだとか。一体どれだけ逃げ足が速いんだか。

 加えて、そうずっと猛者たちを避け続けられるものだろうかって疑問もある。自分よりも遥か高位者を相手に余裕の逃走成功だなんて、そんな能力俺からすると羨ましい限りだが。

 ついつい考え込んでしまったのが親父の事で悩んだようにでも見えたのか、カレンがまた躊躇う気配を滲ませた。


「イドは、その、お父さんとは仲直りしたのよね?」

「へ? ……あー、一応は半分くらい?」

「ええ? 何よ半分って」


 王都警報発令当日、夜中になってようやく帰って来た親父に胸を撫で下ろした俺は、内心じゃやっぱり家族は家族だよなあなんてそんな自分の心配性に少しの呆れとこそばゆさを感じつつ、本当はもうあの唐突の訪問で顔を見た時点で赦していたんだって悟った。意地で突っぱねていただけでさ。

 だがすんなり折れるのは癪だからまだ半分ツンケンした態度でいる。

 ただ、多少溜飲は下がったが弊害はあった。親父は鼻で酢ダコを食べたような切ない表情をして仲直りしたいオーラを丸出しで、じーっとこっちを見つめてくるようになった。元勇者だからなのか何なのかとにかく視線の圧が強いんだよこれが。勘弁だ。

 俺は大きな図体の構ってちゃんには構わないでさっさと仕事に出掛けている。


 たぶんその後親父もクエスト達成のために上級ダンジョンに出掛けているんだろう。……で、一人で行ってんのかと思いきや、何とイーラルさんことソルさんとなんだよな。元勇者パーティーの一部再現だ。


 因みにあの王都警報の鳴った夜は、警報以前に親父はソルさんから上級ダンジョンの異変を知らされて二人で討伐に出向いたんだそうだ。かつて勇者パーティーだったソルさんにはギルドのツテがあり、そこから情報が回ってきたらしい。


 そんな俺とソルさんは親父がジェラシーを爆発させるくらいに今まで通り関係良好。

 とりわけ補充業に就いてからはぐんと買い取りを依頼する機会が減ったから気にしてくれていたらしい。補充業の事は口外できないにしても良い仕事を見つけたって説明したら喜んでくれた。


 話をダンジョンへと戻すと、ギルドは早期解決を図りたいのか閉場の鐘以降も上級ダンジョン入場を可能にしていたが、親父は閉場の鐘以降はダンジョンに籠る気がないようで帰ってくる。気分次第なのか時間前でも帰ってくる。

 どうせならぶっ通しで籠ってこればいいのに……とそんな事を言ったら「徹夜は年寄りには疲れるんだよ」とか拗ね唇で言っていた。


 さて、昼食後少し休んでからは補充の後半戦だ。


 俺たちは地下下層階をぐるりと回って宝箱たちに追いかけられながらアイテムの素を放り込み、うっかり遭遇した魔物にはまずは懲りずに俺が友情交渉を試し、いつも通りに失敗し、失敗し、失敗し、失敗し、失っ敗っしてっ、いい加減その日の試みを諦めてからはひたすらカレンの助けを借りながらの逃走練習の繰り返しだった。


 だからカレンと共闘してのおこぼれ経験値も皆無な俺のレベルは一つも上がっていない。嬉し恥ずかしレベル2のまんまだ。


「今日も索敵が楽でいいわね」

「まあな」


 下級ダンジョンは上級ダンジョンの方での騒動の余波からか索敵が要らないくらい入場者は少ないと、そうウォリアーノさんから事前に教えてもらっていた通りだよ。


 まあなあ、ここは上級下級に分かれてはいるがコーデルダンジョンって一つのダンジョンなんだし、何かがまかり間違ってこっちにまでレベル55の異常種イレギュラーが現れないとも限らないからなあ……なーんて。


 ギルドの方で入場を制限していないんだし、そこまでの危険はないだろう。

 因みに下級ダンジョンの出現上限はレベル20。種類としては魔犬やゴーレムやサラマンダー或いはアンデッドだが、いずれもその強さだと異常種イレギュラーとして出てくる。まあそんな魔物が出てきてもカレンがいれば対応できる。まだまだ他力本願なのが悔しいが。


 本日も補充が終わって程よい疲労と達成感を味わった俺は地上へと向かう帰り道気を抜いて索敵を怠っていた。


 もう地下1階だったのもあって安心していたのもある。


 夕食を何にしようかと思案しながら洞窟仕様のダンジョン通路を進んでいると、ふと前方に人の気配を感じた。


 ここらは一本道と言ってよく、仮に索敵して先に相手を見つけても引き返す以外じゃ回避はできない。

 横を歩いていたカレンが先に足を止めた。


「何よあなたたち?」


 明らかに声には怪訝さが含まれている。そりゃそうだ。まさに俺たちを待ち構えていたように、それまでは壁に寄り掛かっていたのを身を起こして通路の真ん中に出てきたんだもんな。

 三人の男がさ。


「よお、イド」


 三人のうちの中央の奴がカレンを無視して俺に話しかけてくる。カレンは密かに眉を動かしたが冷静な態度を崩さない。ただね、カレンさん、横目で俺を睨むのはどうかやめてほしい。


「ダイス……」


 俺はカレンの圧力を無視しろと自身の感覚たちに厳命して平然とした表情を取り繕って従兄を、従兄たち三人を見据えた。

 いつかの夜のデジャブだと溜息をつきたいのを何とか堪える。

 異常種イレギュラーに襲われていた彼らを細かく観察している余裕はなかったから、特に大きな怪我もなく普通に立っている様子を見てホッとする自分がいた。気にしないと思っていても実際は気になっていたのは否定できない。我ながらお人好しだ。いや愚か者かも。


「この人たち、イドの知り合いなの?」

「ああ、従兄とラルークス一門の門弟たちだ。ダイス、何か用か?」


 また懲りずにカツアゲか?

 しばし彼らは無言で、互いの顔を交互に見合わせていたが、やがてダイスが一歩前に進み出る。


「なあ、おい」

「何だよ?」

「イドお前」

「……だから何?」


 俺よりも背の高いダイスは、俺を見下ろしながらもどこか居心地が悪そうだ。以前のただただ威圧的な態度とはどこか様子が異なり、俺は訝りながらも何も言わずに先を促す。


「…………この前は、助かった」


 気まずそうにくすんだ金髪頭をガリガリ掻いて彼はそう言った。


「は……?」


 尊大が服を着て歩いているも同然のダイスが人に感謝した?

 俺は信じられない言葉を聞いたように間抜けにもポカンとしてしまった。

 そうしている傍から他の二人までもが短く感謝の言葉を俺に寄越す。

 カレンは俺たち四人に込み入った事情があると察したんだろう、傍観すると決めたのか口を挟まない。


「あの時、お前に庇ってもらわなかったら、俺らは冒険者を続けられなかったかもしれない。魔物を甘く見ていた」


 ダイスは率直に語ったが、心の中ではやっぱり俺への嫌悪を拭えないんだろうな、不服さと言うか屈辱みたいなのが滲んでいる。気持ちは理解できる。俺だってこいつの立場だったらそう感じるよ。

 だからこその何この状況は、だ。もしや和んだと見せかけて不意討ちの蹴りとかを繰り出してくんの? ……あり得る。

 しかし内心警戒して待ったもののその兆候はなく、肩から力が抜けた俺は仕方がなく相手にする。


「上が結構騒がしい情況なのによくここに来たな。正直ダイスは不測の事態を警戒してしばらくダンジョンには来ないと思ってたよ」

「お前はこんな状況でもここに来るだろうと思ったから来たんだよ。この前みたいなのが出ても良いようにアイテムの準備は万端だ」

「へ? 俺? 何で?」

「お前なんかに借りを作ったままじゃこっちが落ち着かないんだよ!」


 と、ここでダイスに同行の一人がここは俺が請け合うぜ的に胸を張って前に出てくる。


「そうだぜ、ダイス坊っちゃんはここ最近ずーっとお前と接触するチャンスを窺ってたんだ。今日だって朝からここに来てお前が奥から戻ってくるのを辛抱強く待ってたんだぜ。行きの時はいつもすぐに見失うし、いたと思って近付こうとしても周囲に人の目が多くて話なんざできねえって怖じ気付いてたんだぞ」

「お、おいそこは言ってやるなって」


 もう一人に窘められて失言に気付いてそいつは口をつぐんだ。

 ダイスはわなわなと震えた。

 おいおいとばっちりで喧嘩はごめんなんだが?

 だがしかし、意外にもダイスはアンガーコントロールした。


「……っ、とにかくお前に一言感謝を言いたかっただけだ。それで、あの魔物は結局どうなったんだ? 誰かに倒されたのか?」

「ああ、そこにいる相棒が倒したよ。一撃で」


 一撃、という言葉にダイスたちは息を呑んで畏怖の目でカレンを見つめた。華奢な見た目からは到底想像できないからだろうな。少なくとも自分たちが纏まっても敵う相手じゃあないのは悟っただろう。


「すげえな……。ああそうだ、これ返すぜ」


 ぞんざいな口調ながらもダイスからソフトに投げられた小袋を受け止めた俺は、硬質な金属のぶつかり合う音でその中身を理解する。


「まさかの謝礼? 要らないって」

「違えよ、お前から前に奪い取った金だよ。正確にいくらあったかはハッキリわからなかったから適当に入れておいた。間に合うくらいは入れたつもりだ。……悪かったな」


 今度は不意打ちの謝罪ときた。俺はポカンとして手の中の小袋を見下ろす。中身を確かめようとは思わなかった。だってそもそももうアシュリーさんから全額戻されている。


「必要ない。受け取れない」

「何でだよ。俺らの金じゃ不満ってか?」

「そうじゃない。あの金は親切な人の手で返ってきたからな。悪いが引き取ってくれ」

「親切な人……?」


 三人は思い当たる人物がいたのか互いを見合わせて苦々しさとばつの悪さを顔に出す。


「じゃあ慰謝料だ。気に食わなくても受け取れよな!」


 ややあってダイスは最後に偉そうにそう吐き捨てるとさっさと踵を返した。残る二人も続いて背を向ける。


「あっおいダイス待てよ! 金を渡されても俺だって困るって! なあおいっ!」


 もう話は終わりらしくそうと決めたら俺なんて丸無視なのか振り向きもしない。くそっ、素直じゃない。……まあ素直なダイスたちなんて気持ち悪いか。

 しかしマジに返さなくていいのかよ? っつーかもらっても俺だって複雑だ。

 俺は硬貨の入った袋を手に悩んだように片眉を持ち上げた。


「どうするかなあこれ。アシュリーさんにごはん奢るとか?」

「それならお酒の方が喜ぶわよ」

「あーそっか。それでいこう」


 カレンからの的確な助言に従ってこの金の使い道は早速と決まった。俺としてもその方が気が楽だから良かった。


 彼らの姿が完全に見えなくなったところで俺は壁に背を預けて大きく息を吐き出した。


「何か、疲れた」


 和解と言う程溝が無くなったわけじゃない。だけれども……。

 俺は顔を上げてダイスたちの消えた通路を眺めた。


「助けて良かった」


 ダイスたちとの大体の関係や出来事を察したらしいカレンも俺の一息に付き合ってくれて同じように壁に寄り掛かっている。その目はとても我が事のように嬉しげで、柔らかで、俺はどうしてだか少し鼻の奥がツンとしてしまった。

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