幽世異譚~縁切り御宿~
りぃん
序 あの世とこの世
トンと背中を押された。
肩甲骨の下あたりに、誰かのどこかがぶつかった感じ。
洋菓子が好きでこの道を?と訊かれることが多いが、パティシエを選んだ理由は、妹が大の洋菓子好きだったから。
そう、過去形の「だった」からだ。
俺の家族は、俺が高校2年の初夏に自動車事故でいっぺんに亡くなった。
両親が孤児同士の結婚だったから、両親と妹を亡くした俺は天涯孤独の身となった。それでも、こちらが被害者だったため保険も賠償金も十分に出たし、学生生活を諦めることはせずにすんだ。
ただ、大学へ進学せずに専門学校へ進んだのは、あの日、妹が待ちかねていた俺の手作りのバースディ・ケーキを食べさせてやれなかった悔しさが残ってたから。
なのに今――俺は、押されたはずみで線路上へとダイブ中。
そして、待ってた電車がホームへ滑り込んで来たのが、視界の隅に映ってた。
ガツッと顔面に衝撃が走り、一瞬で痛みは過ぎ去った。
過ぎ去った…はいいが、どこも痛くないって…助かったのか???
「悪かった!すまん!ごめんな!」
いきなり辺りが静まりかえり、その後にあまりにも場違いな謝罪の声が響いた。
おそるおそる瞑っていた瞼を開くと、俺は線路上に横向きでうつぶせに倒れ、その上に電車の車体が覆いかぶさっていた。そして、あと数センチで俺の両腕と両足が、車輪に轢かれるところで止まっていた。反射的に体が逃げようと反応しかけたが、動かせるのは顔面だけだった。激しく打つ鼓動をどうにかなだめつつ、目前の車輪を凝視する。電車が停車したんじゃなく、まるで写真やビデオを一時停止させたような…時間が止まっているようなそんな状況の中、また声がした。
「
声のする方へと目だけ向けると、車輪の隙間から白く発光したヒトガタが、土下座しているのが見えた。たぶん土下座だろーなー?って感覚だけの判断だけどね。
だって、発光しているせいで輪郭は
これは、もしかして神?んで、ラノベ的テンプレ?異世界召喚とか転生とか?
お願いしなくても、チート能力全プレ?勇者とか大賢者とk――
「それは無理。ワシは日本の神だし、異世界へなんてワシだけの力じゃ無理!」
「じゃあ、何しに来たんです?部下の不手際の詫びに来ただけっすか?」
俺の思考を読んでるのか、神様はかぶせ気味に慌てて否定してきた。
なら何のためにこんな状況を…。眉間に力が入って不機嫌オーラいっぱいの声が出た。
「いや、お前さんの寿命はまだあるから死んでもらっちゃ困るんだ。が、この状況は
「二つの人生?…ここからの未来ってこと?」
異世界じゃなく転生でもなく、死なれちゃ困るってことは生きている未来ってことで。
「ああ、二者択一だ。好きなほうを選んでくれ」
発光した神が、ニッと笑ったように見えた。
***
神様の二択は、マジで腹立たしいこの上ないものだった。
ひとつは、現世で助かる。
ただし、現状が現状だから五体満足って訳にはいかない。
人に押されてホームから落ちたが、入って来た電車に轢かれるも九死に一生を得て命だけは助かる。しかし、身体のあちこちが欠け、頭もやられてて意識不明の重体。
犯人は見つからず、いつ意識が戻るかも知れず、生命維持装置に繋がれて時間が過ぎるだけ。
もうひとつは、
「かくりよ?ってなんすか?」
「幽世は常世とも黄泉とも言う。そして、現世と幽世の狭間に神域がある。お前さんには、そこの宿で働いてもらいたい」
「はぁ!?やど!?」
訳の分からない専門用語が羅列される中に、いきなり出てきた「宿」。
宿ってのは、旅館とかホテルって言う宿泊所のことだよな?
「そうそう。日本様式だから旅館だな。加えて温泉もあるぞ」
「そんなとこに、なんで旅館が!?」
「まぁ…訳ありの
訳あり?――死んじゃってる人に訳って。
あ、地縛霊とか?怨霊とか?
「いいや、
その宿で縁を切ってもらうんだ」
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