3噺 亭主と従業員
羞恥心と憤りに肩をいからせたジュリアン君に案内されて、俺は食堂へと向かった。
俺が寝かされていた部屋は、これから俺の棲み処となる6畳和室で、従業員専用の離れの一室だそうだ。
驚いたことに、ホームで突き落されてから全く思い出しもしなかった俺の荷物が、傷一つない状態で部屋の隅に置かれていた。そして、押し入れの襖を開けてみたら、俺のアパートにあった家財道具全てが箱入りで押し込められていた。ベッドが分解されて箱に入れられてたのにはド肝を抜かれ、下着が全て洗濯とアイロンがけされてしまわれてるのを見て心で泣いた。洗濯機の中に放置してきたやつまであるんだろう。
まぁ、それを見て、ほっとしたのは言うまでもない。マジ不思議。
離れから、俺用にと用意されてあった下駄(サンダルじゃないよ)をつっかけて、本館の裏口へと入り、狭い廊下を進んだ先が控え室で、その隣が専用食堂になっていた。食堂と言っても畳敷のひろーい和室で、その中央に何人用かと悩むほどデカくて長い卓が置かれていた。
今、その上には豪華な料理が所狭しと並んでいる。
「もー大丈夫かしら?」
「ご迷惑をおかけしました…」
部屋に入って、すぐに見覚えのある顔をみつけて腰を落として詫びた。
沙月さんは、手を胸の前で高速で振って、俺を奥の座布団へと誘った。
「気にしない気にしないっ、ね?ほら、ここ座って。お腹すいたでしょ?」
「ありがとうございます!」
「真珠さまーっ雛巳ちゃーん、始めますよー!番頭さんに慈雨さんもー」
そろそろと遠慮しいしい長い卓の中央辺りへと座った。
沙月さんの呼ぶ声に、出入り口とは別の開き口から2人のおじさんが入って来た。1人は両手に料理満載の皿を持ち、もう一人は白い白衣の上下で器用にグラスとビール瓶をいくつも下げていた。
あ、先の人が番頭さんで、後ろの白衣の人が板前さんか。
部屋中にいい匂いが充満している。と、俺の腹が盛大な音を立ててなった。
「ぷっ」と吹き出し笑いが聞こえた向かいにジュリアン君。それをちらっと睨んで、でも生きている実感になんだか泣きたくなった。
「皆の者、おまたせー!」
物凄く煌びやかな御仁が、扇子片手にいきなり現れた。
ああ、この顔は知っている。倒れる直前まで眺めていた顔だ。あの時は、顔のアップだけだったが、やっと全身を見ることができた。
俺よりも頭一つくらい長身で、女物みたいな煌びやかな絵柄の着流しを無造作に着付け、左腕を抜いて懐に締まっている姿は、なんとも艶めかしい…超絶美形、マジ怖い!
俺は再度、呆然としながら上座へと向かう男を目で追った。
「さて、夕食兼英君の歓迎会を始めるとする!」
上座へ男が座り、俺の右に番頭さんで左に沙月さん。向かいがジュリアン君でその隣にヒナミン…いいなぁ…と。板前さんは、一番下座に落ち着いた。
「まず、紹介を先にしておこう。」
ピッと扇子の先を番頭さんに向けて
「番頭の木ノ内 勝五郎。向かいが、中居のジュリアンこと「おいっ!!」田中 寿莉。隣が同じく中居のヒナミンこと「やめてください!」久遠寺 雛巳。そして、また隣」
またもや扇子が俺の左隣に戻った。
「中居頭の菊池 沙月ママ「よろしくねぇ~」。最後は下座の板前 中埜 慈雨だ」
板前の中埜さんが、座布団を外して俺へと頭を下げて挨拶してきた。俺も慌てて同じく後ろへ下がって頭を深く下げる。料理人と洋菓子職人って言う違いはあるが、この中じゃ一番近い役処だ。先輩になる人には敬意を。
「そして、俺が―――ここの宿の主で亭主の真珠だ。よろしくな?」
「あああの…今日からお世話になります。デザートを担当させていただきます、パティシエの茅野 英です。よろしくお願いしますっ!」
中埜さんに挨拶した状態のまま、少し膝の位置を前に向けなおして自己紹介しながら頭を下げた。
なんだか、もう一度社会人一年生になった気分だった。
俺の挨拶が終わったと同時に、主に女性軍とジュリアン(本名じゃなかったのか)こと田中君、そして亭主の真珠さん(名前なのか?姓なのか??)が大歓声を上げた。
「うれしーーーー!!!待ちに待ったスゥイーツですよ!」
「ケーキがチョコレートケーキがっ!」
「遠慮せずに俺に特大ミルクレープを作ってくれっ!」
「俺はアイスとゼリーがいいなー」
卓の上の豪華な品々を前にはしゃぎまくる四人に、なんだか中埜さんに申し訳なくなった。
そんな俺の心境を察してか、番頭の木ノ内さんがぱんっと一つ手を打って締めた。
「さぁさぁ茅野君もお腹ぺこぺこでしょうから。始めましょう!」
その一言が合図になり、皆がグラスを持つと乾杯した。
「末永くよろしくーーーー!!!」
さあ!食うぞ!!!
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