2 最低勇者の息子と怒れるツインテ少女
少年イドが本日の方向性を決めて去った通路に、一つの影が現れた。
高度魔法である転移魔法でも使ったのか、何の兆候もなく唐突に出現した人影は、どこかの隠者のような真っ黒いフードローブを身に纏っている。
フードが深く顔は見えない。
ただ、その奥から垂らされた長く美しい白髪だけが、光源から離れたダンジョンの薄闇に映えている。
「――イド」
ポツリと小さく呟かれた声はしわがれた老人のそれではなく、水晶の結晶を透過する光のような、仄かで神秘的で透き通った声。
「……ごめんねです、イド」
焦がれるように、しかし物悲しそうにその声はもう一言呟くと、それきり押し黙った。
視線は赤毛の少年が去った方向を見つめている。
ややあって低い唸り声が彼女の聴覚に届いた。
コーデルハウンドだ。
獲物を見つけた灰色の魔犬は威嚇もそこそこに一気に加速して――……疾風に白髪とフードがはためいた。
外れたフードの中から長い白髪と、憂えた白いかんばせが現れる。
その外見は十代半ば。
人間離れした紅い
細い首、細い
どこを取っても皆が褒めたたえるだろう完璧な面立ちだった。
一流職人の手によるビスクドール。
それが一番形容するに近い。
儚さが形を取ったような少女は、表情が乏しく感情が薄そうで、長いローブに隠された四肢もすらりとして細いだろう様を連想できる。
その細腕を魔犬に嚙まれれば、たちまちポッキリと折れて無惨に千切られてしまうだろう。
しかし、だ。
姿を捉えているはずが、魔犬はまるで関心がないというように美貌の少女のすぐ横を走り抜けて行った。
驚くでも恐怖するでもなく、彼女はふと顔を上げて魔犬の背を一瞥した。
まるで今生の別れでも告げるように。
「イド、棍棒似合わない。だから……弱いです」
その声が誰かに届く事はない。
「本当に、弱いです。けど、だから……良かった」
浮かべた微笑は安堵か自責か悲しみか。少女は誰にともなく淡々と述べる。
「うちが護るから、ずっと弱いままでいてです。イド」
直後、無言でローブの裾を翻すと同時に彼女の姿は掻き消え、戦闘に小慣れていると思しき冒険者一行が角を曲がって現れた。
戦闘開始のゴングが鳴った。
コーデルダンジョンは、今日も冒険者たちを受け入れ成長させる糧として機能していた。
「おう、イド! 今日も沢山ガラクタばっか持ってきたな!」
「アーハハ……それでも家賃と腹の足しにはなりますからね」
「ハッハ
「ハハハ……今日も職質はされませんでした」
アイテム収集に専念した俺は、ダンジョンを出るとその足ですっかり顔馴染みになった個人のアイテム換金所に来ていた。
おじさんの歯に衣着せぬ物言いはいつもの事。所持上限個数一杯で開け口ギリギリまで入った道具袋は確かに一見泥棒臭い。
過去には事実そう勘違いされたりもした。王都の巡回兵にももう顔が知られているのか最近はそんな災難もなくなったものの、たまに何も知らない新人兵に呼び止められはする。
限定された魔法空間にアイテムが収納できる指輪や鞄なんかをかたどった収納魔法具も世間には流通しているが、ちょっとお高いから今の俺には手が出せない代物だ。
まあ運ぶ間に筋トレにもなるし、今はこれで不満はない。
通りに面した小さな対面カウンターで査定を待つ。
見上げた紫色の空には星が瞬き始めている。
換金所はダンジョンのある大広場から少し南に歩いた界隈にあった。
個人営業から各地に支店を持つ有名商会までと、建物も規模も様々で、大陸東方の小さな島国で食べられているという押し寿司のように隙間なく軒を連ねている。
店によって日によって買い取り価格は若干の変動はあるものの、レアアイテムでもない限り何処へ行っても下級ダンジョンで取得したアイテムなんて高が知れている。
それでも俺の苦労を知る黒い肌の中年店主――ソルライチさんことソルさんの査定は俺に頗る甘い。
真剣になると恐ろしく鋭くなる一重眼を今は黒眼鏡の奥で恵比寿顔にして俺の返答に和んでくれている。
連日重い商品を持ち運びするせいか、体躯は意外にも筋肉質。ガタイはとても良い。
まあ黒眼鏡に強面スキンヘッドの割には、いつもヘンテコで派手なデザインのバンダナを巻いているので、凄まれてもその威圧感は半減する。この前なんて利き手じゃない方で描いたのって感じの実にゆる~い顔の猫柄バンダナをしていたっけ。一体どこで手に入れたのやらだ……。
「んー、これくらいがいいとこだな」
一粒一粒が大きなそろばんの駒を指でパチンと弾いて買い取り額を示される。
「えっ!? そんなに!?」
嬉しい予想外に驚く俺へ、ソルさんは器用にウインクしてみせた。きっと心付けというかお小遣い的なものも入った額なんだろう。
「俺の質屋はずっとソルさんだけですからーーーーっ!」
「うおっ!? ハハハハ大袈裟だな。こっちこそ毎度のご贔屓ありがとうございますってんだ」
猛烈に感激して思わずカウンター越しに飛び付けば、ソルさんはからっとした表情そのままに無骨な大きな手で俺の赤髪をグシャグシャ掻き回してきた。
「わ!? 痛ッ、ちょっソルさんーーーーっ!」
「ハッハッハ!」
抗議を示すとすんなり手を離してくれたから良かった。辟易としつつもソルさんからお金を受け取ってお礼を言うと小さな腰の袋に仕舞った。道具袋とは別にベルトに通して貴重品を入れているやつだ。挨拶をして換金所を後にする。
「あーくそ~絶対何本か抜けた……。自分が髪ないからってホント容赦ないなあ」
手櫛で髪を整えぼやきつつも、腰の袋の重みに頬が緩む。
これなら少しずつ貯めていた分と足して新装備を購入してもお釣りがくる。
久しぶりに夕食を奮発しようかと、俺はほくほくした気分で大衆酒場「勇者の食堂」に向かった。
上機嫌で食堂の扉を押し開ければ、カランと入口ベルが鳴った。
割と早い時間だったが、店には既にそこそこ多くの客がいて賑わっている。
客の中にちょっと知っている顔があった。
だがもう交流もなかったし自分でも関わるつもりはなかったから声は掛けなかった。何でお前がここに的にケッとかチッとか不愉快そうな舌打ちが聞こえ、カウンター席に向かう間も彼らの視線を感じたが、向こうもわざわざ声は掛けてこなかった。
どんなに不愉快な気分でいようと体は正直なもので、店内のあちこちから漂ってくる美味しそうな匂いに胃袋がぐうう~と催促の声を上げる。
――オレは悩んだらとりあえずは沢山食って寝る。
いつだか言われたソルさんの言葉をふと思い出し、確かに空腹時に悩みを突き詰めてもろくな方向に行かないと気持ちを切り替えた。
カウンター席に着くと、店員にエナジードリンクと大盛りの肉料理を注文した。国の規定でまだ酒は飲めないからな。
前払いの後ややあって運ばれてきた揚げたてじゅわじゅわのトンカツとから揚げ。きつね色の衣から香ばしさとハーブの香りも漂って、思わず鼻の穴を大きくしてその至福の空気を吸い込んだ。
嗚呼、肉三昧、肉道楽、肉天国……。
一人「いただきます」と食前の挨拶をして後は成長期の胃袋がもう待てないと、掻き込むように口に詰め込んだ。
「……なあ、あれ」
「ああ。一人で贅沢してやがる」
「ふん、落ちこぼれのくせに良い御身分だぜ。二人共、後でちょっと灸を据えに行くぞ」
「「へい坊ちゃん」」
店の別のテーブルでそんな下劣な囁きが交わされているのも気付かずに……。
ご馳走様と店員に声掛けをして食堂を出て、満腹満足で帰路に就いた俺が人通りのない細い路地を歩いていると、前方の横道から三人の男たちが姿を現した。
「よおイド久しぶり。何だかリッチそうじゃん? 俺らにもそのリッチさ分けてくんねえ?」
「ダイス……」
ダイスと言うのは俺の従兄。
彼ら三人は先程の店にいた知り合いで、全員こっちよりも年上の男だ。
まあダイスに至っては年上と言っても誕生日が一年早いだけだ。
他の二人は確か四、五歳上で、二人共ダイスの父親――つまりは俺の伯父の門弟なだけに、会う度にいつもダイスの太鼓持ちをしていた。
伯父はここ王都じゃちょっと名の知れた冒険者で、同じく王都に拠点を構える武芸者の集団たるラルークス一門は現在彼が率いている。
優秀な冒険者を多数輩出しているとして弟子入り志願者が後を絶たず、独自の選抜試験もレベルが高いらしい。
加えて一門の冒険者たちは、ギルド側だけじゃ網羅しきれない生活の細々とした困り事から冒険者たる心得までをラルークス一門に身を置く事でサポートしてもらえている。
本来はそこまでしてやる必要はないらしいが、伯父は同じ武芸者たちには面倒見のいい男なんだそうだ。気が狂ったみたいに筋トレ好きだとも聞いてる。
ダイスはそんな伯父の末の息子で、そんなに才能には恵まれてはない(ただし周囲は誰もそうだとは言ってやらない)が、末っ子は可愛がられるって説の筆頭のように甘やかされて育ったせいか我が儘で不遜な奴に育った。
だから俺にも大きな顔をしているってわけだ。ダイスからすれば年下で落ちこぼれの冒険者の俺なんて格下も格下だからな。
ホント有難くも、昔から親類の集まりで顔を合わせる度に俺を目の敵にしてくれている。ホントに時々しか会わないのにな。暇な奴だよ。
どうやら状況からして、ご丁寧に先回りして俺を待ち伏せていたらしい。
ああ面倒事の臭いしかしない。
三人とは、以前数日だけパーティーを組んでいた。
親切にも王都生活初心者同然の俺に基本的な事を教えてくれ、これまでの犬猿の仲だった関係修復も可能かもしれないと期待した俺は、まんまと気を許して行動を共にしていたってわけだ。
結局は馬鹿を見ただけだったが。
所持品と少ない有り金を全て巻き上げられた記憶は、苦い教訓として今もハッキリと俺の中に残っている。
今日の朝、広場のツインテ少女に言った「洗礼」とは彼らから受けたものだった。
幸い、二束三文にもならないと判断された棍棒やぼろぼろの装備一式は、嵩張るだけだと捨て置かれたが。
まあ、そもそも他人の武器は使用者がもしも本人限定使用の魔法を掛けていた場合、他者が使っても元来の威力の半分も出ないのと、その場合強奪を疑われ足が付くリスクもあるからな。
「通してくれ」
「いいぜ、通行料払ってくれりゃーな」
眉をひそめ、無視して肩で押し退けるようにして通ろうとすると、ぐいっと強く肩を押し戻されてよろけた。
「通行料だっつの」
「断る。冒険者として恥ずかしくないのか。ギルドに知れたらペナルティーものだろ」
冒険者は世界のダンジョン攻略の必要戦力。だからギルドは基本的に私闘を禁止している。
「はあ? これは同門の先輩として親切に指導してやってんだよ。それに冒険者として恥ずかしくないってよお、お前の親父ほど恥知らずじゃねえぜ?」
「――ッ」
苦さを孕む俺の表情の変化を見てダイスは不遜な笑みを強め、残りの二人もにやにやとした。
「何ですダイス坊ちゃん~? こいつの親がどうかしたんですか~?」
「もしかして有名人? それとも富豪ですか?」
しかもラルークス一門の人間で事情を知っているくせに、わざと知らないふりをして嫌がらせまでしてくる始末。
類は友を呼ぶなんて言うが、彼らの品性も似たり寄ったりだ。
やれやれとダイスが溜息をついて、わざとらしく声を弾ませる。
「ハハハ知らないかジェード・ラルークスって。前にこの国の勇者だった奴の名前だよ。それが何と我がラルークス一門出身で、オレの叔父だったってんだから驚きだ!」
「へえ~そいつは凄いですね~」
「あれ? でもその勇者って確か~……」
やめろ、と呟く俺は我知らず拳を握り締めていた。次にダイスが何を言うかわかり切っていたからだ。
「ああ、魔物が怖くて田舎に逃げ帰ったクズ野郎勇者だ」
「――違うっ!」
夜の路地に俺の大声がこだまする。
「ハッ何が違う? 一門の奴は皆知ってるぜ。率先して国を護るはずの勇者が実は利己的で最低な腰ぬけだったってな」
「親父はそんなんじゃない!」
一流冒険者たちが束になっても敵わない、最難関のダンジョンボスや秘境の魔物なんかを一度でも倒した経験のある「勇者」や「英雄」や「聖人」なんて称号を得ている超一流冒険者は、その時代世界に多くても十指しか存在しない英傑。
称号を賭けた挑戦試合も珍しくなく、称号者がそれに負ければ即落ちして入れ替わる激しい一面もある。
五年前、その一人がろくろく理由も明かさないままあっさり勇者を辞めた。
――それが親父だ。
五年前、突然の勇者ジェード・ラルークスの辞職は世界に衝撃を与えた。
親父は辞職に関して一身上の都合としただけで一切コメントをしなかったから、結局はそれまで稼いだ金のためとか、まだ見ぬ高位の魔物に怖気付いたからだとか、心ない憶測が飛び交った。
実際、世界には超一流冒険者の腕でも倒せるかわからないような得体の知れない強さの魔物が確認されているという。
それまでは俺を連れて仲間と放浪の旅をしていた親父が勇者を辞めて一門を破門になって俺と住み付いた場所が、王都から遥か離れた山間の魔物が出ない「魔物の空白地帯」と言われる地だったのも、失望やそこから転じた悪意を増長させた。
その矛先は勇者の生家であるラルークス一門にも向けられて、当時はえげつない噂や謂れのない嫌がらせを受けたらしい。
一門の評判はガタ落ちで、一時はってか三年間くらいは王都での肩身も狭かったって言う話だし、一門の解散も囁かれたんだとか。今はすっかり回復したようだがな。
だからダイスは特に世間の人々以上に口さがないんだと思う。
親父はただ、空気の綺麗な場所だったから俺の療養には打って付けだってそこに決めただけなのに。
そう、親父の辞職は俺の大怪我のせいだ。
俺も何も知らない立場の人間だったら、ダイスみたいに後ろ指を差していたかもしれない。
されど俺は紛れもなく勇者ジェード・ラルークスの息子で、親父がそんな人間じゃないのはよくわかっている。
悪口に甘んじて堪るか。
だって全部俺のためだ。
「腰抜けの息子ならちまちまアイテム漁ってても仕方がないか。ところでイド、今日は結構稼いだんだろ? 少しオレたちにも分けてくれよ?」
ダイスが嗜虐に口元を歪めるや、俺の腹に強烈なひざ蹴りを入れてきた。
俺の胸当ては心臓のある胸部を護るためのものなので腹部は網羅されていない。上半身全体を防御するのが欲しかったが買えなかったんだからしょうがない。
「ぐぅっ……!」
胃を圧迫され無様に吐いた。折角食べた夕食が道端の汚物と化す。
「うっわきったねえ。ハハハさっさと金出しとけばよかったんだぜ、イド?」
「坊ちゃん、どうせなら全部吐き出させてやりましょうぜ」
「ああ、いいなそれ」
ゲラゲラとせせら笑う三人は次々と蹴りや拳を繰り出し、とうとう吐く物がなくなって蹲ってゴホゴホと咳き込んでいる俺の腰から、ダイスが小さな袋を奪い取った。財布代わりの巾着だ。
「か……かえ、せ……ッ」
よろめきながらも立ち上がって、巾着を持つダイスへと掴みかかるも簡単に突き飛ばされる。諦めずに立ち上がり殴りかかるが、吐いた直後で力も出ず難なく避けられ逆に殴られた。武器の棍棒はとっくに汚物に塗れて路端に転がっている。
「……返せっ」
それはただのお金じゃない。
その中にはソルさんの思いやりも詰まってる。
猛烈な気分の悪さを押し殺し、ふらつきながらも突進するとダイスの腰巾着の一人に拳が当たった。
「いって……、てんめえええッ! 弱えくせにしつけーんだよ!」
ブチ切れたそいつからの蹴りが続き、俺の巾着を指で回すダイスはもう一人とせせら笑いながら傍で見ている。
「――おいっそこで何をやってる!」
そんな時だ。夜半の巡回か、正義感の強い通行人か、第三者の怒声で三人は揃って振り返って慌てた。
「や、やべえっ誰か人が来るって!」
「逃げないと駄目そうですよ坊ちゃん」
「だな。イド、これはもらってくぜ。くれぐれもチクんなよ!」
路地に伏す俺を置いて三人はそそくさと逃げ出した。
遠ざかる足音を聞きながら、俺は切れた口の中に躊躇せずに奥歯を噛みしめる。
通り掛かったのは千鳥足の酔っぱらいで、俺たちの気配に興味を引かれ単に大声を出しただけのようだったが天の助けだった。ただ、体を起こしてお礼を言う前にその人はふらつきながらどこかへ歩いて行ってしまった。
武器を拾い、痛む体を引き摺って苦労して半地下の借家に帰った時には真夜中になっていた。
初級治癒魔法を使う気力も体力もなく、僅かにストックしてある回復グミや小瓶に入った回復薬を使うのも勿体なくて、自然治癒に任せるに留めた。
吐しゃ物が跳ねた一式を脱ぎ、家の裏手の井戸で棍棒を洗って頭から水を被って体の汚れを落とすと、髪もろくに拭かずに薄っぺらいベッドに倒れ込む。
自然、細い溜息が零れた。
俺は弱い。
ダイスたちに殴り合いで勝てないくらいに。
彼らは冒険者としてレベルが俺より幾つも上なのだしそれは当然だ。レベルが一つ違うだけでも身体強度に差が出てくるのが冒険者の常だ。
だが、俺は弱い、それは揺るぎない事実。
親父は勇者を辞めた。
それも事実。
今はしがない農夫をやっている親父は、実家じゃ一日履いた靴下を寝ている俺の鼻の上に乗せてきたり、庭先に落とし穴を掘って俺を落としたりと、全く以て意味不明な悪戯を日々仕掛けてくる。
正直に言うと、勇者を辞めてからの親父とはろくな思い出がなかった。
テキトーが服を着て歩いているような親父を
どうせ同姓同名とか思われていた。
「……それでも、何も知らない奴らが親父を侮辱するなっ、何も、知らない、くせに……っ」
ぐきゅるううぅーと腹の虫が鳴いた。
「……すいません、ソルさん……」
渡された全額を失い、折角の厚意も無駄にしてしまった。
じくじくジンジンと痛む傷。
だが心の方が何倍も痛んで、俺は
「――ホンット何なのよ! 三日前に補充したばっかりなのに。こんなに早くごっそり無くなってたですって!? 一体全体どこのどいつの仕業なの!? ここ
やや遅い時間の勇者の食堂では、とある少女が一人怒りの雄叫びを上げていた。
金髪ツインテールの少女だ。
朝はパンパンだった背負い鞄には今は何一つ入っておらずぺしゃんこで、隣の椅子の上でコンパクトに畳まれている。
ドンッと店の木製テーブルを割りかねない勢いで拳を打ち下ろした少女は、一瞬周囲の注目を浴びた。しかし頓着せずに目の前に座る二人の同僚へと先程から延々くだを巻いている。
「えっとぉ~、落ち着いてカレンちゃん。今日の荷物は何も問題なく全部捌いて来れたんでしょお~? 普通は二日三日かかる上級者用のあの量を今日一日でこなすなんて凄いよお。新記録樹立に酔いしれたっていいんだよお~?」
「そうそ。うちらだって全部を見て回ったわけじゃないし、下級者用の方は明日またうちらで全部埋めとくからさ。だからほら怒らなーい。可愛い顔が台無しだよ」
仕事仲間でもあり時には共闘者でもある女性二人から宥められ、カレンと呼ばれた少女は据わった目付きのまま「ふううーっ」と怒りの熱い息を吐いた。
「犯人め、ホント見つけたらただじゃおかないわ!」
大
「こらこらカレン店内では静かにしな。出禁食らってもいいのかい?」
「どうどう、カレンちゃん落ち着いて~?」
「あたしは暴れ馬じゃなあああーい!」
向かいの二人に噛みついていたカレンは、しかし何を思ったか、ふと成熟している二人の胸元に目を留めた。
「……リリアナのおっぱいずるい、あたしと二つしか年違わないのにその成長ぶり……! 何処でそんな栄養摂ってんのよ~っ。あと二年であたしの寂しいおっぱいもそこまでなる……わけないじゃないいい~っ!」
可愛らしい少女の口からの堂々としたおっぱい連呼とその悩みが放たれて、一日の労働を終え楽しく食事をしていた店内の客たちは噴き出し咳き込みざわついた。店内の大半が男性客だった。
「アシュリーのパイパイだってどうやったらそこまで大きく育つのよ~っ! 秘伝のたれでも塗ってるなら教えなさいよっ、うううっうう~っ」
テーブルに突っ伏して今度はさめざめと泣き始めるカレンに、向かって左の席の可愛いボインちゃん――リリアナは、居心地悪そうに店内を盗み見た。
癖の強い薄青の髪は短く軽めにカットされ白いうなじが見えている。
垂れ目で左目に泣き
向かって右の豊満ボディの褐色肌の美女――アシュリーは、長い黒髪を編み込んだドレッドヘアーが南国ダンサーのような艶かしい雰囲気だ。二十歳を超えているからか大人の色気がある。
胸の上で腕を組み「困ったちゃんだわね」と正面のカレンを見やる。
「うう~腕に締めつけられたお胸が苦しそうよ~」
顔を上げたカレンが恨めしそうに言うとアシュリーは苦笑した。
「カレン、そんなに乳がでかくなりたきゃ手っ取り早い方法教えたげるよ」
色っぽく髪を掻き上げるアシュリーの言葉にぴくりと耳を動かしたカレンは、勢いよく身を乗り出した。
「なになになになになっにっ!?」
「ごにょごにょごにょごにょごにょ」
「へ……?」
耳打ちしてもらったカレンは初めキョトンとして、次には言われている内容を理解して酷く動揺した。
「なななな何言ってんのよ無理無理無理無理!」
手を振り回したその弾みで木製のジョッキをうっかりどこかへ飛ばした。
リリアナとアシュリーは「あ」と呟き軌跡を途中まで目で追ったが、揃って見なかった事にした。出所のわからない
一方そんな事にも気付かずにカレンはそのまま穴のあいたゴムボールのようにふしゅ~っとテーブルに打つ伏して撃沈。へろ~んとなった。真っ赤な顔で終いにはうんうん唸っている。
「え、カレンちゃん大丈夫!?」
「これは完全酔いが回ってるね。カレンの飲み物……ジュースなのに」
「全くもう~アシュリーちゃんのせいだよお~? 刺激の強い事言うからあ~」
「いやー悪い悪い。面白くてつい調子に乗っちゃったよ。起きるまで待つしかないみたいだねこりゃ」
「……反省してないでしょーもおお~」
「はいはーい起きたら謝るからさ!」
半眼になるショートのおっとり美少女リリアナに、アシュリーは全く悪びれた様子もなくからっとした笑いを浮かべ、ぺろりと小さく舌を出した。
その時だ、とある男たちの会話が二人の耳に入ってきた。
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