3噺 ジョロウグモ 其の三

 珍しく地味な浴衣に濡れ髪を束ねた真珠様と本日初の寿莉が、疲れ切った様子で飛女の先導で現れた。

 驚いたのは、寿莉のヘアスタイルが変わってたこと。相変わらずキンパツだが、スタイルはベリーショート。風呂上りで拭いただけなのか、あちこちツンツン立ち上がってる。ヤンキーからギャングに昇格?男の髪形が短いのは珍しい訳じゃないが、肩にかぶるくらい長かっただけに、その思い切りの良さに感心した。


「「あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーっ!!疲れたぁ」」


 席についた二人が揃って喚くと、合図のように皆がもそもそと席につく。


「皆もお疲れ!詳しい話しは飯の後!んじゃ、いーただーきまーす!」


 手を合わせた後、無言で一心不乱に食事をするメンバーを見て、俺は慈雨さんと顔を見合わせ苦笑した。

あー揚げたてのナスと、ししとうの大葉巻きの美味いこと美味いこと。

飯はつやつやだし、煮物の里いもはほくほくだし、なんと言っても茶碗蒸しの旨さは格別だった。絶妙な出汁と塩味加減に舌ざわりがいい!

 仕事の後の旨い飯って、マジで幸せ♡

 慈雨さんの隣りで、飛女が器用に箸を持ってポンポンと口へ天ぷらを放り込んでいる。幸せそうに目を細めて。


 さて、食後のデザートの用意に行きますか。

俺が空の椀や皿をカウンターに下げ、厨房へと向かうのを見て、番頭さんがコーヒーメーカーのセットを始めた。

冷蔵庫から出した2つのケーキにナイフを入れて、取り皿とフォークを乗せたトレイと共に持っていく。


「最愛のミルクレープ来たーーーーー!!!」

「一種類一個づつです。ミルクレープは、ご注文主の真珠様が二個OKで」

「やったー!俺の二個!!英ちゃん、愛してるーーーーぅ!」

「じゃ、今度は私が注文するぅ」


 疲れているはずなのに、テンション高い…。念願の黄色いドームを見て、両の拳を突き上げて喜ぶ残念美形さん。女性陣の目の色も変わって。

 俺が案内しおわらない内に、真珠様付近は、飛女も参戦してのケーキサーバーの奪い合いになっていた。フォークを刺して持っていくなんて、無作法なことをされないだけマシだけど…。

おまえら、腹一杯飯食ってたんだろう!?そっちのおかずの皿を空にして、その上こっちの皿にまで手を出してたじゃないか!? どこへ入るんだ。

この席順は、仕事の役処に関係あるのかと思っていたが、絶対に違うな。意地汚い欠食児童グループと人並み上品グループに分けられてるとしか思えん。

番頭さんが細い目の目尻を下げてコーヒーを次ぎ分け、慈雨さんは後かたづけ。

 辺りにコーヒーのいい香りが漂い、手元にカップが配られる。


「さて、腹も落ち着いたところで…詳しい話でもしようか」


 真珠様、口では真面目なことを言ってますが、全身がケーキに集中してますが。特に目とフォークを持った手が。薄ーくフォークで切ったミルクレープを口に運んで目を細めてにっこり。わーっ、目の毒になるほどの満面の微笑。

 で、俺はコーヒーで一息ついて、眩むような笑顔から視線を逸らす。

逸らした先には…なんで皆もケーキに集中!?慈雨さんまで!沙月さんなんか、隣りの雛巳さんに小声で「このプリンみたいなのぉ、何入ってんのかしらぁ」とか耳打ちしてるし。


「えー、あの女客は、あやかし憑きでした。その上、客自身たましいはほとんど喰われてました。妖はあとから飛女嬢が美味しくいただきました。以上、終わり!」


 へー、やっぱり化物付きだったのか。ケンジの話し通りだった訳だ。飛女さんがおいしく…。


「ええっ!?それじゃ、単なる報告でしょ!詳細な報告は、どこ行ったんですか!」

「…ンどくせぇ…そんなもん、後で寿莉に訊け。お布団に二人でくるまって夜通し話せ。楽しい怪談だぞ~」


 あ、いま「めんどくせぇ」っつたな!


「従業員への報告は亭主の義務でしょ?」

「俺は忙しいの!これから、じっくりとミルクレープとのめくるめく愛と欲望の時間を過ごすんだ。邪魔すんじゃねぇ!」


 訳の分からない言い訳をしながら、真珠様はギラギラ(キラキラじゃないよ)した目でケーキを見つめ、舌なめずりしながら慎重な手つきでクレープ部分をめくっていた。なんすか?あのエロい目つき…はぁ。

 誰か!俺の意見にさんせ…誰もかれもケーキですか。美味しいですか。そーですか。アリガトウゴザイマス。

なんだかすげー理不尽。



                   ***



 あれから、デザートとのめくるめく愛を堪能した面々を風呂や部屋へと送り出し、慈雨さんと共に各々の持ち場の片づけを終わらせて、風呂に入って部屋に戻った時には、いつもより疲れていたのを感じてグッタリ脱力した。

 静まった従業員棟の廊下を忍び足で部屋へ滑り込み、灯りもつけずに万年床に潜り込んだ。


「うぎゃーーー!!なに!?なんなの!?」


 布団の中で伸ばした足に、なにか冷たく弾力のある物体が触れて、もう力の限り叫んで飛び出した。尻で後ろへいざって壁にすがりつき、そろそろと振り返ってみる。

男の矜持なんざ、ぶん投げた。


「うっせーなぁ。みんな寝てんだから、静かにしろよー」

「寿莉!」


 のっそりと布団から顔を出したのは、眼を金色に光らせた寿莉だった。

ニヤリと笑って、肩肘枕で手招きしてるし。


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