5 裏方仕事開始

 正式な契約を経て、三日後には新米補充員の誕生だった。


「おっおはようございます!」


 ドキドキしながら喫茶店に隣接した事務所の扉を押し開ける。

 初出勤という緊張で声が裏返った俺に、しかし既に揃っていた事務所の面々は失笑したりはしなかった。


「おはようイド君。良かったちょうどコーヒーを淹れるところだったんだ。君も飲むだろう?」


 そう言って微笑んでくれたのは雇い主のウォリアーノさんだ。

 彼の笑みには人をほっこりさせる効能があるに違いない。実はやや寝不足の俺が「はい是非」と頷くと、その冴えない顔を覗き込んで来たのは癖っ毛のショートボブにぽってり唇のリリアナさんだ。


「おはようイド君~。昨日はちゃーんと眠れてないみたいだね~? ねえイー君って呼んでいい~?」

「へっ? あっ、どうぞ! 好きに呼んで下さい」

「うふふ~っ、イー君っ」


 リリアナさんは上目遣いで小首を傾げてにこりとした。

 身の危険もない現状で改めて思うのは、小悪魔というかもう超悪魔級に可愛い人だって事だ。服装も性格もいい意味でザ・女子って感じだった。


「おはようイド。これまた随分早く来たねえ。出勤時間までまだ一時間もあるよ」


 事務所奥の浴室の方からやってきたアシュリーさんが、濡れた黒髪をタオルでカシカシ拭きながら近付いてくる。実は彼女のドレッドヘアーは魔法であっという間にできるものだったらしく、ストレートだとまた一味違った魅力があった。


「い、いえいえ皆さんの方が先に来ていて凄いですって。正直に言えば全員いてちょっと驚きでした」


 にしても体に大きめのタオル一枚を巻きつけただけって……下着、付けてるのか?

 俺はアシュリーさんのミラクルボディから苦労して目を逸らした。

 この短い間にウォリアーノさんは店の方に豆を挽きに行ってしまってもういない。入社手続きとかでも思ったが、ゆったりしている印象とは違ってテキパキしている人なんだよな。


「何だ来たのね。あーあ、一人の方が超絶楽なのに」


 喫茶店の方をぼんやり眺めてそんな様な事を考えていると、また別の人間の声がした。このこれ見よがしな不機嫌声は……。

 喫茶店側に通じる扉から箒と塵取りを手に入って来たのは金髪ツインテ少女。掃除用具を事務所隅の用具入れに片付けて戻ってくる。


「ええと、おはようございます。今日からよろしくお願いします」

「…………おはよう。この前はタメ口だったくせに仰々しい態度と敬語はやめてくれない? 他の人にはそのままでいいけど、あたしそう言う堅苦しいの好きじゃないから」


 口調を改めたのは、仕事の先輩相手にタメ口はよくないと思ったからだ。


「わかりまし……わかった。じゃあカレンさんに敬語は止めるよ」

「さん付けもやめて。体が痒くなるわ。あなた十五でしょ? だったらあたしとタメだし」

「えっ!? てっきり年下かと……」

「ど、どうせあたしに二人みたいな成熟度はないわよ!」

「成熟……?」


 意味がわからず怪訝にしていると、ツインテ美少女カレンは薄そうな胸を隠すように腕組みして「わからないならいいの」とそっぽを向いた。


 ウォリアーノさんが社長を務めるダンジョン管理会社――コーデル上下物流は、どういう繋がりなのかギルドから宝箱業務を一任されている。


 社員は俺を含めて五人。


 ウォリアーノさん自身も含めての数だから……え、マジ? この人数であの広いダンジョンの宝箱を補充するのって感じだ。

 しかもウォリアーノさんは不定期に喫茶店を営業しているから実質的には四人体制だ。じゃあ今までは三人だったってわけで……ハハハここってもしかしてブラック?


 ずっと仏頂面をしていたカレンは、朝のコーヒータイムを終えて朝礼が始まると、文句も言わずウォリアーノさんの指示に従った。


 つまりは俺と組んだ。


 その上で新人研修のやり方は彼女に任せると言う方針で、出勤初日「実地で学んでくのが一番の近道よね」と、俺は右も左もわからないまま早速下級ダンジョンに投入される運びとなった。






「新米、準備はできた?」

「だ、大丈夫」


 カレンの確認に俺は慌てて篭手こてを装着した。これで完了だ。

 いつもの草臥れた装備にいつもの武器。

 ちなみにカレンの方は初対面時のワンピース姿。

 ホント軽装だな。

 で、そこに更に補充アイテムという荷物が増えるだけ。

 増える……だけ……。


「って、これ全部!? 妙にでっかくない!?」


 目の前には、ぱんっぱんに中身を詰め込まれた特注らしきアイテム袋って言うかリュックが。カレンが以前背負っていたのはこれだ。

 あれあれ? 俺は今から本気のキャンプに……?

 重そうな荷物を前に半ば怖気付いていると、カレンが感心しないといった面持ちで呆れた。


「当然でしょ? 幾つ宝箱があると思ってるのよ? コーデルダンジョンは他と比べれば随分小さい所だけど、一階層に少なくとも25個はあるのよ」


 下級ダンジョンは地下30階仕様だったから、単純計算だと全部で750。このくらいはある。納得はしている。

 俺は改めて荷物を持ってみて……、


「も、持てない……」


 鞄の肩紐を引っ張り絶望的な声を上げた。


「ええー? 何で持てないのよ?」


 カレンは心底不思議そうに目を眇め、次の瞬間、俺は目を疑った。

 だって片手でいとも簡単にそれを持ち上げてみせたのだ。ひょいっという音が聞こえた気さえした。


「え? は?」


 俺は困惑して荷を見つめ、試しにカレンから荷を受け取――った瞬間にドスンと落とす。


「………………やっぱ無理です」


 俺の中の男の矜持と言うのか意地と言うのか、そういう諸々が崩壊寸前だった。


「これくらいも持てないなんて、あなたレベルいくつだっけ?」

「…………1」

「ああ。じゃ仕方ないわね。半分以下に減らすわ」


 俺のレベルを幾つだと思っていたのか、彼女は淡々としつつもせっせと荷ほどきを始めた。

 出会った時、これほど重い荷を彼女が疲れた様子もなく背負っていたのは、驚嘆に値する。


「あのさ、カレンってレベルいくつ?」

「52」


 へえー52か凄いなー…………――――ゴジュウニ!?


「は!? え!? 何そのレベル!? 一体何歳から冒険者を!?」

「答える義務はないわ」


 はっきりとした拒絶。それはそうだ。うっかりプライベートに踏み込み過ぎた。ただでさえカレンは俺を快く思ってないんだし。

 それでも俺は驚き冷めやらぬまま彼女を見つめた。


「はい、とりあえず実地初日だし今日はこれだけね」


 当初より大きく減って四分の一程の荷量になっている。

 情けなさに決まりの悪い思いをしながらも、それでもまだずっしりと重いそれを両手で受け取ると苦労して背負った。よろめかないよう足腰に踏ん張りを利かせる。

 俺が武器の棍棒を手に持つと、カレンはカレンで自らの武器を腰の剣帯に挿している。

 鞘も細いし女性に多い細剣レイピアだろう。


「あたし自分で言うのもアレだけど、スパルタだから飛ばすわよ」

「あ、まあそれは別に。早く仕事覚えたいし。――よろしくな」

「……いい心がけじゃない、新米」


 必然的にしばらくは上級ダンジョン担当になったリリアナさんとアシュリーさん、そして時々ウォリアーノさん。その三人に見送られて事務所を出る。

 カレンは全く以て涼しげな顔をしてスタスタ軽い足取りで石畳の街路を進んでいく。

 遅れがちな俺は今はまだ涼しい時期だってのに猛暑日かってくらいにこめかみを流れる多量の汗に辟易する。レベル不足を痛感だ。


 その外見からは想像できないが、カレンのレベルは52。


 人間が到達できる最高レベルは100と言われている。


 そしてレベル50までは堅実かつ地道に努力すればいつかは確実に到達できるそうだ。


 ――いつかは。


 その到達しているほとんどは40代以上のベテラン冒険者で20代30代では珍しく、10代ではほぼ皆無とされている。

 故に、10代半ばで到達しているカレンは天才、才女、スーパーガール、とにかく凄いの一言に尽きた。

 きっと近い将来、若くして一流冒険者の仲間入りをするに違いなかった。






 やっとの思いでコーデルダンジョンに到着すると、入口で一旦立ち止まったカレンが振り返った。


「社訓はちゃんと覚えてるわよね?」

「ああ」


 一つ、仕事を他者に知られてはいけない。

 一つ、閉場の鐘以降は作業しない。


 社訓は全部で三つ。この研修に出る前によくよく覚えさせられた。

 そして最後の一つは……。


「一つ、荷を放棄してでも――自分の命は守れ」

「よろしい。じゃあ行くわよ。途中で泣きごと言ったら本気で置いてくから」


 カレンの緑色の瞳は本気だ。俺は気持ちを引き締めると同時にごくりと唾を呑みこんだ。






 ダンジョンでは索敵スキルと気配を消す隠形スキル、あとは遮音や消音スキルが抜群に役に立った。

 むしろそれだけが卓越していればこの仕事は難なくこなせると言っていい。

 これまで俺がしてきたアイテム集めと同様、短い時間で効率よく補充をこなすには何にも邪魔されないのが一番だからだ。

 よって俺たちは他の冒険者に気付かれずにやり過ごし、魔物を避けて進んだ。


 程なく通路の先に一つの宝箱が見えてくる。


「空の宝箱まで辿り着いたらまず周囲の状況を確認する。それから持ってきたアイテムのもとを取り出す。いいわね?」


 カレンに言われるまま頷いた俺は索敵をかけ、周囲の状況を探った。

 魔物は潜んでいないし、他の冒険者もいないときた。絶好のアイテム封入チャンス。

 俺は下ろした背荷物から手乗りサイズの水晶玉のような透明な球、カレンいわくの「アイテムの素」を取り出した。


「俺てっきりグミとか薬草とか、アイテムの現物を入れるんだと思ってた」

「あたしも初めはそう思ったわね。でもそれだと物によっては持ち運びに不自由するし、上級者向けの方だとレアなアイテムなんかは万一強奪とか盗難って危険があるからちょうど良いのよ。いちいちどこにどのアイテムだとか覚える手間も省けるし」

「確かに」

「じゃあ一度やってみせるわね」


 この滑らかで無色透明な全ての結晶球が、宝箱内部でどういう仕組みか様々なアイテムに変化するらしい。


 だからこそのアイテムの素。


 俺は落とさないよう慎重に素を手渡すと一歩下がった。

 カレンは蓋の開いた宝箱の真ん前に立った。

 これから一体何が起こるのか。

 竜と契約するような長い呪文の詠唱でも始まる? 魔法の光に輝く?

 期待に胸が高鳴る。カレンが手を前に出す。

 身を屈めて素手のまま――――ゴトッ。


「あっ! …………だ、大丈夫大丈夫、多少の衝撃じゃ壊れないから」


 今完全にうっかり落としたカレンを見据え唖然としている俺の傍らで、宝箱は全体を淡く光らせながら蓋をゆっくり閉じていく。幸い破損もなく大丈夫ではあったらしい。


「これって魔法?」

「そうね。細かい仕組みはあたしも知らないけど、とにかくこのアイテムの素を入れない限り蓋は閉じないから安心して」

「へえ、異物の封入防止ってわけか」

「おそらくね」


 ぴったり完全に蓋が閉じ切ると、カレンは俺に向き直ってどうよという顔をした。


「これで一つ終了よ。ご感想は?」


 俺はしばらく何も言えず宝箱を見つめた。

 想像していたのとはちょっと違ったものの、張っていた肩の力が抜けた。

 だからこそ逆に自然な心の内が吐露できたのかもしれない。


「このダンジョンが人の手で支えられてるって実感できた。補充業って大切な仕事だな」

「……そうね」


 あ、今……?


 俺の返答は及第点だっただろうか。

 先に歩き出したカレンの横顔が、綺麗な笑みを湛えていた気がした。






 カレンは俺のために最短補充路を一つも省く事なく回ってくれている。口では何だかんだ不満を言っていても仕事への姿勢は誠実だ。こちらとしても有難い。

 因みに、俺の通いなれた階層での道順はほとんど俺が自分で見出した順序と同じだった。即戦力になれそうで幸先がいい。カレンも機嫌が良さそうで俺は密かに安堵した。

 思ったより時間も掛からずに地下10階までの補充作業が終わった。当分はここまでを俺一人で担当できるようにしたいってウォリアーノさんは言っていたそうだ。道順の地図もあるし明日からでも俺的には可能だな。

 だが生憎ここよりも地下は俺のレベルじゃ危険だから誰かに同行してもらって徐々に慣れていくしかないらしい。だがそうすると時間が掛かるし同行が無理な日は当然ある。そんな日は手慣れた他の人に担当してもらってサクッと終わらせるって話だ。

 まあ、つまりそのうち地下10階までは新人の俺の担当になるってわけ。


 しかし俺は将来的には一人で最下層にも行って帰って来られるようにならないといけない。そのためにカレンと組まされて研修させられているんだよな。


 故にまだ補充物資は背中に沢山詰まっている。カレンが朝に言っていた予定では最下層まで行く事になっているからだ。


 いつも横を通るだけでスルーしていた下り坂に一歩を踏み入れる。


 ここから先は俺が初めて入る地下11階層。


 下り切ってやや緊張の面持ちを崩さない俺の顔を一瞥したカレンが、苦手な毛虫でも見たように目元を歪めた。


「何にやけてんのよ。気持ち悪いわね」

「えっ、俺にやけてた?」

「何それ無自覚?」


 俺は何となく頬を触って確かめてしまった。

 自分じゃ緊張で硬い顔をしていると思っていた。現に心拍数だって上がっている。でもこれはそうか、緊張だけの動悸じゃないんだな。無意識にも何か未知への興味や期待というか、わくわくしている部分もあったらしい。つーか気持ち悪いとか言うな。地味に傷付く。毒舌カレンは呆れたような目でいる。


「ところで、地下11階から始まる下層ってどんな場所なんだ?」


 どうせここまで来たんだしと、気を取り直した俺は好奇心の塊になって質問をぶつけた。


 コーデル下級ダンジョンは、地下10階までを上層、地下11階から地下30階までを下層と区分している。


 下層からはそれぞれ出てくる魔物も変化し、上層で出ていた種に加え新たに別の強い種が加わってくるんだ。


「上層よりは防御や攻撃に優れた魔物が出るだけよ。ゴーレムやら猛獣やらで多少姿形は凶悪になるかもね」

「へえ、凄い!」


 カレンは俺が怖がるとでも思ったのだろうか。小さな子のようにはしゃぐ様に嘆息すると、封入完了した宝箱から離れさっさと先に行ってしまった。


「あっそっちは敵がいる」

「そういうことは早く言って!」


 始まりからずっと索敵全般は俺が任されている。

 カレンもできるが俺を鍛えるために任せてくれている。だからせめてこれくらいはしっかりこなしたいと、双肩に食い込む肩紐をぎゅっと握り締めた。

 地下11階から補充作業をしながら下っていき、地下12階、13階……――そして地下16階。

 この辺りになると表層付近ほど冒険者の数も多くなく、索敵しても人より魔物の方が頻繁に察知の網に引っ掛かった。


「今更だけどあなたって本当に索敵能力に長けてるのね。レベル1でその広さと精度って普通じゃないわよ。一体どんな索敵生活送って来たのよ?」

「そっちが思ってる通りの生活だよ」


 感心を孕んだ肩越しの視線に投げやりに答えるとカレンは質問を間違えたような顔をした。


「ふーん、まあ、なるべくしてなったってわけなのね」

「そういうこと……ってカレン悪い見つかった!」


 ほんの少し気を緩めたせいで魔物の接近を許してしまっていた。

 本来ダンジョンとはこういう場所だったのに迂闊に過ぎた。

 ズ、ズズズと通路の奥の暗闇から何か重く硬そうな物がこすれる音が近づいてくる。


「この引き摺るような音ってまさか……」

「コーデルゴーレムね」


 言葉を引き継ぐようにカレンが平然と断じた。

 予想よりも前進速度があるのか、もう視認できる距離にいる。

 コーデルダンジョン固有種たるコーデルゴーレムを俺は初めて目撃した。

 相手は一巨体、明らかに俺たちをロックオンしている。


「わ、ぁ……でっか! 強そう!」


 茶色い泥からできているくせにごつごつとした岩のような表皮は反則だろって思う。俺は圧倒されつつも小さな子供のように興奮しながら、杖代わりにしていた棍棒を握り締めた。

 これが必要にならないといい。


「戦うしかなさそうね」

「ええと戦う前に少し時間をくれ」

「いいけど、どうしたの?」

「俺のやり方を試す」


 何度も試みてわかっているが、このダンジョンの魔物は友情交渉を撥ねつける傾向が強く、かなりやりにくい相手だ。しかも決裂後は戦闘になったとしても最終的には逃げられるって始末だし。

 それでもめげない気持ちで前に出た俺はゴーレムと向き合い訴える。


「気を静めてくれ! 俺はお前と戦うつもりで来てるんじゃない」

「ちょっとあなた魔物にそんな主張しても無駄よ」

「無駄じゃない!」


 振り返って叫ぶやまた前を向く。


「聞いてくれ!」


 ――ゴガアアアアアッ!


 俺の言葉なんてまるで届いていない泥巨人は、怒りの雄叫びを上げるや重たい地響きと共に突進してくる。こいつも駄目なのか?

 何とか股の間を潜り抜けて背後を取る。


「だから待ってくれってば!」


 ゴーレムは、ドオオオオン、と俺を狙って地面に硬い拳を打ちつけるとまた野太い雄叫びを上げた。体が砕けるのも厭わないのか轟音と共に拳の欠片が飛んでくる。

 小さなそれが俺の頬を僅かに切り裂き血を滲ませた。


「……っ、なあ俺の話を聞いてくれ! 俺はっ」

「ああもう、見てられないわね!」


 一向に埒が明かない上に戦闘とも言えない状況に痺れを切らしたのか、カレンは俺より遥かに重い荷を背負ったまま一つ軽く跳躍した。


「なっ……?」


 ――この日初めての戦闘は、呆気なく幕を下ろした。


 俺には彼女が助走を付けたようには見えなかった。高レベル冒険者のまさに高い身体能力に物を言わせた一躍。瞬時にゴーレムとの距離をゼロにした彼女は、腰の細剣レイピアを残像しか見えない超速で抜き放つや、凄まじい一撃の下に沈めた。

 なのに全く衝撃音や斬撃音がしなかった。

 彼女が華麗な着地を決めると同時にゴーレムの体が断層のように斜めにズレ、分断された胴体が落下するより早く端から燐光になって消えていく。

 しばし圧倒されて言葉を発せなかった俺は、一撃そして一瞬必殺の光景に魅了されていた。

 だが目の当たりにした実力は本気のほの字にもならないごく一部。


「何だよ……あれ……」


 愕然とした中での無意識の呟き。

 美しい蛍のようにも見える魔物の残滓を背景に、敵を屠った少女は何事もなかった顔をして俺の前まで戻ってきた。


「新米、あなたの行動の是非はさておき、さ、行くわよ」


 その声が合図だったかのように、魔結晶モンスタージェムが嘘のようにカラリと軽い音を立てダンジョンの床に転がった。


 その後は索敵に集中したおかげか、戦闘は起きなかった。

 ただ、決して口には出さなかったが、俺の中には羨望とそして悔しさが渦巻いていた。

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