9 カレンの励まし、親父の迷惑
「ねえマスター。この穴のせいで怪我をした人はいるの?」
「それが、不幸中の幸いでね、誰もいなかったんだよ」
作業を横目にカレンが問うた内容は俺が密かに最も知りたかった回答を齎した。
誰も怪我をしなかった。それは素直に僥倖以外の何物でもない。
「良かったわねイド」
「ああ……本当に……」
ダンジョンの壁や天井は壊しても何度も造り直せるが、人の命はそうもいかない。
俺は本当に人的被害がなくて良かったと心の底からこの現実に感謝した。
そこがわかっただけでもだいぶ気持ちが軽くなった。
ウォリアーノさんは慰めるカレンと安堵する俺の様子を不思議そうな目で見ている。俺は正直に真実を言わなければならないと改めて彼に向き直った。
「ウォリアーノさん。あの、俺……すみません!」
「イド君?」
「て、天井壊したの……俺なんです!」
「え? 君が?」
俺の謝罪の声が聞こえたのか、修繕師たちが一瞬手を止めこっちを見た。
ウォリアーノさんの声には僅かな戸惑いが含まれていて、真偽を問うような視線がカレンに向けられる。
「本当なのよマスター。だから帰るに帰れなくてダンジョンに留まってたんだけど、ダンジョンが自分を壊した相手を帰すものかーって怒ったのかもしれないわね。だから見事に強制転送から弾かれちゃったのかも」
「なるほど。これはそういうわけか……」
ウォリアーノさんは顎に手を添え考え込むように半目を伏せる。
「ちち因みにー……そ、損害賠償は確実ですよね? 金額は想像もできないですが……」
貧乏な俺は一生タダ働き? いやその前に大事な国営ダンジョンを壊したかどで牢屋に入れられるかもしれないし、最悪王都追放もあり得る……? ど、どうしようここを追放されたら行く場所なんてない。
親父の居る田舎の家に帰るのだけは絶対に御免だ。
……親父から謝って来るまでは、俺からは帰らない。
家出したとは言え冒険者を目指す俺が王都に潜伏する事くらいはお見通しだろうし、親父がその気になれば意思伝達手段なんていくらでもあるのに未だに音沙汰がないのは、向こうにも謝る気がないからだよな。だから余計に腹が立つ。俺からは折れてなんてやらないんだ。
「ちょっとイド、大丈夫その顔色?」
「い、いや大丈夫。ははは」
「……大丈夫じゃないみたいね。あのね、あなたじゃなくてこの場合あたしの監督不行き届きで、あたしの方が責任重いのよ。落ち込むのは自由だけどあたしよりも重度に落ち込む必要ないの!」
「いやそれは無理やりな論理……」
「ああもう情けないわね顔上げて胸を張って! 人を助けようとした結果でしょ!」
「カレン……」
行くなって止めたのに、本当は理解してくれてたんだな。
そうだよ、彼女は結局助けに入ってくれたじゃないか。
「イドは人を助けるために行動した結果こうなったの。そういうわけだからマスター、情状酌量の余地はあると思うわ。逆にあたしはそんなイドを見放そうとしたの。だからあたしの方が重い罰を受けるべきね」
カレンが目に使命感にも似た強い炎を宿す。
「イドを責めないで。そもそも――地下1階にレベル15のイレギュラーが出たのが全ての始まりだと思うわ」
地下1階、レベル15、イレギュラーという言葉に、ウォリアーノさんだけじゃなく耳を傾けていたんだろう修繕師の皆も仰天したように息を呑んだ。
最初に下りる階層でそんな強敵が出てきたら冒険者が育たない。ギルドの方でもそうならないように管理しているはずなのだ。
「そいつとの戦闘の最中にイドの攻撃が天井直撃して崩落が起きたのよ」
カレンは続けながら、やや真剣な面持ちになった。
「それであたし今日初めて思い至ったんだけど、冒険者の攻撃で破壊されちゃうなら、魔物にも同等のことが出来るかもしれないって。しかも――物理障壁と魔法障壁の両方を一気に破壊できるような魔物、たとえば強力なイレギュラーが発生してもおかしくないと思うの」
ギルド管理下において
「今日のことはダンジョンの危機管理体制に一石を投じるいい前例になったと思うのよね。こんな件がなければあたしも考えなかったし、油断し続けるところだったわ。人の手は完璧じゃない。人災だって起き得るんだもの」
次第にあたかも演説が白熱するかのようにカレンの声音も段々と力が籠っていた。彼女はそれに気付いてか一度言葉を切って軽く深呼吸する。
今までのは全部、次の言葉を言いたかったがための前置きとでも言うように。
「――だからね、率直に言うと責任追及なんて不要だと思うの」
俺はポカンとした。
これはつまり俺を庇っての発言だ。しかしまあ無罪放免にしろって言うのは些かいや結構かなり大胆な主張だと思うんだが?
ここでどうしてかウォリアーノさんがくすくすと笑い出した。
「カレンの言いたいことはわかったよ。経緯もわかったし、もう心配しなくていい」
彼は笑いを少し抑えながらカレンの頭に大きな手をポンと置く。
「元よりギルドも私もこの件に関して責任の所在を明らかにするつもりはないよ」
「ホント!?」
「ああ、冒険者がうっかり施設の一部を破壊する事故はたまにあるし、ギルドの方でも想定している。それが今回はたまたま天井だったってだけだ。実際過去には上のダンジョンの方の壁面を貫通させてしまってね、塔の外から丸見えにした者もいたしね」
「ええっ初耳、そんな人もいたの!? 世の中わからないものだわ」
喜ぶカレンとは違って、柔和に微笑むウォリアーノさんを前に俺はどんな態度でいればいいのかわからず困った。俺の戸惑いを察してか、彼は気にしなくていいと小さく首を横に振る。
「まあ一部の頭の固いギルド幹部にはとっていい冷や水……ああいや、いい薬になったかな」
もしかして仕事を受注するにあたって、ギルドと多少の
「本当に心配はいらないから、ほらカレン眉間を寄せない。可愛い顔が台無しだ」
ウォリアーノさんはカレンの頭をいい子いい子と撫でている。
「もうっマスターってば! こんな時に子供扱いはやめてよね。そんな歳でもないのよ。十五よ十五」
カレンが不服そうに頬を膨らますと、ウォリアーノさんはキョトンとしてから苦笑した。
「ふふふっ、カレンももうそんなに大きくなっていたんだっけね。昔はこんな小さかったのに」
「マスターの馬鹿! あたしそんなにちっちゃくないわよ!」
自分の腰くらいの高さを掌で示すウォリアーノさんに、カレンは口を尖らせるも何だか呆れたように笑って腰に手を当てた。二人は親子みたいに仲が良い。
予想外の結末に安堵感に包まれる俺は、特殊な魔法によりじわじわと塞がっていく天井の穴を見上げながらぼんやりとそんな事を思った。
落下した瓦礫は天井が塞がる分だけ解ける氷のようにその形を小さくしていく。エネルギー保存の法則にも似たダンジョン材保存の法則かもしれない。
どうやら、幸いにも俺の懸念は懸念で終わりそうだった。
「あのウォリアーノさん、お咎めなしとは言え、ご迷惑をお掛けして本当にすみません! もしもギルドから何か言われた時は俺きちんと説明に出向きますから、だからその……とにかくすみませんでした!」
「マスターも大丈夫だって言ってるのに、イドって案外心配しいなのね。ダンジョン設備も消耗品のうちなのよってことでしょうに」
「まあまあカレン、彼の性格だとこれっぽっちも気にするなと言う方が難しいだろうに。それに何より何事も経験って言うしねえ」
尚も気にする俺の気の小ささに、カレンは呆れ、ウォリアーノさんはちょっと苦笑した。
「事情は把握したし、二人共もう帰りなさい。朝から出ずっぱりで疲れただろう。色々あったようだし二人の明日の仕事は休みにしようか」
「そんなの……。ま、まあそうよね。疲れたし、そういうことだから帰ってゆっくり休むのよイド」
カレンは一度反射的に反駁しようとしてから俺を見て口を閉じた。そしてゆっくりと呼吸を落ち着ける。
「え、でもいいんですか?」
「下級ダンジョンだし、一日補充しなくたって業務はほとんど滞らないわよ。それに元々はこんなみっちりじゃなくてもっとゆったり時間を取って回ってたし」
「え……、それって……」
カレンはえへっと確信犯の笑みを浮かべた。
「そ。あたしが勝手に荷物も時間も詰めに詰めてたのよ。ごめんなさいね?」
道理でハードだと思ってた……。
俺を少しでも早く慣れさせるためにそうしたんだろう。うんきっとそうだ。私怨じゃないよな…………たぶん。
「ところでマスター、帰るのは良いけど閉場後でも普通に出て行けるの?」
「ああ、問題はないよ。ここは閉場後に強制魔法が一度発動するだけで、実は入退場は通常状態と同じなんだよ。ただ開場時間中とは違って魔物は出なくなって宝箱が
「えっ!? あいつら魔物じゃないんですか!?」
「うーん、私も厳密には何なのかはわからないのだけれど、ダンジョンの床や天井なんかと同じ括りなのではないかと考えているよ」
あんなおっかないのが魔物じゃないなんて……おかしくないか!?
「ふーん、ダンジョンなのに冒険者向きじゃないってわけよね」
「そうだね。だからギルド側で入らないように規則を定めたわけなんだ。あとは冒険者たちに休息を促すためでもあったかな」
なるほどな。昼夜ぶっ通しでレベリングなんて体を壊し兼ねないもんな。夜には魔物が出なくなるなんてのも初めて知ったが、実際に一体たりとも遭遇しなかった。ダンジョンにはまだまだ秘密が一杯だ。
仕事の邪魔になってはいけないと、程なく俺とカレンはウォリアーノさんとその場にいた修繕師たちに感謝と挨拶を告げ深夜の帰路に就いた。
「今日は何だか色々あって疲れたわね。主に精神的に」
「だな……」
さすがは王都だけあって夜でも真っ暗にはならない大通り。
人通りはゼロじゃないが、歩いているのは恋人同士とか酔っぱらいだ。特に酔っぱらいには絡まれないように距離を取る。
カレンと他愛のない会話をしながら歩いていると、ふと、視線を感じた気がして足を止め横を向いた。
「……あ、れ?」
眠らない王都、そんな街路の向こうに、俺は一瞬佇むカヤを見た気がした。
まるで失くしていた半身を見つけたかのように歓喜が湧く。
だが掻き消えたのか最初からいなかったのか、瞬いた視線の先には誰もいなくて、カレンに呼び掛けられるまで不思議と寂しい心地に包まれていた。
事務所にはリリアナさんとアシュリーさんが残っていた。
帰らない俺たちを心配して二人も帰るに帰れなかったらしい。
俺は美女との触れ合いに二重の意味で動揺を来して「ななな何か知らないがごめんなさい帰ります!」と叫んで逃げるように事務所を後にした。カレンも二人からハグとキスって同じ事をされたのに睨んでくるとか理不尽だよな。全くさ、鼻の下が伸びたのは不可抗力だろ。
家に帰るとその夜はもう嫌な事も良い事も全部が全部夢に向かう心地よさに溶けて消えてどこかへ行ってしまった。
夢を見た。これが夢だってわかるから明晰夢って類いの夢を。
そこはさすがは夢なのか現実離れした場所で、白というかカヤの髪の毛みたいな白銀一色の世界だった。天も地も白銀で
登場人物は俺と幼馴染みのカヤ。
彼女は昼間見た成長した姿だった。何故か旅装のフードマントを羽織っている。
たださ、幼馴染みとは言うが、たった一度の邂逅をして幼馴染みとは普通言わないよな。だがそれでも俺たちは一般的なそれには当てはまらない幼馴染みだと俺は思う。
カヤは俺にとっては常に傍にいたような不思議な親しみを感じる相手なんだ。
だから、何年ぶりに会ったのに久しぶりだとは全く感じなかった。
カヤは靄の中、正面向こうに佇み喋らずじっと俺を見ている。昔も口数が少なく端的な物言いが多かったので喋らないのは気にしない。むしろそこは全然変わっていなくて安心した。
俺の夢だからそうであってほしいって願望がそうさせているだけかもしれないが。
一方で俺はここ五年滅多に夢に出て来なかったカヤの姿に素直に感動と驚きを胸にしつつも躊躇っていた。
訊いてもいいものか、と。
今までどうしていたのか、どうして目の前に現れたのか、どうして魔物を殺すななんて言ったのか、等々、疑問は山積みだ。だがそのどれもが後回しでいいほど何故だか一つの質問だけが胸にかかっている。
カヤは、魔物なのか?
……なんてストレートに訊いていいのかどうか。
昔はそんな差異を考えもしなかった。
しかし、今は違う。
人間にはおよそいない、カヤの赤い瞳もその一つ。
人型の魔物も世界には存在し、そう言う存在は総じて強い力を持っている。だとすれば昔カヤがたった一人で砂漠のダンジョンにいたのも頷ける。
ダンジョン生活は人間には過酷でも魔物になら楽々だ。
元来ダンジョンは魔物に優しくできている。
魔物を培養するなんて言ったらおかしな言い回しだが、俺の感覚的にはまさにそんな感じだ。
カヤ……カヤールという少女は見た目通りの子供じゃなかったんだろう。
「……五年もどこで何してたんだよ。音沙汰なかったのにさ」
ついつい拗ねたような不満が口を突いて出た。言ってしまってから自分の思慮のなさに内心頭を抱えたよ……ってまあ内心とは言えここがその内心の世界なんだが。きっとカヤにだって事情はあったはずだ。
幸い、カヤは気を悪くした様子もなくポツリと答えた。
「リスク回避のため、仕方なかった、です」
リスク?
……って言われても具体的に何のリスクなのかよくわからない。
「リスクって言うなら危なかったのはカヤの方だからな?」
自らの夢の中じゃ意味がないとは理解しているが、夢だとしてもその相手を目の前にしていたらついつい説教染みてしまった。
カヤは怪訝そうに小首を傾げた。
「今日のダンジョンでの話だよ。攻撃軌道上に現れるなんて自殺行為、二度としたら駄目だからな」
カヤは怒られている自覚がないのか、表情を変えず瞬いただけだった。
「別に危険はなかった、です、うちが攻撃を受けても、イドは大丈夫」
「俺? ……のことはいいんだよ。俺は大事なカヤが怪我したら嫌なんだ、わかる?」
「大事……」
カヤは何か温かい物でも懐に入れられたような、ほんわりとした柔らかい表情になった。
「うちも、イドが大事です。だから――」
赤い瞳が色を濃くした。
「――何があっても、魔物を殺さないで」
彼女は同じ事を言った。
「俺もそんなことはしたくないよ」
必要なら打ち負かすのはしても命を取るまではしたくないってのが本音だ。……昨日は危うかったが。
俺の言葉にカヤはどこかホッとしたように瞬いて光の加減なのか瞳の赤を少しだけ薄くすると嬉しそうに微笑んだ。
その繊細な笑みを見たら、直前までの疑問は愚問なんだって悟った。
改めて自問自答すれば、俺としてはカヤが何だろうと関係ないんだよな。
魔物でも何でもいいじゃないか。
元より俺は魔物が好きなんだから。
カヤが好きなんだから。
「会えてよかった、カヤ」
カヤは大きく目を見開いた。
初めて飴玉を口に入れた時のような顔だった。
思いもかけず、甘いものの虜になったような……。
うちもです……とカヤのそんな台詞が聞こえた気がした。
その時になって俺はとある物に気付いた。
カヤの両手にある手枷と鎖だ。
靄に隠れて気付いていなかったが頑丈そうな手首の輪の先から鎖が伸びて靄に消えている。
何で鎖なんか……?
どこに繋がれているんだ?
その時ふと、俺は今更ながら自分の手首の違和感を見下ろした。
「は? 何で俺にまで手枷が……」
しかも鎖もどこかへと伸びている。
一体どこに……?
目で辿れば方向的にはカヤの方へと続いている。
まさか……?
しかし先を知る事はできなかった。
急に仕事が休みになったからと昼までぐっすり眠り込んでいたらしい俺は、この半地下の部屋への来訪者が呼び鈴もないドアを騒々しく叩く音で夢殿の終わりを告げられた。
「……んん? あれ?」
しかも不思議にも薄れるまどろみの中で直前まで誰かの白い手が髪を梳いてくれているのを感じていたが、目を開けても質素な室内には誰の姿も見えなかった。そりゃそうだ。
俺はまだ半分覚めないふわふわする頭で夢の内容を薄らと思い出し、にへらっと満足の笑みを浮かべた。
とは言え、いつまでも布団の中でぬくぬくしているのは許されなかった。
労働者でも冒険者でも家を空けているこんな昼時に家に居ると確信しているのか、ドアの外に立つ誰かはさっきから諦める気配もなくドンドンドンと叩き続けている。
ドンドンドンドン、ドンドンドンドンドンドン。
「うるさいなあ。カレンか? それとも、もしかして、借金取り……? まさかやっぱりダンジョン破壊の賠償金が発生して取り立てに? いや連行しに!?」
顔に水を掛けられたように一気に目が覚めベッドの上でかばりと起きてうろたえる俺は、大急ぎで上着を羽織ると玄関と言えない狭い玄関に急いで向かった。ドアを壊される前に開けないと。その間もドンドンうるさいったらない。
「はいはい今出ますから!」
覗き穴がないので誰だかは開けてみないと本当にわからない。覚悟して薄いそれを開ける。勿論警戒をして。
「どなたで、す――」
昼の明るさを背景に逆光になった黒い人影が揺れる。
一瞬の目晦ましのようなそれに目を細めた俺は、次の瞬間には見間違えるわけもなく相手の正体がわかってしまった。
それなのに予想外過ぎて思考停止する。
「よっ、ご無沙汰。元気にしてたか、家出息子?」
訪問者は、何と親父だった。
目を見開き絶句する俺を口の片端を持ち上げて愉しげに見下ろすのは、逞しい金獅子のような男、俺の親父ジェード・ラルークス。
完全に隙だらけの俺へと腕を伸ばすや親父は太い腕で俺の赤毛をわしゃわしゃと掻き乱してきた。
「――ッ、なっ、触んなクソ親父!」
バシリと小気味いい音を立てて武骨な手を叩き落とす。置き場を失った大きな手が目を丸くする親父の顔の横で中途半端に掲げられている。
「お前ま~だコテンパンにしたの根に持ってんの?」
「はああ!? 当然だろ! っつか何でここの住所知ってるんだよ。ラルークス家の人間から聞いたのか? それともその手の魔法?」
ダイスなら俺の部屋を知っているからな。奴から伯父に伯父から親父に情報が回っていても不思議じゃない。人探しの魔法って線もある。高度な魔法だが親父に使えなくとも使える人間の当てはあるだろうし。
「あー、いや、俺だってさすがにラルークスの実家にコンタクト取るのはちょっと勇気いるって。兄貴と顔を合わせるのはちと気まずいぜ。魔法でもねえよ。借りを作ると後が面倒だからな。王都に暮らす知り合いに頼んで教えてもらったんだよ」
「は? どうしてその知り合いが俺の家を知ってんの? あ、探偵か何か?」
「ん? お前も知ってる奴だろうが」
「は? 誰をだよ?」
「イーラル」
「イーラルさん? ……って親父とパーティー組んでたあのイーラルさん? え、あの人も王都にいんの?」
「何で訊いてくるんだよ? お前世話になってるんだろうがよ」
「え?」
「え?……って?」
「俺イーラルさんには会ってないぞ」
「はい? 質屋によく行ってんじゃねえのお前?」
「……質屋?」
俺がよく行く質屋と言えばソルさんのとこだ。
俺の知らないだけで、実はイーラルさんも質屋を営んでいるってわけか?
「何を勘違いしてんのか知らないが、俺の行き付けの質屋はソルライチさん、ソルさんって人の店だよ」
「ソル……? なるほどな。そのソルさんがイーラルだ」
「は?」
いやいや待て待て、イーラルさんとソルさんとじゃ決定的に異なるところがあるだろ。
イーラルさんはアフロボンバーだったが、ソルさんは思いっきりスキンヘッドだ。
毛程も似ていない。
どうせ、疚しい手段でここを調べたから正直には言えないんだろ。だからわけのわからない言い訳をしてるんだな。
「疑うなら直接本人に確かめてみろって。イーラルがそのソル何とかだ」
「ソルライチ! はー、いいよそこの真偽は今は置いといて……で? 親父は俺に謝りに来たんだろ」
「何で?」
「帰れっ!」
予想外にも素で問い返されてブチッと俺の中の何かがキレて勢いよくドアを閉めようとしたが、親父は素早く足を出して阻止してきた。くそっ、元勇者の身体能力を駆使して来やがった! これなら質の悪い取り立て屋の方が五倍くらいマシだ。しかもこじ開けてきた。
「何だ何だ随分質素かつ簡素な部屋だな」
「あっちょっと勝手にズカズカ入って来るなよ!」
「いいだろ別に、折角来たんだから半年くらい住まわせろ」
「半年!? 冗ッ談じゃねえよ! 今すぐ田舎に帰れマジ帰れでなきゃ俺がここを引き払って出てく!」
これはもう追い出すのはかなわない。ドスドスと乱暴に足音を立てる俺は仕方がないので親父を放っておき、顔を洗いに裏から中庭に上がった。親父は付いてこなかった。地下水を汲み上げた共同水場の冷たい水が血の上った頭と思考を冷ましてくれる。
連れ戻しに来たのか?
だとしても俺は帰らない。ウォリアーノさんの下で働いてまだ日は浅いが、簡単に辞めますなんて放り出すのは嫌だ。
顔を洗って戻ると、親父は何十年も住みなれた我が家のように寛いでいた。テーブルの上に屋台ででも買ったらしい食べ物を広げていてがくっとくる。自由過ぎる……。
マジに半年も居座るつもりなのか? 気まずいとか言ってたくせに伯父たちラルークス家の人間とばったり遭遇したらどうするんだか。実の弟を破門までしたんだし、向こうは決して親父を快く思っていないってのに。俺まで巻き込まれての面倒事に発展する臭いしかしない。
俺の迷惑を知ってか知らずか、いや知らないか、とにかくこっちの顔を見るや親父はやや真顔で手招いた。
「おうイド、ちょっくらここ座れ。話があんだよ」
「……ホント実家かよ。俺、忙しいから!」
どうせ戻れとか冒険者やめろとかだろうと思えば話をするだけ平行線が見えている。そんな無駄で不愉快な時間を過ごして堪るかと俺はささっと仕事着に着替えると棍棒や鞄、フードマントを手に玄関へと向かった。
「あん? どこ行くんだよ?」
「仕事!」
「は?」
親父は目を丸くした。
「もしやお前冒険者しねえで働いてんのか?」
「冒険者しながらだ! 言っとくが俺は冒険者やめないからな。諦めて帰れよ親父」
親父が何かを言う前にバタンとドアを閉めた。このまま親父が帰ると鍵は開けっ放しって羽目にはなるものの取られてすごく困る物はない。むしろ帰って来て親父がまだいた時の方が困る。まあその時は腹を括るしかないだろうが。
幸いドアを開けて追い掛けてくる様子もなく、親父と居たくない俺は今日は休みだったが事務所に顔を出そうと決めた。
カレンも休みだし、事務所にはもしかしたら皆出払っていて誰もいないかもしれないとは少し考えたものの、他に行く所なんて…………あ、ソルさんの店。
そこくらいしか思い付かない。
「よし、じゃあ初めはソルさんのとこにしよう」
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