8 ダンジョンに巣食う恐るべき無機物たち
索敵をかけても傍に魔物の影はなく、安心って程の安心はできないまでも少しは落ち着いた俺は荷物を脇に下ろして壁に寄り掛かっていた。カレンも似たような感じで寄り掛かって腕を組んで目を閉じている。
カレンとはろくな会話もしないで無為に時を過ごした。何か話していた方が気が楽なんて時もあるが、今は静かな時間が欲しかった。色々と頭の中を整理したかったからだ。
「イド? ボーッとして、疲れた?」
「少し……。俺のせいでこんなことになって悪い」
「ホントにね…………ってちょっとちょっと冗談よっ、そんな切ない顔しないでよ!」
「今は冗談も真に受けるんだよ。はあー、まだ上は賑やかそうだな」
上階での人の動きは活発だ。だから俺たちはここから移動できないでいた。ギルド職員の他に野次馬の冒険者たちが存外多かったとは後で聞いた話だ。
「なあカレン、今更だがあの時顔を見られた可能性は低いし、何食わぬ顔で他の人たちに紛れて出たら良かったんじゃ――いっ!?」
かなり激しく睨まれたよ。カレンも冷静になって薄らそう思っていたのかもな。もう突っ込むまい。
またしばらく無為に時間が過ぎた頃、懐中時計を確認したカレンがちょっとイライラしたように拳で壁を打った。
「ああもう鐘鳴っちゃうじゃないの」
そうか、もうそんな時間になるのか。
「この分だと閉場の鐘には間に合わないからあたしたち強制転送されるわよ。初めてだからちょっと緊張するわ」
「強制転送……」
ごくりと唾を呑みこむ。その後で何を科されるのかは知らないが気が重くなる。
「はあぁ、やっぱ全面的に俺のせいだろ……」
「あのねえ、いじけてないでよ」
辛気臭い顔をした奴なんかといるのは嫌だからなのか、カレンは肩を落とす俺の肩をペシッと軽く叱咤するように叩いてきた。いたた、ちょっと力加減間違ってるよ。
と、その時鐘が鳴り始めた。地上階に近い所にいる冒険者はこの鐘が鳴り終わるまでに急いで出ようとするだろう。しかし俺たちは混雑するだろう出入口には行かない選択をした。勿論公共物破損なんていう大変後ろめたいやらかしがあるせいだ。
俺もカレンも緊張する中でとうとう鐘が鳴り終わった。
鐘が鳴る前同様にしんと静まり返る。
冒険者はその日の鐘が鳴り終わるまでにダンジョンを出るよう推奨されているが、鐘が鳴り終わっても一応は猶予時間ってのがある。一定数うっかりさんがいるためだ。
「猶予時間はもう終わりね。そろそろ強制転送が来るんじゃないかしら」
「え、ああ、わかった」
気を引き締める。互いに無意識に身を寄せていたのか肩が触れ合ったが、近さなんて意識している気持ちの余裕もない。心なし力んで身構える俺は、息を殺して耳を欹てじっと動かないままでいて――……十五分くらいは経った。
「なあカレン、転送されなくないか?」
「そうね。どうしたのかしら」
俺たちは顔を見合わせ、昼も夜も明るさの変わらないダンジョン内を今度はぐるりと見回した。
本来なら強制的に外の広場まで転送された挙句、居残っていたとしてペナルティーが与えられる。ペナルティーだなんてどうしてそう厳しいのかは知らないが、ギルドから目を付けられる厄介は御免だと皆普通はきちんと時間を見てダンジョンを出る。これまでも俺たちだって律儀にそうしていた。
「あ、もしかして転送漏れ、とかか?」
魔法制約に雁字搦めにされているようなこのダンジョンで、そんな不都合が起きるかはわからない。だがそう考えるしかない状況だ。
「もしそうならさ、明日の朝何食わぬ顔で出てけばペナルティーは食らわないんじゃないか?」
「……悪知恵が働くわね。駄目よ出入の記録は残っているはずだもの。後で詳しく調べられでもしたらバレるわ」
半眼を向けてきたものの、カレンは別の懸念があるのかあっさり流した。
「ねえイド、前にマスターから、閉場後はなるべくならダンジョンに入らない方がいいって言われたことがあるの」
「何だそりゃ? なるべくなら? 社訓じゃ閉場後は禁止ってなってるのに、実質的には意外と社訓通りじゃあないってわけか。っていうか閉場後も入れるんだ?」
「許可さえ取ればね」
「へえ」
「社訓にもそうあるのに、一体どうしてマスターはなるべくならなんてそんなことを言ったんだと思う?」
「うーん普通に考えてメンテナンスがあるから邪魔になるとかじゃないか?」
「あたしも真っ先にそう思ったけど、でも……」
そう言ったカレンは両腕で自身を摩って薄気味悪そうに辺りを窺い始めた。
「カレン?」
「……な、何か変な音しない?」
「変な音? 別に何も聞こえないぞ?」
「そ、そう」
ダンジョン内は俺たち以外の冒険者がいないようにしんとして、実際に人の気配というものが全く感じられなかった。カレンが妙な事を言うし、静けさが精神をなだらかに落ち着けるどころか、逆に神経を鋭く研ぎ澄まされていくようで、ぶるりと背筋が震えた。
「す、少し歩いてみようぜ」
やや虚勢を張った俺の提案に同意したカレンは、案外静寂が苦手なのかもしれない。おっかなびっくりといった風に歩き出す。
予想はしていたが、しばらく歩いても俺たち以外の冒険者とは遠目にも出会わなかった。
――そして、魔物とも。
索敵を掛けても一匹たりとも引っ掛からない。まるでどこか秘密の巣穴の奥で息を潜めてでもいるように見当たらないのだ。
「……なんか、おかしくないか?」
心の中で思っていた疑念をようやく声に乗せた俺の言葉を聞いているのかいないのか、カレンはいきなり立ち止まった。
チラリと視線をやると、その横顔は俺が思いもしないくらいに蒼白だ。
「……カレン?」
「……ない」
「え?」
「――宝箱が、ない」
「は? どういうこ――」
俺は言葉を途中で呑み込んだ。
彼女が言わんとしている事がわかったからだ。
このダンジョン通路は俺もよく通っているから知っている。
そうだ、確かこの辺りに一つ宝箱があったはずだ。
しかしどこを見ても、少し離れた場所にも、見慣れた黄白色の箱は見当たらなかった。
近くも見回ったが、あるはずの宝箱はどこにもない。
「どういう、ことだよ……? 宝箱ごと誰かが持っていったのか?」
いや、そんな物好きがいるだろうか。
それに、誰かが運び出したというよりは「これじゃあまるで宝箱が勝手に……」なんて独りごちる俺の耳に、不可解な音が聞こえた。
ゴリゴリ、ズズズ、ドンドンズズズザザザザ……。
「何だ?」
「こ、この音よ。ささささっき聞こえてた音って」
俺よりも断然耳が良いらしいカレンが張り詰めた表情で音の出所を凝視している。俺も倣うようにそっちを見やって、思わず大きく口を開けていた。
「……は?」
呆けて間抜けな声。現実を認められない心境からそんな声しか出てこなかった。
カレンに至っては怖がっていたのが嘘のように目を点にしている。
通路の奥から近づいてくるそれは、いやそれらは、一応は列をなし統率の取れた集団のように見えた。狼や犬の群れのようだと言われればそう見えなくもない。
「な……な……っ」
ただ、それらが――生き物であれば。
「何で宝箱が動いてんのおおおっ!?」
「シーッ! シーッ! この大馬鹿ッ大きな声出さないで!」
器用に小声で怒るカレンだったが、その配慮も空しくピンと耳を立てた狼のように、動ける宝箱の集団はピタッと前進を止めた。
「あああたぶんだけどちょっとこっちに気付いちゃったじゃない! どうするのよどうするのよどうするのよーッっていうかアレ何なのよーーーーッ!!」
「俺にわかるかよッ! ミミックとかじゃないか!?」
「ミミックがあの数で集団行動するなんて聞いたことないし、そもそも下級ダンジョンの方にはいないわよ!」
「でもイレギュラーだって地下1階に出ただろ!」
「あれは通常種がいてこそ出るのよ! 元々こっちにいない種は出ないわよ!」
「そんなのわかんないだろ……って今はとにかくッ」
「逃げるが勝ちよね!」
俺たちは回れ右で猛ダッシュした。
背中を向けて逃げられると狩りの本能が刺激でもされるのか、宝箱たちも一斉に動き出した。明らかに俺たちを追ってきている。
しかも一流冒険者顔負けの身体(と言っていいのか)能力の高さを有していた。
「ぎゃーーーーッ! 何だアレ何だアレ何だよアレえええッ、すっげスピードっつか跳躍力なんですけどおおおおーッ! 追い付かれるうううううーーーーッッ!」
「いやあああっイドオオオオオーーーーッ!!」
俺は無念にも、捕まった。
「ちょっと、ほら、もう泣かないでよ、男でしょ!」
「ぶええ、ぐすっ、男でも女でも関係ねえよこんなのッ! だって俺実際に食べられたんだぞ!? 嬉しくもねえ初体験だったんだぞ! あんなの、正気でいられるかあああッ!」
「あれは食べられたって言わないでしょ。涎だって付いてないし、消化液だってかかってないじゃない。宝箱は生物じゃないんだし何かを食べたりしないわよ」
「じゃあ俺が経験したのは何だよ!? 怖ろしい跳躍と共にのしかかられて死ぬかと思ったし、その上バックンバックンパクつかれて蓋と本体に挟まれたんだぞ!? あれはどう見たって宝箱に食べられるって表現していいだろ! あのまま丸呑みされてたらと思うと俺……俺……っ、ポーションとかグミになんてなりたくないっ」
小さい子供でもないのに涙が止まらない。恥ずかしさと未だに抜けない恐怖がせめぎ合っている。プライド? 男の意地? そんなものもう気にしない。今だけは思い切り泣かせてくれ……。
俺たちは今現在、依然閉場時間中の下級ダンジョンにいた。
しかもさほど広くもない通路の真ん中にいる俺たちをぐるりと取り囲むようにして、宝箱たちがましましている。
カレンはどこか申し訳なさそうに一度周りを見回してボソリと見解を述べた。
「さっきのはおそらく、宝箱に中身がなかったからよ。未補充だったから中身を欲したんじゃないかしら」
すると言葉を解するのか宝箱たちが「そのとおーり!」とでも言うように一斉にカパッと大口を開けた。
「ひいいいっ!」
蓋に鋭い歯が付いていないのがかえってシュールだった。パペット人形の口とか可愛らしいものじゃなく、歯のないご老人の口を彷彿とさせる……。
「大丈夫よイド。アイテムの素の残りの手持ちを全部入れてあげて、もうこっちの手元にはないってわかったら大人しくなったでしょ? 入れてあげたのは満足して去ってったし、きっともう跳びかかって来ないわよ」
「わ、わかんないだろそんなの」
体を竦ませる俺とは裏腹に、カレンは扱いがわかった途端にケロリとしてしまった。さっきまでは成仏していない幽霊でも出ると思って戦々恐々としていたらしい。ここには骸骨姿のアンデッドが出るがそいつらは平気なんだよな。幽霊も魔物も別なくほぼほぼ同じだろって思う俺からするとつくづく不思議だ。
ってかさ、動いて飛び掛かってくる宝箱の方が不可解過ぎて怖いだろ!
俺を咥えた宝箱は、俺がアイテムの素を持っていないのと、俺自体を異物とでも判断したのかペッと吐き出した。荷物より命って社訓に則って寸前で荷を放棄したのが良かったのかもしれない。
ただ気になるのは仮に完全に呑まれたら宝箱に単に閉じ込められるだけなのか、それとも俺もアイテムにされてしまうのかどうなのかだ。正直知りたいが試したいとは微塵も思わない。
「こ、これから一晩どうするよカレンさん?」
「そうねえ……囲まれてるしここにいるしかないんじゃないの?」
「げええええーッ!? そんな……っ、ここはペナルティーに甘んじても早く出よう! 是非ともそうしようカレン! いやカレン様!」
「……。……あ、イド」
俺が帰りたいオーラを放出しまくっていたからか、もしゃもしゃっと背後で音がした。何かに冒険者マントの端を引っ張られる感覚に振り返れば、一個の宝箱が食い付いていた。
「ぎゃーーーーッ! マントがあああああーーーーッッ!!」
もしゃもしゃもしゃっと裾を蓋と本体部分で挟み込みながら、僅かに全身を上下に跳ねさせる。
「あらもしかして、イドに帰るなって言ってるの?」
するとデジャブか、関係のない周りの宝箱たちまでが「そのとおーり!」とでも言うように一斉にカパッと口を開いて、バックンバックンやり出した。
そして、何故か俺目掛けての、跳躍。これがモフモフわんこたちなら良かったのにな。
俺は刹那、夢の世界に旅立っていた。
「……よくわからないけど、イドったら宝箱に好かれる体質なのかしら」
カレンが困惑の中にどこか羨望を滲ませた。
「あはは、はは、裏方仕事って本来はものすごく危険で恐ろしいものだったんだな……」
短時間で二度も宝箱に泣かされた俺は、現在かつてないほど精神衛生の宜しくない顔つきでカレンの横をトボトボと歩いていた。
そんな俺の後ろには望んでもないのにぞろぞろと宝箱が列をなして付いてくる。監視されている……のか!? まあ、今は深く考えないでおこう。
「何で付いてくるんだよ。明日必ずアイテムの素を持ってくるから大人しく持ち場に帰ってくれよ……」
細い声で頼むも、そもそも俺の懇願なんて知ったこっちゃないのか、宝箱たちは上機嫌に口をパクパクさせている。こいつらが犬ならブンブンと尻尾を振っていたに違いない。
無機物の意思なんて察したためしがないから、宝箱が俺に何を望んでいるのかは毛程もわからないが。
「ねえもしかしてこの宝箱たちあなたと友達になりたいんじゃないの?」
「……ぇ?」
「だから友達に」
「――え?」
「友だ」
「ええええ?」
「ちょっと何なのよその反抗的な態度」
「ハハハだって見当違いも甚だしいだろ。カレンはさ、友達を食おうとするのか?」
カレンは肩越しに視線をやった。
バクバク、バックンバックン、パカッ。
「…………。食べないけど、でもこの子たちは違うでしょ」
「この子たち!? この子たちいいいっ!? カレンは慈母か? 心優しいお母様なのですか!?」
最早俺は完全人格崩壊している。度重なる濃すぎる恐怖とは……人を変える。
「ああもういい加減にして。取り乱し過ぎよ。いい? 今のあたしたちにとって重要なのは少しでも早く事務所の皆と連絡を取ることと大穴の諸々がどうなるか知ることよ。大体、宝箱相手に仕事をするのに、最重要取引相手とも言える宝箱を怖がってどうするの」
「それは……」
「これは確信だけど、この子たちは閉場時にだけこうして動くのよ。だからマスターはこの時間帯はやめた方がいい的な事を言ってたんだわ。補充対象が移動してたら捜すのが手間だもの。効率悪過ぎでしょ」
そこは同感だ。カレンは小さく嘆息する。
「あなたのその様子だと開場時で動かない時でもビクビクして仕事に支障を来しそうだわ。あたしだって挟まれたら嫌だけど、必要以上に怖がることもないと思うわよ、この子たち」
「……まあ、そうかもしれないけどさー、何か俺にだけボディアタック的な接触してくるだろ、こいつら」
「好かれてるからでしょ?」
「いやいやいやまさか?」
「そう思うけど」
「イヤだーっ!」
どっと疲れた心地で頭を掻きむしるしかなかった。
「……俺無機物から好かれたのは初めてだよ」
「あたしもそういう人って初めて見たわね。もしかして何かレアなスキルなんじゃないの? 今度ギルド本部で詳しく調べてもらったらどう?」
「…………」
本気で俺の珍しいスキルを期待するような眼差しのカレン。
他人事認識なのは仕方がないにしても、面白がっている節がある。
と、すぐ後ろにいた宝箱が俺のマントの裾をまたもしゃった。
「…………」
「もしかしてとんでもない好感度のスキルとか調教の素質があるとかかしらね?」
「ハハハハハさあな」
好感度はないだろ。何しろ会って間もないカレンには飛び蹴りを食らった。従兄のダイスには目の敵にされている。友情交渉は一度たりとも成功しない。
無自覚無神経なカレンと共に様子見も兼ねて上階へと向かう俺は、しばらく凪いだ海のような大らかな面持ちで歩き続けた。
諦めってやつだ。
階を上って行く間に一つまた一つと宝箱はどこかに姿を消していき、地下1階の大穴近くに至る頃には、一つも付いて来なくなっていた。
「あいつらって人間の気配に敏感なのかもな。……ところでどうするカレン、出てくか?」
地下通路の曲がり角の向こうをおっかなびっくり覗く俺が意見を仰げば、彼女は数秒考えるように目を伏せてから俺と同じように角の向こうを覗き見た。
通路のやや向こう、ギルド事務所の明かりが射し込む大穴の下には、人が集まっている。腕章が見えるからギルド職員たちだ。夜通しで現場を管理する必要があるんだろう。それを目の当たりにすればより一層罪悪感に苛まれた。
「今出ていくの正直微妙よね……って、あら? マスターもいるわよ」
「ウォリアーノさんが? まさか俺たちが犯人だってもうバレて、社長だからってここまで連行されて来たんじゃ……」
「それはなくもないわね。こうなったらもう腹を括って出て行く方が自首したって思われて無難かしら」
「あ、ああそうかも」
「たぶん、そんなに悲観しなくても大丈夫よ」
青くなる俺を宥めるようにポンと背中を叩いてくれるカレン。いやいや気遣いは有難いが大丈夫じゃないって……とは言えず、へにょりと音がしそうな情けない半笑いを浮かべるしかできなかった。
「じゃあ行くわよ」
「ああ」
ほぼ同時に陰から姿を見せて人の集まる大穴の方へと走り出す。
執事や家令のお仕着せに似た通常業務のかっちりした制服とは異なる、丈長のコートのような見慣れない制服を纏ったギルド職員たちは、ダンジョン奥から現れた俺たちに警戒感を露わにした。
しかし正体に気付いたウォリアーノさんが「あの二人はうちの者ですよ」と言って警戒を解かせた。
「マスター!」
「ウォリアーノさーん!」
駆け付けた俺たちを見て彼は両目を優しげに細める。
「良かった。帰って来ないから何かあったのかと心配していたんだよ。どこも何ともなさそうでホッとしたよ。でも二人共どうやってここに?」
「どうやってって……普通に入って今までずっと下の階にいたんですが」
「あたしたち強制転送漏れみたいで取り残されてたのよ」
嘘偽りのない俺たちの説明にウォリアーノさんは怪訝にする。
「強制転送から、漏れただって……?」
彼だけじゃなくギルド職員たちも心底驚いた顔をした。有り得ない、なんて呟きも聞こえてきた。
え、有り得ないのか? 俺たちがここにいるのはじゃあ何でだよってなる。
「転送漏れなんて、そんな例は今まで一度も……」
「ウォリアーノ殿、もしやこの大穴が不具合を引き起こしたのでしょうか。であれば朝に間に合うように修復した方がいいかと」
職員の中の一人が懸念を口にしてウォリアーノさんは困惑顔で顎を撫でた。
「うーん、それは詳しく調べてみないことにはわからないけれど、早く直すに越したことはないね。けれどそうなるとこの子たちの他にも取り残された冒険者がいるかもしれないから、一度巡回魔法で調べてからにしよう。……万一ここの秘密が知られて広まるのは我々としても看過できないからね」
ここの秘密。
俺もカレンもピンときた。いやきてしまった。
「あの、それって動く宝箱の……?」
「……もう二人共見たのかい?」
「はい」
「ええ」
「喰われかけました。ハハハ宝箱って凶暴ですよね……」
「だからあれは食べようとしたんじゃなくて、ジャレ付いてきてたのよきっと」
ウォリアーノさんは「それはまた……」と丸眼鏡の奥で目を丸くしてから、次にしげしげと俺たちを見つめる。
「実は宝箱たちが人前に姿を見せるなんて滅多にないんだよ。普段から警戒心丸出しで行動しているらしいからね。その上で近くに寄って来られたなんて興味深い事例だね」
ギルド職員たちも頷いている。
え、そうなの?
本当にそうなの~?
いやいやいやーだって俺たち散々くっ付いて来られたんですが?
走って逃げようものなら俺以上のスピードの跳躍を見せて集団で圧し掛かられました、が?
無意味にパク付かれました、しっ?
死ぬかと思いました、よっ!?
両目が思い切り不信に満ちる俺を煩わしく思ったのか、カレンがわざと押し退けるようにして前に出る。
「マスターはこの穴の責任を問われてここにいるの?」
カレンも宝箱人嫌い説には「嘘だあ」みたいな顔をしていたくせに、とりあえず流して話を進めるつもりらしい。するとウォリアーノさんは全く予想外の言葉を言われたように瞬いた。
「んん? どうして私が責任を問われるんだい? ここにはダンジョン修繕の現場監督を任されて来たんだよ。こう見えても私は魔法メインの冒険者だからね。秘密を知っていて修復確認もできる人間ということで、白羽の矢が立ったのさ」
「えっウォリアーノさんは魔法系の冒険者なんですか!?」
「そうだよ。あれ? 言ってなかったかい?」
そう言われてみれば彼はどう控えめに見ても筋力でごり押しタイプの冒険者には見えない。
もちろんレベルに見合った基礎的な身体能力は有しているだろうが。……脱いだら凄いんです、かはわからない。
ただ、ブンブン武器を振り回して敵を薙ぎ倒していくよりは、巧みな頭脳労働を得意とし優れた魔法で敵を屠る冒険者という印象の方が確かに強かった。
俺もカレンも平均的に魔法も武器も使うタイプだが、魔法系は魔法能力がずば抜けて高いので、パーティーを組む時は引く手数多なんだとか。
「因みにここに居る彼らは専門の修繕師たちだよ。日々の点検や補修もこなしているダンジョン設備関係のエキスパートだ。彼らの力を以てすれば開場の鐘までには直せるだろう」
「それは心強いわね」
「そんなに早く!? す、凄いですね!」
ダンジョン運営に支障はないとわかり救われた心地の俺は涙ぐんだ。今日は無機物たちのおかげで涙腺が相当緩んでいる。修繕師たちは優秀な技術者であり職人なんだろう。
俺たちとは違った裏方仕事に従事する人間ももちろんいるとは知っていたものの実際こうして会うのは初めてだ。親近感も湧くし自分が元凶なだけに感謝も感激も感慨もひとしおだった。
修繕師たちは「私共は作業に取り掛かりますので」とウォリアーノさんに軽く頭を下げてこの場を離れた。
初めに強制転送漏れ者のチェックをするようで、すぐに探査系の何らかの魔法が放たれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます