20 見えない枷
「くくっきちんとわらわの意を酌んでくれとるようじゃのぅ」
暗い闇の奥、女はひっそりと呟いた。
この暗黒に女以外動くものは存在していない。生物だったものの痕跡しかない。
女は
加えて、ドラゴンに屠られるという仕上げが成るまでは倒されては勿体ないと、
女の望み通りドラゴンは魔犬を喰らった。
強制転送から除外したりドラゴンに執拗に追わせたりと赤毛の少年に不都合ばかりを齎したのは、彼を狙えばカヤールは渋々と言えど進んで巻き込まれるだろうからだ。面白い事態にさえなればいいのだ。
ただ一点、宝箱たちが彼に懐いたのは想定外だったが。
コーデルダンジョンは女の全てだが、時に女自身にも予期しない事が起きるのだ。
そんな女の下に王宮から送られてくる人間は必ずしも大罪人ではなく、王宮内部と政治理念が異なる危険分子たちや、魔物を心底憎む者、自殺志願者、中には王宮とダンジョンの秘密を探る記者や外国の諜報員なども含まれていた。
死にたい者にはどうせ逝くなら最後の仕事をと、そうでない者にはこれで解放するなどと騙し魔物をいたぶらせた。
女にとってはあってもなくてもどちらでもいい餌だったが、憎い人間が減るならばと望んでやった。王宮側も女のご機嫌取りに使えるならばと次々と人間を送りこんできた。
代々の国王はこの血生臭い体制を利用して秘密裏に政敵を葬り、その身に流れる血で女を従わせダンジョン継続を保障してもらう事で権力を維持してきた。何とも醜悪な血脈だ。
それを繰り返してきた結果、いつの時代からか人間たちは女を重要だが残虐非道の存在として見なしていた。
「当代は代替わり以来わらわに会いに来ることもほとんどなかったのぅ。あったのは王女の死んだあの一件だけじゃ。臆病なのか愚かなのか……そのどちらもじゃの、くはは」
件の王女はこの
そしてその代償は大きかった。
「本当に人は愚かよのぅ」
女は赤い目で虚空を見つめ遠い過去に思いを馳せるようにする。
「……ふっ、ははっ、愚かなのはわらわも同じか」
全ての始まりは女と一人の人間の男との出会いだった。
およそ五百年前の、ここにコーデル国が建国される以前の、戦の猛者たちの群雄割拠の時代。
女――アルジュのダンジョンを彼が訪れた事から悲劇は始まったのかもしれない。
男――後にアルジュと血の契約を交わしコーデル国初代国王となる男、アーネストとの出逢いが。
アルジュは神とさえ崇める古代覇王からダンジョンを任された「
魔物を生み出した古代覇王は魔物の巣窟であるダンジョンを管理させるためにアルジュたち
彼がいわば親であり主だ。
フィールドの魔物たちは住み分けこそ本能的に組み込まれているが管理まではされていないのに対し、個々のダンジョンだけが個々の
深淵なる古代覇王の真意など単なる一介のダンジョン守に推し量る事などできないのだ。ただそうあるのみと存在理由に刷り込まれているからそうあろうとしているに過ぎない。
守はとこしえにダンジョンを管理し、守が居なくなったダンジョンは消滅する。
そして、何故か古代覇王は守の意思でダンジョンの命運が決まるようにした。
故に守たちは心を揺さぶられるような変化を嫌った。
無論アルジュもそうだった。
だが、変化が起きた。
初めアルジュは、アーネストを何て酔狂な男だと思った。
作物もろくに育たない荒野の中のダンジョンをまるで宝物を見るみたいに目をキラキラさせて見ているのだ。
それも攻略した後も飽きずに毎日通い詰めてきた。
心底気に入ったのだろう、何と三年もいた。
このダンジョンに彼ほど長く滞在した冒険者は過去およそ一万年を見てもいない。
そして彼はいつしか、暇潰しに目の前に現れてダンジョン散策に付き合ってやっていたアルジュの姿を遠慮もへったくれもなくじっと見つめてくるようになった。
守という存在だと明かした時はハハーとひれ伏して暫く畏まっていたと言うのに、慣れとは恐ろしい。
ただ、その眼差しには時々熱のようなものも含まれていた。
ダンジョンの守護者に驚き敬意を払っているだけだったのが、本当にいつから彼の胸には別の想いが湧き上がっていたのだろうか。
アルジュが美しい女性体だったのがいけなかったのかもしれない。
暫くの期間戸惑いはしたものの不思議と不快ではなく、アルジュにも次第に彼の焦がれるような眼差しが擽ったく感じられていった。
――共に行こう、共に築こう、アルジュ。
自らの手腕で見事にダンジョンを攻略し、その後も住み続けた変人の彼は、そう言ってアルジュに手を伸ばした。
ダンジョンを中心に一大都市、果ては国家さえも築けると希望に満ち溢れた顔で破顔しながら、青年はかれこれ三分は辛抱強くそのままのポーズで待っていた。
アルジュは密かにとんだうつけではと可笑しくなった。
だが、彼のような者が嫌いではなかった。むしろ……。
そうしてわざと勿体ぶっていたアルジュは、憎めない笑顔にほだされてやれやれ仕方がないなという溜息と共に手を重ねたのだ。
きっと
それが手を取った理由。
この男は強いが底抜けに明るくてどこか抜けているから自分がフォローして支えてやらなければならない、と。
それが一緒にいる理由。
アルジュは純粋に人ではない身で人を愛してしまったのだ。
彼が国を建てる協力を惜しまなかった。その過程で彼の仲間や協力者たちとも会った。
皆はアルジュを盟主と呼び慕った。
しかしアルジュの力を望むように使うための血の契約はまだしていなかった。そのような誓約など必要ないとアーネストが断ったからだ。
だが、アルジュの方がそれでは不安だった。
彼の回りには多くの有能な女たちがいたからだ。
だから半ば無理やりわがままを押し通す形で契約させたのだ。
……それが後々仇となるとも知らずに。
「本当に、あの頃は愚かに過ぎた。裏切りの末、アーネストの子孫たちにまんまと利用されて五百年もこんな体たらくとは…………くくくく、あーははははははははッ!」
何が楽しいのか、アルジュは甲高い笑声と共にその場でくるくると回った。
衣ずれと、絡まる事のない鎖がジャラジャラと鳴る。不敵な笑みが紅唇に浮かぶ。
彼女はどこまでも愉悦に満ちた声で囁いた。
「見ておれ人間共よ、じきに全てが元通りじゃ。荒野は――――荒野に」
「――うぅ……あ……れ……?」
もうもうと煙が立ち込める中、俺は気付けばただ地面に尻餅をついていた。
周囲には小さな残り火がまだちろちろと点在している。
俺は大火傷を負ったはずなのに、火傷はしているが全身にではない。ヒリヒリ痛い事は痛いが死ぬほど痛くはない。まさか想像以上に棍棒の防御力が高かったとか?
だが俺のそんなご都合的な楽観予想は最悪の形で裏切られた。
体がというか足が重い。
何故と疑問に思って下げた視線の先にそれは飛び込んで来た。
「え……カレ、ン?」
俺の足に重なるようにカレンが倒れている。
呼吸は浅く、弱々しい。
しかも彼女の両肘から先は黒焦げになっていた。
顔にも体にも火傷、見た目に反して実は防御に優れているっていつもの服も焼け焦げて、綺麗だった金色のツインテールは見るも無残にざんばらに焼き切れている。
「イ、ド……だぃ、じょ……ぅぶ?」
「ぅ、あぁ、ぁ……」
驚愕と衝撃のあまり答えになっていない声しか出てこなかった。周囲の音が消えて視界が揺れるようだ。
俺を案じるように薄く開いた瞼から見慣れた鮮やかなエメラルドの瞳が覗いていて、だからこそカレンだとすぐにわかった。
それだけ
しかしだからこそ目を逸らしてはならない。
カレンの防御全開でもこの有り様で、それほどに吐き出された炎は死に直結する攻撃だったのだ。ゾッとした。あのまま俺が直撃を受けていたら……。
誰に言われなくてもわかる。カレンは俺を庇った。
彼女は炎の迫る俺の前に立ちはだかり、その細腕、細剣で火球を斬り裂きながら全身全霊でダメージを防いでくれたんだ。
誇張じゃなく、カレンだったから生きている。
覚悟とか、死なないとか、そんな風に思っていた未熟な俺の蛮勇が招いた結果だった。
完全には避けられなくてもカレンと回避行動を取っていたなら結果は違っていたかもしれなかった。俺を庇えたって事は、彼女には動く余裕があったんだ。逃げられたはずなんだ。
「……っ、ご、ごめんカレン……ごめんッ……こんな……っ!」
カレンは苦労して困った風に少し笑った。
――イドのせいじゃない。気にしないでよ。
そんな風に言われた気がした。
「そっそうだ回復アイテム……!」
がさごそと腰の鞄を漁ってポーションを取り出した。
風に煙が流れて次第に周囲がハッキリしてくる。
視界の端に見えたものにハッとした。
――グガアアアアアアアァァァァァァアアアアアッ!
視界が悪くて苛立ったのか、カレンの回復を待ってはくれないドラゴンが太い尾で手当たり次第な叩き付け攻撃を繰り出してきた。
「ぐあ……ッ、うぐっ」
尾の凄まじい風圧で煙は霧散し辺りは完全にクリアになるが、俺もカレンも少し体が浮いて地面の粉塵もろとも吹き飛ばされた。
もんどり打ちながらもカレンに手を伸ばす。だが回復アイテムもどこかに転がっていきカレンとの距離も開く。
「カレン! カレン……!」
受け身で着地した俺と違ってカレンはピクリともしない。
まさか今の衝撃で変なとこを打ったんじゃ……。
血の気が引く。
もし万が一最悪な事になっていたらと考えたら頭が真っ白になった。
「ハイキイイイイーーッックウウウウウ!!」
怒声を上げた親父がドラゴンに突っ込んで俺は我に返った。こんな時に俺は何をボケッとしてる。カレンなら油断しなかった。
たださ、攻撃してくれたのは非常に助かったが親父のせいで極限の警戒心と慎重さは結構薄れた。
他方、ドラゴンはドラゴンで不意打ちに吹っ飛びダンジョン塔の外壁に激突する。
その隙にカレンに駆け寄ろうとしたが、壁にめり込んだと思っていたドラゴンはすぐによろけながらも地面に仁王立ちした。俺へと睨みを利かせてくる。
「なっ、くそもう立ったのかよ!」
おそらくは親父たちとの戦闘で体力はかなり消耗しているだろうに戦う気迫は弱まらない。突き刺さるような殺気を俺に向けながらもドラゴンは突進して来ようと身構える。
奴はどうしてか俺を狙っている。
最初は偶然だと思っていた。
「ははっそう急ぐなよ」
ざっと広場内を見回した俺はなるべく他の人間のいないスペースへと駆け出した。俺を狙ってるなら誰かにとばっちりが行かない場所まで離れた方がいい。
進路を阻んだ親父にまた蹴り飛ばされたドラゴンはそれでも俺目がけて突っ込んでくる。
そうだ、囮になるか?
親父が攻撃や進路を読みやすくなる。
「行かせるかあああ!」
――ガグアアアアアアアアアアアアアッ!
親父からの妨害を繰り返され埒が明かないとでも思ったのか地面に降り立ったレッドドラゴンの全身に魔力が渦巻いてテレポートの兆候が表れる。はっ、もしやさっきと同じ攻撃パターンか?
「来るなら来い、もう油断はしない」
どこから来ても回避してやる。
ふとその時、カレンの武器が視界に入った。炎の熱で赤くなっている。少し変形しているようにも見えた。
対して、カレンの
憐れな細剣が悲惨なカレンと重なって見えて沸々としたものが込み上げる。思考が熱くなっていく。
カレンは俺のせいでああなった。
ドラゴンのせいでああなった。
「俺も、お前も、同罪だ……! 来るならさっさと来い雑魚がよっ!」
「煽るなイド! 下がってろ!」
「冗談っ。親父こそカレンを頼む!」
「おいイド!」
親父や痛みやドラゴンとのレベル差とかをごちゃごちゃ考慮してる余裕なんてなかった。
そのくらい、頭に来ていた。
自分に。
ドラゴンに。
武器を握る掌に力を込めた。
ドクンと心臓が大きく鼓動する。
カレンの、優雅な剣舞のような剣技が脳裏を過ぎった。
――――剣。
そうだ、これなら俺は戦える。
次々と足枷が外れるような感覚で、何故かそう思った。
いや、体が無意識に覚えていた。
ドラゴンは予想通りのテレポートでもう一度俺の目と鼻の先に顕現するや瞳孔の細い赤の魔眼をぎらつかせ、しなる鞭のように首を仰け反らせ咽を膨らませた。牙の間に漏れ出る火焔がその威力を既に彷彿とさせる。
――イド、駄目です……っ。
いつの間にか姿を消していたカヤの必死な声が頭に響く。カヤは本当に不思議な相手だ。
あんな強いのに、この声にはどこか脆さを孕んでいる。
眉間を寄せ声は意識から追いやった。
不思議と体が軽いんだ。今なら何でもできるって確信がある。なのに友情交渉はできない相手だろうってのはわかった。
俺はあいつを倒さないといけない。
またカヤの声が制止を叫んだが無視した。
あいつからは色濃い憎しみと悲しみ、破壊の気配をひしひしと感じるからだ。
俺を狙うのだってドラゴンの意思なのか、それとも他の何者かの思惑なのかはわからない。
誰も止める間もないコンマ何秒で闘志に満ちる全身をバネと化し、俺からもドラゴンへと跳躍した。
うねる首から吐かれた膨大な炎が炎の竜巻を形成する。
空中での直撃は免れない。
俺は剣のように棍棒を握り、勢いそのまま破格の強撃を打ち破るべく両腕を振り切った。
「ああああああああああああああああああああッ!」
――まるで、海が割れた神話のように炎が剣風で真っ二つに分断され、そしてほろりと掻き消える。
攻撃の勢いはそれだけでは衰えずドラゴンへも達し鱗を砕き大きく袈裟懸けの裂傷を与えた。
血が吹き出して顔面に掛かる。うえっ、血生臭えっ。
ドラゴンはズドオオオンと音を立てて背中から倒れ込んだ。
広場の皆が、息を呑んでいた。
俺みたいな小僧があり得ない一撃を与えたからだ。
俺に驚きはなかった。親父にも。
ドラゴンとの間合いの中に着地しつつ、まるで記憶の小川が流れ込むように俺は思い出していた。
かつては、これが俺の日常だったと。
俺の最上の武器は、紛れもなく「剣」なんだって事を。
どうして忘れていたんだろう。
幼い頃、俺は主に剣を振っていた。
魔物相手にするわけじゃなく、親父との鍛練でだ。
俺は剣の稽古が一番好きだった。
その時だけは親父も文句を言わず真剣な顔で相手をしてくれたから。
負けると悔し涙を浮かべていた俺に手加減してくれたからだろうが、時々参ったなんても言わせていたっけ。
ただ、状況が変わって、五年前の怪我の後親父から剣の才能はないとされたのはショックだったが素直に受け止めていた。
だってなあ、経験値がリセットされたせいもあったろうが冗談抜きに弱かったからな。とにかくちっとも上達しなかった。以前は毎日のように剣を振っていたのに。以前だってゼロからのスタートだったはずなのに。
今思えば不自然だった。そこがまずおかしかったのに、俺はそうだと思わなかった。
それに親父だ。たとえば勉強なら「苦手なもんは克服できるまでやれ!」って言って俺を
だが、俺はもう迷わず剣を取るよ。
そして親父と話をしたい。
勇者を辞めたし、俺よりもカヤを知っていそうだし、俺の剣を封じようとしたし、魔物からも遠ざけたがった親父の抱えている秘密――俺の秘密を。
絶対吐いてもらうからな。
俺はどんな真実だってもう受け止められる。
あっさり反撃されたドラゴンは痛みに唸りながらのろのろと起き上がりつつも、初めて困惑のような呻きを咽の奥で鳴らした。
肩を上下させる俺は、下級ダンジョンで天井を壊した時とよく似た感覚に陥っていた。
自分自身この不思議と研ぎ澄まされるような感覚が酷く懐かしい。
そしてふと気付く。
「え? は!? 何で棍棒が剣になってんの!?」
「それは持ち主の認識や求めに応じて形状を変える代物だからだ」
「何だその
親父レベルだと俺よりも治癒魔法は達者なはずで、だからこそカレンの応急処置を任せたんだ。俺は標的みたいだし頼むなら親父が適任だった。俺の願いを無視して傍に来る親父に勝手だが腹が立つ。
「カレンを早く治癒……――って、ウォリアーノさん!?」
思わず心配になってカレンを見やったらウォリアーノさんがいた。真剣な面持ちで治癒だろう魔法を行使している。
え、え、どうなってんの? 意外過ぎる人物が居たから正直仰天したよ。親父がほっとしたような面持ちでカレンたちを見ている。
「な、俺の出番はねえの、わかったか?」
「……まあ」
ウォリアーノさんがカレンの傍に付いてくれるなら安心だ。彼は魔法が極めて得意な冒険者だからな。魔法だけなら親父よりも有能だ。
カレンの腕だって元に戻る。きっと。必ず。
「じゃ、こっちはこっちでさっさとドラゴンに片を付ける」
「いやイド、もうお前は戦うな。イーラルもそろそろ下りて来るだろうし」
何でだよ俺だって戦うと反論しようとした矢先、噂をすれば影ってやつなのか「待たせたな!」とダンジョン入口から駆け出してくるソルさんの姿が見えた。
しかも彼は唐突に両手の銃を構えるとこっちに向けた。
「ひいいいっソルさん!? ついにこのアホ親父にキレたんですか!? 失礼だし馬鹿過ぎて殺意を抱く気持ちはわかりますえ~えよくわかりますが俺まで流れ弾あああ……っ!」
「さささ殺意!?」
何故か瞬時に切ない涙目になった親父を無視して気休めに頭をガードした刹那、連弾発射の音がしてガギィンガギイイインとドラゴンの鋭い
あっそっか、ドラゴンを狙ってか。本気で焦った。
ドラゴンはバランスを崩して後ろへと数歩よろけた。ナイスソルさん。
そんなソルさんの武器は両手で操る二丁の銃だ。
大剣を振り回して敵に突っ込んで行く親父を後衛としてサポートするのが放浪冒険者時代からの彼の役割だった。
一見弓矢よりも有用そうだが、一般的武器とは異なり魔物討伐用となると魔力もそこそこ必要でしかも扱いが難しいため、武器に選ぶ冒険者は極めて少ない代物だそうだ。言い換えればソルさんだからこそ達者に扱えるってわけ。
「イド、真面目にこっからはまた俺たちでやる」
親父の存外真剣な眼差しにここで意地になって反抗的な態度を取るのも幼稚な気がして承諾に頷いた。
間近で彼らの戦いを見るのは後学のためにもなるんだって言い聞かせる。目で見て技を盗むって言えばいいのか、この先誰かとの連携やタイミングを見計らう際に役に立つだろう。
ちらとカレンの方を見やった。
ウォリアーノさんの治癒を終えて横たわる彼女はまだ目覚めないものの、遠目で見た限り腕も肌色を取り戻していた。
アシュリーさんとリリアナさんも傍に集まっていて心配そうにはしているものの、絶望の色はない。
つんと鼻の奥が痛くなる。
良かった。本当に、良かった。良かった……カレン。
俺は目頭に薄ら滲んだものを乱暴に腕で擦ると意識を戦闘へと向けた。
ドラゴンの咆哮と共に親父たちの裂帛の声が上がる。
「なあおいジェード、上でも思ったんだけどよ、こいつ本当にレベル90か!?」
「知るか! 気になんなら自分で測定スキル使ってみろや! 俺はめんどいからしないけどー。まっ何にせよかなり強えよな! ガーハハハハハ!」
「楽しそうにしてんじゃねえこの戦闘狂が!」
ソルさん、親父なんかと組んでくれてマジにありがとうございます!
「親父! ソルさん! そいつはダークハウンドを共喰いしてレベル90を遥かに超えてるんだ!!」
「「喰ったあああ!?」」
きっとカレンを助けた時に目撃はしなかったんだろう、二人が息ピッタリに素っ頓狂な声で叫んだ。
「はっ、ジェードおめえより強えかもな!」
「道理で手応えが半端ねえわけだ。ははっ久々やり甲斐あるぜ!」
二人は恐れも躊躇いもなく目にも止まらぬ攻撃を続けるどころか、一段と動きにもキレが増す。猛攻撃ってやつだ。
何て二人だよ。あれが、超一流の戦いか。
更に鱗を剥がされ体表に傷を増やしていくドラゴンが怒ったように
親父は地面に激突。恐ろしいような衝突音と共に石畳を砕いた。
「親父!」
あの
まさかレベルは人の限界と言われる100よりも上、とか?
一つ言えるのは、間違いなくこの場で最強だ。
親父は無事だったようでむくりと立ち上がると血反吐を飛ばした。
「あーてめえ、久々キたぜ」
ぐいっと口の端を手の甲で拭う親父は、額からも血を流しながらその額に青筋を浮かせた。血走った目が完全に危ない奴だ。
一方、俺は平気そうで何よりだと安堵している暇はもらえなかった。
やっぱり俺を狙うドラゴンは間髪入れずこっちに大口を開けて高速突撃してきたからだ。顎を突き出しガチリとワニのように噛みついてくる。
歯を食い縛って咄嗟に剣を振るえば、硬いはずの牙が何本か砕け散り、ドラゴンはその激痛のせいで地面で悶えた。
「あ……?」
嘘、だろ……? 調子が良いどころじゃない。さっきから自分でも信じられない神懸かった攻撃ができている。
ぶっちゃけ何でもできる感じはしていたがここまでできるとは想像していなかった。
「だが、好機だよな」
「イドやめろ! いいから関わんな!」
向こうで親父が叫んだが、俺のとこにやってきたのはドラゴンの方だ。不可抗力だっての。接近されて間髪いれず大きな胴体に二撃三撃と超速の斬撃を加えた。おうおう、でかいから狙いやすい。
腕が軽い。足が動く。
預けていた何かが戻って来るように、活力が溢れてくる。
ただ、一撃一撃の間に僅かずつ、俺の中の何かが崩れて行く。
あたかも、徐々に決壊する堤のように。
それだけはどうしてか疑いようもなくて……漠然とした不安が膨らんだ。
「――よし、このまま早いとこ終わらせるのがベストだよな」
一刻も早くこの不安を消し去りたい。一欠片一欠片と俺に命を削り取られたドラゴンは、憐れな鳴き声を上げている。
怒りは湧いた。なのに憎しみはほとんど湧かなかった。
むしろ心の痛みを堪え剣を振り被った。
いくら頑丈でも、不死身でもない限り首と胴を断たれれば絶命する。
今、一太刀の下に両断せん……!
「――――駄目ですっ……!」
俺の攻撃を止めるように再び姿を現したカヤが後ろから抱き付いてきた。
「カヤ!?」
強い力でもなかったのに何故か動けない。
どうしてもトドメを刺せないあの未知の歯止めと同じように……。
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