4噺 ジョロウグモ 完


「お…おまっ!なんで人の部屋へっ!」

「まだ、怪談始めてねぇんだからさぁ~。ンな可愛い悲鳴上げンなって♡―――ぐぇっ!」


 もうね、思い切り拳を寿莉の脳天にカマシたね。こっちも痛いけどね!

もう一発と拳を振り上げたところで、寿莉は「タンマ、タンマ!」と起き上がって布団から逃げ出した。


「だって、真珠様が俺に訊けって言ってただろっ。だから来てやったんじゃねーか」

「ぬぁにが『来てやった』だ!常識あるなら、俺が戻ってから来い。無断で人の部屋に入りやがってっ」

「ごめーん…自分の部屋で待ってたら、寝ちまいそーだったンだよン。つか、寒みーから、布団に入れて」

「今だけだからな!今度やったら…」

「やったら?」

「デザートなしな」


 めくってやった布団に入りかけた寿莉は、俺の宣告に固まった。

…子供かっ。

しかし、こんなこともあるならコタツかテーブル欲しいなぁ。あ、湯沸かしポットも。暗くなると、妙に肌寒いんだよ。どーなってんだろ、ここの気候。


「で?久しぶりだけど、真珠様の用事で現世行ってたって?」


 ちょっとしょげて布団にくるまった寿莉の横に滑り込み、腹這いになって顔を近づけた。


「あ、誰かから聞いた?例のね、女の素行調査に行ってたンだよ。で、あっちで筋モンとちょっとあって髪ぃ燃やされたんで、さっぱり切って来た。鼻ピーもさ、引きちぎりやがって…まっ、倍返ししてきたケドね」


 いきなり物騒なお話から始まりましたが、ヤクザ絡みの女だったのか…。

目をこらしてみると、確かに小鼻の辺りと唇のいくつかが無い。それでも、まだまだ着いてるけどな。


「で、あの玲香ってのは、キャバ嬢でさ、そこから小金持ちの男に貢がせて、借金まで行ったらその金も持ってドロン。で、また次の店へーって具合で、次々に男を食い物にしてた訳」

「よく店変えできたなー。お水系って、悪名高くなると他店にブラリス飛ぶって聞いてるが…」

「全国各地巡業してたみてぇよ?そんで、最後に食ったのが、運悪くヤクザの幹部。フロントの裏金を玲香のマンションに隠してたンだけど、バカ女だからさ、それもって逃げやがって、捕まってドーン☆」


 寿莉が指をピストル形にして、自分の頭に当ててまねる。

俺は、想像して顔を顰めた。


「ンで、あやかしだけど、どーも地方にいた時に憑かれたみてぇでさ、食い物にしてたオッサンと心中騒ぎ起こして店に戻って来た時、別人みてぇになってたって。それまで、えれー気の強ぇ女だったのに、そん時からでみょ~に男が寄ってくるようになったと。その後、何人かのオッサンが行方不明でさ。…きっと喰われたんだろうな」

「死んでまで男…いや、金か??どっちが欲しくてふらついてたんだ?」

「玲香本人は金。ジョロウグモが男。殺された頃は、ジョロウグモに魂のほとんど喰われてたから、ここへは男だな」


 背筋を走った悪寒にぶるっと震えて、布団の中へ潜る。

綾目さんが探し出して連れてきた、あの夜に見た玲香の風情を思い出す。

俺には萎れた植物みたいにしか感じられなかったけど、ああ言った女が好みっつー男も多いだろう。庇護欲を満たす快感ってのもあるんだろう。


「それで、離れでなにがあった?」

「男が居たから大人しく宿に入ったけど、待っても待っても女しか来ないんで―――大事起こして罠張って、飛んで来た真珠様と俺にぶった切られて、正体現したとこで飛女がペロリ♪」

「罠って、口からなんか吐いてたって…」

「蜘蛛の罠って言やぁ糸で巣作りだろうがよ。行ったら、金色の糸が飛んできて、俺も真珠様もベッタベタで気持ちわりーは、女ぁぶった切ったら黄色い汁がぁ、どばぁっと」

「うがーーー!もっいい!ストップ!」

「うひひひひ」


 寿莉のいやらしい笑い声を聞きながら、頭から布団をかぶって目をぎゅっと閉じた。脳内に浮かぶ妄想を追い出すのに忙しく、そのまま眠ってしまった。

 そして、お約束。

ええ、朝目覚めて悶死しそうになりましたが?横に上半身裸の野郎が大口開けて寝てるんだからな!

 肩を揺すって起こしてみたけど、まったく目覚めない。頬を引っ張っても、抓っても(以下略。仕方ないんで、障子戸を全開して、畳返しならぬ布団返し!ごろごろごろっと転がって廊下で止まったが、まだ寝てる。


「ふふふ…『ゆうべはお楽しみでしたね』」


 寝汚いぎたなさにマジで横っ腹を蹴りつけようとしたところで、ぼそりと声がした。

見れば廊下の突き当りの角から、雛巳さんが半分だけ顔をのぞかせてニヤついていた。垂れ気味の目が三日月に。


「朝っぱらから胸糞悪い冗談かましてると、俺流報復かましますよ…」

「へぇ~なに?」

「一週間デザート無しの刑」


 無言ですーっと顔が引っ込んだと思ったら、次の瞬間、廊下の真中へスライディング土下座だよ。


「すみませんでした。ご無礼の談、平にご容赦ねがいます!」


 はたで見たら、JK苛めしてるみたいだろーがっ。


「反省の色なしっすね。サービス業の土下座なんて」

「じゃ、どーしたら…」


 マジで凹んでるのには参った。俺<スイーツかよ…。


「なら、こいつを起こしておいてください」


 それだけ言って、俺は母屋へ向かった。


 なんかねぇ、気分がすぐれない。腹の中がもやもやするっつーか、胸がジリジリするっつーか。理由は判ってるんだ。


 菓子作るだけで、従業員としては蚊帳の外なのが不満なんだ。菓子作り以外に何もできないって知ってるけど、厨房から出て皆の横に立ちたいって…。事後報告されるだけって、なんかサミシイ。あーあ。


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