11 旧友たちの幕間、忍び寄る混乱の影
昼間から酒を提供してくれる店にようやく巡り合った……わけではなくちょうど入った店の店主に頼み込んだジェードとソルライチの二人は、そこで手始めに普通の食事を多めに注文して胡散臭い物を見る目つきの店主の機嫌を取った。
王都の健全な飲食店のほとんどは昼間は食堂夜は酒場と言うスタイルだ。この店もその例に漏れない。客たちもそこをわかっているので敢えて昼間に酒を頼んだりはしない。もしそういう客が来たら厄介とか要注意と思うのは自然な流れだった。しかもそれが強そうな男二人組なら尚更警戒するというものだろう。
店主は密かに顔馴染みの冒険者に連絡を取って店に来てもらうよう頼んでいたが、結果的には全くの杞憂だったとだけ言っておこう。
つまみではない料理を頼むのは、ジェードとソルライチ二人にとっても都合が良かった。
密かにイドを追いかけたせいでジェードは結局露店で買った昼飯を食いっぱぐれていた(というかイドの部屋に置きっぱにしてしまった)し、ソルライチの方も存外買い取り客の多い日で今日は少し遅い昼食になるなと踏んでいた矢先のイドの来訪だったのでまだ昼を済ませていなかったのだ。
そんなわけで旧友二人はまだ夜ほどには人の多くないそこで初めは腹ごしらえ一択に異論はなくまったり寛ぐ事にしたのだ。
「あっはっはホーントマジに五年ぶりだってのに全ッ然変わってねえのなジェードは」
ジェードと食堂のカウンターに並んで座るソルライチはしみじみと旧友の頭を眺めた。その視線に込められた羨望を感じたわけではないのだが、ジェードが無神経に返す。
「おう! お前はまるで変わったな! あのぼさぼさふさふさだった髭と髪何処行ったよ?」
「うるせえ。イメチェンだ。まあおかげでイドからは昔一緒に旅した仲間だって未だに気付かれてねえけどな」
「どうやらそうみたいだな。まあ名前も変なのになってるしそれじゃあイドだって無理だろ」
「素行が変なおめえに変とか言われると傷付くわー」
「相変わらずひっでえなお前。へんてこバンダナのくせに」
「はあっ? どこが変だかっけえだろうが!?」
二人はムッとして睨み合ったが、ややあって盛大に噴き出した。在りし冒険の日々に戻ったかのように気兼ねのない快活さで。
それぞれの昼食を平らげた後は予告通りの飲みに走る。
暴れて備品を壊しそうな見た目に反してこの場では人畜無害な二人は、懐かしい話に花を咲かせつつ酒を味わうのだった……が、酔いが回ってくるとジェードの悪い癖が出始めた。
「あーくそ見通しが甘かったあああ! イドの奴ひと月もすれば勇者になんの諦めて帰ってくると思ったんだが、もう三か月いや四か月? 予想以上に諦め悪かったんだよな」
「っは、おめえに似たんだろ。おめえは昔から何かっつーと相当しつこかったもんな。超絶面倒臭かったぜ。まあイドの場合は粘り強いっつーんだがな。頑張り屋のところはレイラさんに似たんだろうし」
「はああ!? 俺のどこがしつこい男なんだよ!? メンドクサイいって何!? 新手の魔物のことですかあああ!?」
「こういうところだろ」
うぜえなこいつと、ソルライチは冷めた目で横の男を一瞥した。
ジェードは酔うとよくくだを巻く。だがかつての仲間たちは聞いてやっているようでいてその実ほとんどテキトーな相槌だけを打って聞き流していた。
きちんと聞いてやっていたのはここにいるソルライチくらいのものだった。
昼間でテーブル席ががら空きなのに並んでカウンター席に腰かけているのも、彼らが二人で飲む時のスタイルだ。
テーブル席で野郎同士で面を合わせているよりマシ、といつからかこうなった。
「ところであのイドをよろしくっつー手紙よー、初め子供のいたずらかどっかの秘密機関からの暗号での打診かと思ったぜ。ホント字ぃ下手くそだな。よくまあこんな味噌っかすみてえなアホ親から、イドみてえな純粋な超良い子ができたもんだ」
「うるせッ」
「ああ、レイラさんに似たのか。それなら納得納得。綺麗な嫁さんもらってイドみてえないい息子もいて、マジで羨ましいぜ」
ソルライチはしみじみとして小さく独りごちる。
手紙を受け取って急いでイドが見つかるよう手を打ったわけだったが、幸運にもこの広い王都ですぐに見つけられた。
目立つ赤毛で良かった。
髪と言えば、バンダナを外すとツルッと毛のないソルライチとは違い、ジェードは精悍な面差しによく合う獅子のような豪快な髪形をしている。
髪の毛ふさふさだ。
(……ホント羨ましい限りだぜ全くよー)
奇抜な頭にしていたやんちゃ時代から毛根に負担を掛け続けていたせいか、四捨五入するとハゲだと悟ってからソッコー全部剃ってつるつるにした過去をソルライチはちょっと切なく思った。
そんな彼も結構ガタイがいい方だが、ジェードの方もしっかりした体つきをしている。身長もソルライチよりは高い。大男と言って差し支えない。
田舎の農夫風の質素な服の上からでもわかる鍛え上げられた鋼のような肉体。この五年、日々の鍛錬を決して怠らなかった者の姿だ。
「……おめえよ、んとに全っ然農夫に見えねえな」
「そうか? おら自分ではまんま農夫にしか見えねえんだがなあー」
「おらとか言っても農夫感ゼロだっつの」
「まあでも田舎でも初めて会う奴には滞在してる冒険者か、雇われの傭兵とかに思われてたなー。稀に元勇者だと気付く輩もいたけどな。まあこの俺様の滲み出る強さってのが隠し切れてないからだろうが。がはははは」
「おめえって一辺死んでも治らねえバカだよな。はー、なーんでレイラさんはこんな単細胞な奴選んだんだかなー。やっぱあれか美女は野獣が好きってやつか?」
「んだと!? もういっぺん言ってみろ!」
「今オレが何て言ったか覚えてんのか?」
「覚えてるわけねえ!! だが不愉快なこと言われたのは確かだ!!」
ソルライチは横でいい歳こいて喚く大人を放置して、注文した酒のボトルにじかに口を付けて呷る。因みに通常水割りやロックで飲むような度数の高い酒だ。
ジェードは一人で騒いで相手にされないのがつまらなくなったのか、渋々大人しく自分のボトルを飲み始める。ソルライチと同じくらい度数のあるものだった。
「なあイーラルよー、うちの可愛いイドはよー、酒が一滴も飲めないんだぜ」
「まあ未成年だしなまだ」
「そういう飲めねえじゃねえ。俺なんて八歳から飲んでたってのによー、イドは下戸だぜ下戸」
「自慢することでもねえだろそれ。思い切り法に引っ掛かってんじゃん。しかし意外だな。おめえはいくら飲んでも酔わねえのによ。どうせ酒の無駄だから水飲め水」
「んだとお前も同類だろがよ! とにかくまあ、イドは可愛いだろ? 酒も飲めないなんてマジでちょーお子ちゃま級に可愛いよなあいつ!」
「…………おめえさ、イドにいつか愛想尽かされっぞ? ああいやもう半分やべえか?」
「ええええええええ!? 何でええええええッッ!?」
やっぱりこいつもう放置だな、めんどい……と、ソルライチは視線を前に向けた。
ちびちびと無言で飲み進める。
隣からの「なあ」とか「おい」とか「話聞いてる!?」とかの問いかけは完全無視。
人間無我の境地って大切だ。
「……イドは色々と苦労してるようだが、冒険者としちゃあ真っ直ぐに育ってると思うぜ?」
気が向いて話し掛けたら、泣きそうだったジェードは目を輝かせた。
魔物と対峙すれば即座に巌の如き厳しい顔で圧倒的強さを誇るのに、相変わらず変なとこでメンタル乙女かよっ!……とソルライチは内心でそう突っ込んだ。
「おめえと違ってすげえ素直だしな」
「はああ!? どこが素直なんだよ!? イドに冒険者は向いてないからやめとけって正直に教えたんだが、あいつは言うこと聞かなくてなあ。俺もついカッとなっちまってちょっと本気で相手にして叩きのめした。でー……そしたらこうなった」
「はあ!? それDVだろおめえ!! いっくら武術指導の延長でもやって良いことと悪いことあんだろ!!」
「い、いや正規の型からは外れた攻撃はしてねえよ? 昔もほらラルークス一門の鍛練でもよくやってたやつだし?」
「でもそりゃ鍛えられた弟子連中相手だろ。今のイドはその限りじゃねえのわかってんのか?」
「…………てへ☆」
「じゃねえええッ!」
ソルライチはジェードの胸倉を掴んでゆさゆさと揺さぶる。
周囲から悪目立ちだが、今はどうでも良かった。
この融通の利かない
ジェードの適当過ぎた引退幕引きのせいでイドは周囲から色々言われる事もあるのだし。
「イドはもう言ってわからねえ年じゃねえだろ。会った時何も知らない様子だったから正直驚いたんだぜ?」
「それは、悪かった」
「オレに謝っても無意味だろ。昨日はダンジョンの天井ブチ抜いたらしいしな。おめえは壁に穴開けて外から丸見えにしたけどな。やっぱ親子だぜ」
「なッ!? イドがそんなことやったのか!?」
「まあ幸い人にも魔物にも被害はねえよ」
「そうか。あの棍棒でやりやがったのか。ありゃイドの武器だかんなあ……。だからカヤールが……」
「うかうかしてらんねえぞ?」
「ああ……そう思う」
ソルライチは乱暴に手を離した。
「ほんと、何やってんだよ。不器用にもほどあんだろ。今の所何も起きてねえのが幸いだ。あの嬢ちゃん――カヤールがいるとはいえ、イドは何も知らないまま引き金を引きかねない。イドが引き返せなくなる前に早く話せ」
「……そうだな。なあところで、そのカヤールとイドのことなんだが」
「ああ?」
「まだ結婚は早いと思う」
ジェードは
ソルライチは昔も常々思っていたが、どうしてこれが勇者の称号なんてもらえたのか心底不思議でしょうがなかった。
当時は本当にパーティーを組んでいてよかった。この国の称号持ちの品格を落とさずになんとかジェードのフォローができてよかったと彼はそう思った、
「…………もう田舎に帰れおめえ。っつかそもそも結婚とかできんの? まーそこは未知なる領域だけどな。何にせよイドにはオレから説明しとくぜ」
「えッ!? 何それ冗談? なあなあ冗談だよな今の? なあイーラル俺何か変なこと言ったか? おーいイーラル? イーラルさーん?」
本気で頭痛がしたソルライチはしつこく話しかけてくる友をひたすら無視した。
カウンターにいた店主にまた食べ物を注文する。
最初こそ内心不安がっていた店主はもう両手を揉み手して「はいはい~ただいま~」と承るくらいに上機嫌だった。
前払い式のこの店なので、店主は二人を金払いのいい上客と判断したらしく帰りには次の来店時に使えますと割引券をくれた。
余談だがこの日以来この店は王都にいる間の二人の行きつけとなった。
さすがにジェードにばかり払わせるのも気が引けて、自分の分は自分で支払う実は常識人のソルライチは、ざっと人の増えてきた店内に視線を滑らせる。
(少々短気を起こして目立っちまったな。変に噂にならなきゃいいが……)
店内には明らかにジェードを知っているらしい客がいたからだ。
こちらは知らないが向こうが一方的に知っている口だろう。
彼の強さを知っていれば突っかかって来て余計ないざこざは起こさないだろうが、ジェードが王都に居ると噂が立ったら面倒だなと少し心配になった。
(まあそうなったら本気でこいつを変装させるか。……確か前にイドから引き取った物の中に変な部族的なデザインのマスクとそれとセットの防具っつかこしみのがあった気がする。顔隠して変態度を上げればこいつが勇者だったなんて誰も思わねえだろ。うんそうしよう)
その後の二人は文字通り浴びるように酒を呑んだ。
しばらくジェードを空気のように扱っていたソルライチが話しかけたら、またもやジェードは目を輝かせ潤ませて嬉しそうにした。
酔いのせいか、ジェードに愛犬的な可愛げを感じたソルライチだが、後々思い出して死にたくなったのはまた別の話だ。
酔わないと豪語していた彼らは、しかし人間やはり限界はあるのと、寄る年波には勝てないのを身を以て実感する事になる。
その酩酊状態で「ぼくのおうちどこ?」と揃って幼児退行したにもかかわらず、イドの部屋に辿り着けたのはある意味奇跡とも言えた。
その晩、ダンジョンから疲れ果てて帰った家の床に、酔い潰れた親父とソルさんが揃って転がっていたのを見た時は純粋に殺意が湧いた。
わざわざ湿気の多い半地下の部屋に来なくてもいいだろうに。
「はー。この二人どういう知り合い……って、あー、そうか、真面目にソルさんはイーラルさんなのか」
叩き出すのも面倒で、俺は簡素なベッドに一人丸まった。
次の日の朝は中々起きられそうにない二日酔いのダメ大人二人のグロテスクな顔付きを見てたら嫌になって、水だけは出してやってから出勤した。
今日も宝箱
コーデルダンジョン全体で起こっているそうだ。
全く以て不可解だがもっと不可解なのは、宝箱たちは俺を見るなりというか、ダンジョンに入った時点で宝箱的嗅覚が俺の何かを察知するのか下層階から続々と上って来る。
加えて、一日経てばもう巷の冒険者たちにもダンジョンの異常が知れ渡っていて、いつもの倍は物見遊山よろしく人数がいて索敵やら補充には余計な手間を要した。
人気のない場所までとりあえず逃げると言うか誘導しなければならず、俺もカレンも魔物どころか人間を撒くのに苦労した。
「何か俺のせいで悪い」
「イドから宝箱が好む匂いでも出てるのかしらね? いっそのことあなたの涎でも汗でも鼻水でもいいからどっかに置いてみる?」
「……それはバナナとか焼酎とかを混ぜて木に塗ってカブトムシとかの昆虫をおびき寄せる的な?」
「そう」
「くっ、相棒へのこの扱い涙出る……!」
「ああ涙でも良いわね」
「……」
細身と素早い身のこなしを生かし、器用に俺に集まって来た金属製の昆虫いやいや宝箱たちの間を縫いアイテムの素を入れて回るカレン。腹を満たされた宝箱たちはくるりと向きを変えて自分の持ち場に戻っていく。
「不思議だけど、宝箱って帰巣本能があるのよねー」
感心しているカレンの横で、俺は昨晩の親父たちを思い出した。べろんべろんに酔っていても戻って来たあたり、あれも一種の帰巣本能かもしれない。
来たばっかの俺の部屋を早速我が家だと思われてる証拠だよな。このままじゃマジで親父に乗っ取られる。対抗策を考えないと……なんて仕事中は要らん懸念を胸にする俺は、今日もバウバウ寄って来た無機物の群れをあらかた片付けた。
「いつもより人が多く入ってるせいで、アイテムの回りが早くて補充箇所が多いから、もう手持ちの素が残り僅かだよ」
「こっちもよ。事務所までテレポートできたら楽なのに。それかあなたがもっと荷物を持てるようになるとか」
「後者に限っては善処するよ」
俺はまだレベル2だから持てる荷物もほとんど増えていない。カレンの方がかなり多くを運んでくれているのはやっぱり心苦しかった。
「言っとくけどそこで変に気に病まないでよ」
「え」
「何事も成長には時間が掛かるものだもの」
世話が焼ける、みたいな顔で少し微笑むカレンにちょっと感動した。
「じゃあさっさと事務所に戻るわよ」
「あ、ああ……」
金髪のツインテールを翻して先に歩いていく背中は頼もしい。
きっとしばらくはこうやって彼女の背中を追いかけて行くんだろう。
冒険者としてもアイテム補充人としても。
だが男として少し切ない部分があるのは否定できない。追い抜くなんて偉そうな事は言わないが、それでもいつか肩を並べられるくらいに強くなって「俺に任せろ」なんて、頑張り屋の彼女に言えたらいいと、そう思った。
小さくなる背中を慌てて追いかける俺は、何か硬い物を踏んだのに気付いて下を向いた。
「
冒険者の取り忘れか、或いは故意に残していったものだろう。
裕福な冒険者の中には経験値だけが目当てで魔結晶を捨て置く者もいる。
打ち捨てられたように土に塗れていたそれを拾い上げ指先で汚れを擦り落とした。それは小さく軽くガラスのように無色透明で、磨かれたシーグラスを思わせた。
魔物だった頃の名残りなんて微塵もない、ただの石ころみたいなそれは、人間や動物で言うところの燃やした後の骨だと、親父が言っていたっけ。
魔結晶は遺骨と同じく、その魔物が確かに存在した証なんだ。
今更ながらきゅうと胸が締めつけられた。
宝箱パニックで熱せられていた思考が、冷たい水の底で沈殿するように纏まりノイズを殺ぎ落としていく。
「魔物を殺さないって、俺だけがそうしてても、こうやって毎日死んでるじゃないか。それこそ世界中で……」
そして、同じように人間も。
本当は薄々というかもう俺はわかっているんだ。
時に魔物か人間かの命の選択を迫られるって。
俺は俺の経験してきた魔物たちの優しさを否定したくなくて、トドメを刺せないのにもどこか安堵さえしていた。
人間同士でも互いに相容れず殺し合いさえする人種がいるように、世界には人間と共存できない魔物もいる。
俺はそれを胸に留めておかないといけない。
もしも遭遇してしまったら、カヤの願いを破ってしまうかもしれない。
俺が魔物を殺してしまったら、何がどうなるのだろう。
俺がトドメを刺せない理由にも何らかの関わりがあるのだろうか。
いつか、この手にかけてしまった時、全てはきっと明らかになる。
そんな予感がする。
俯いていた俺は、その手にしっかり結晶を握り込むと、ぐっと顎を上げ前を向いた。
宝箱異常が発覚してから一週間。
俺は今日もまたアイテム補充のため、後ろから見ると手足の生えた鞄と化すカレンと共に普通冒険者を装って地下ダンジョン入りした。
今日は開場の鐘の鳴る朝一からじゃなくやや遅めにした。時間を固定しないのも目立たないための工夫の一つだ。
下り坂の通路を進んでいると、先の方からちょうどダンジョン上がりなのか疲れたように腕や肩を回す壮年の冒険者たちが歩いてくる。早々とダンジョン入りして一汗掻いてきたんだろうな。
いつものように下手に関わらないよう壁際に寄って無難にすれ違う。
と、耳に予期せぬ会話が飛び込んできた。
「さっき聞いた話で今日だけで何体目だったっけ? イレギュラーが出たのは」
「三体、いや四体目じゃないか? しかもさっきパーティーが遭遇したのはいつもより強かったんだろう? 確か上限ぎりぎりのレベル20だったっけ?」
「ああ、そういえば何とか倒せたって話だったな。見た限り結構消耗してたなあ。アイテムも尽きかけてたから分けてやったが、余分に持ってきといて良かったよ」
「だな。ホント俺たちが当たらなくて良かった良かった」
「同感」
口々に安堵を漏らす壮年の男性たち。
また、
宝箱の異変のみならず、ここのところダンジョンでは
そのせいで怪我人も増えているらしい。
さっきもここに入る前、担架でダンジョン入口から運び出される冒険者を見た。上級ダンジョンの方からだったな。命に別状はないが意識が飛んでいたんだろう。珍しくはない光景だったがカレン共々何となくそのまま見ていたら担架は馬車に乗せられていた。たぶん行き先は一般病院だ。
たまに勘違いしている奴がいるが、ここは命の危機には寸止めだが、骨を折ったりと怪我自体はするんだよな。大怪我だって例外じゃない。
運ばれてったのは見るからにパワー系の強そうな男性冒険者だったが、やっぱり上級ダンジョンは厳しい環境なんだろう。思い出したら緊張感が込み上げる。
俺はまだまだそんな高みとは縁遠いレベルだが、カレンは俺の研修がなければ猛者が集う白き塔に上っていたはずだ。
「なあカレン、あっちに行く時は気を付けろよ」
「あっちって?」
「上級ダンジョン」
「あのねえ、いきなり何かと思えば……。誰に物を言ってるのよ。心配ご無用」
余裕たっぷりにちょっと顎を上げて笑う彼女はカッコイイ。自信に溢れて輝いている。
「なあによー? 入る時の怪我人でも思い出して不安になったの? まあわからなくもないけどね。……でも、ホント大丈夫かしらね」
何が、とは言わなかったが彼女も漠然とした不安を感じているんだろう。経験者だからこそ、魔物へのたったのひと匙の油断で再起不能の渦に呑まれる事を知っているから。
気を取り直して俺は密かに冒険者たちの会話に耳を傾けて情報収集したが、一日一体三日で三体ダンジョンのどこかに出れば多い方の
それが連日と続けばギルドの方も緊急会議を招集せざるを得ないようで、ウォリアーノさんは朝から開かれるそっちの方に出掛けていた。
幸い下層階での頻出に限定されていて、浅い階層にいる駆け出し冒険者が遭遇したなんて話はまだ聞こえて来ない。
それでも俺たちが遭遇した
俺は男性たちの会話に意識を取られ、間抜けにも
前を行くカレンは足を止めて呆れ顔で振り返っている。
大丈夫ですすみませんと軽く会釈をすると駆け足になった。
「なあカレン、今の話聞いてたか?」
「ええ。普通下層階にいるのは慣れた冒険者だけだし、多少苦労はしたみたいだけど倒したようだから大丈夫でしょ」
「だよな」
同意を返す俺は、しかし最近のこのダンジョンに入って感じる突き上げてくるような奇妙な切迫感と不安を拭えなかった。
きっかけは先日カレンが倒してくれた
通常
なのにあの時はレベル15だった。
不可解に過ぎる。
ウォリアーノさんの話だと、ここに元々あったダンジョンをコーデル王国の建国者たちがどうにか管理できる状態にしたって言うし、いくら管理しているからと言っても全てを完全に掌握し切れているわけじゃないのかもしれない。
どこかにある綻びが大きくなって、俺たちの手に負えない暴走をしてしまうかもしれない。
カレンだって想定外の魔物が出現する可能性を危惧していた。
他の冒険者からすれば大袈裟だろうが、俺の中ではそんな打ち消そうとも消せない懸念が確実に大きくなっていた。
「ところでイド、あなた今夜もまた会社の事務所で寝泊まりするつもりなの?」
「あーやっぱもう駄目か? さすがに五日以上も連続したら迷惑……だよなぁ」
「そうじゃないわよ。そろそろ部屋に戻って、遊びに来てるっていうお父さんと仲直りしたらいいと思って」
「……うーん」
能天気な親父の顔が浮かんだ俺は眉間を寄せて低く唸った。
頭では冷静な話し合いが必要だとわかってはいるが感情面ではまだ無理だ。
親父はたぶん依然としてあの部屋に居座っているはずだ。
ソルさんはソルさんで昔俺が一緒に旅をしたイーラルさん確定だし。アフロボンバーだった彼の頭に一体何が起きたのかは詮索しない。奇抜すぎる髪型で覚えていたから実は顔を見ても気付かなかった俺は結構薄情なのかもしれない。多少似ているとは思った事はあったものの黒眼鏡だし、いつも視線は可笑しなバンダナに向いてしまっていたので記憶と結び付かなかったんだよな。とは言え再会を喜んだ。
「イド、顔怖いわよ。ごめんなさい部外者が勝手を言ったわね。イドにはイドのペースや考えがあるのにね」
「えっいやカレンが謝ることじゃないって。俺こそ無駄に心配かけて悪い。早いとこ仕事に取りかかろうぜ」
気まずい空気は御免だと俺はあたふたとして苦笑う。
「あのねえ、心配に無駄なんてないんだから」
カレンは当然のように言って身を翻すと「さあ仕事仕事」とさくさくと先を歩き出した。
嬉しい言葉だ。こそばゆい気持ちで満たされる。
しかしまあそれも視界に黄白色の宝箱たちが入った時点で吹き飛んだ。
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