縁切り~えんきり~ 縄

1噺 縛るモノタチ ― 1


 妙に気になったことが、一つあった。

従業員離れを出る時、ちらりと視界の端に入る前庭の植木のことだ。椿が、いくつも花を落としていた。

 生きてるのか?

ふと足を止めて、意識して整えられた庭を眺めた。

 

「あれ?」


 こうして眺めてみると、庭の植木たちが季節を無視して花を咲かせているのが分かる。椿は初冬からの花なのに、その向こうに梅雨時に咲く紫陽花が満開だ。なんで、今まで気づかなかったんだろう?

 じっと庭全体を見渡して、ようやく納得する。

聖域に季節と意識できるほどの、四季の移り変わりがないからだ。それに加え、天候が変わり映えしない。

 確かに太陽や星なんか無いとは聞いているし、実際見えない。ってことは、雲は出たことないし、雨や雪なんて振りはしない。日々、常春状態で、熱心に躰を動かしていると生者の俺は薄っすらと汗ばむし、暮れ始めれば涼風が感じられ、深夜は肌寒くなる。そんな毎日だから、花や木々のことは目に入らなかった。


「おはようございまーす……どうしたんですか?」


 下駄をつっかけて母屋へ行きかけた雛巳さんが、ぼけーっと突っ立っている俺に気づいて声をかけてきた。


「おはよう。なんかね、今頃になって庭の花の不自然さに気づいてさ」

「ああ…うん。季節に関係なく花が咲くんですよねー」

「雨も降らないし、熱くも寒くもならないのに、ちゃんと綺麗に咲くからさ、どうやってんだろうか?と思って」

「業者さんが来てくれてるらしいですよ?」


 業者?植木屋さんとか?でも、花は咲いてるけど、枝葉が伸びてるのは見たことないんだよなぁ…。


「業者って、刈り込みしてるのは見たことないな」

「ああ、ここの植物は成長しませんよ。ただ、業者さんが来て、庭のバランスを見て花を咲かせてくれるだけなんです」

「ええ!?花を咲かせるためだけの業者?」

「はい。後は植え替えとかですかね~」

「へぇ……」


 なんだか、今まで生き生きして見えていた木々が、いきなり造花みたいな人工物になった錯覚に陥った。触っても本物みたいな人工の。

 でも、死んでる人間が『生前と同じ姿で活動している』ってことを思えば、植物がなっているのも当然なのか。

 俺は話しながら、そっと庭から離れて雛巳さんと本館へと急いだ。



 本日の午後のティータイムは、クレームダンジュ。簡単に言えば、焼かないチーズケーキだな。

ご家庭でも簡単にできるスィーツだ。材料は、上をみたら切りがないほど高級品もあるが、お手頃の値段で買って作れる。材料を手順に従って混ぜて、それを絞り漉す。その漉す時間がかかるだけで、簡単な作業だ。

 お客に出した後、従業員のおやつに出してみたが、おおむね好評だった。慈雨さんに作り方を教えてみたら、首を傾げつつ「アイスの様なケーキの様な」とぶつぶつ呟いてて笑った。

真薯しんじょって料理あるじゃないっすか?あれみたいなもんですよ」

 と、少し失礼かと思ったが、例えてみたら納得したようだった。厚揚げの様でカマぼこの様で…って違うか。


「しかし、こう言う言い方は悪いと思うんですが、今回のお客さんは普通でよかった…妙な心配もなく仕事ができるし」


 ガトーショコラとティラミスを作り終え、夕食のデザート完成。ほっと一息つきながらの休憩を取っていた俺に、夕食の下ごしらえを終えた慈雨さんも休憩だ。クレームダンジュを口にしながら、俺の感想に苦笑する。


「ちょっと特殊なのが2件続いたからな…」

「ははは、あーゆーお客が通常ですって言われたら、泣こうかと思ったっすよ」


 現在逗留中のお客は若い女性で、10日後に結婚式を控えての、自家用車の自損事故だった。それも居眠り運転だとかで、恨む相手もいない。しいて言えば、DVD鑑賞で夜更かしした己だろう。

 いつもの様に綾目さんが狗と共に連れて来て、放心状態の彼女を年の近い雛巳さんが担当した。スィーツとお茶で一服して温泉につかり、一眠りして起きた彼女は少しだけ落ち着いたらしく、真珠様の話しを聞いてちゃんと受け答えしたようだった。

 ああ、後は縁を切るだけか―――と流れを思う。

 結婚式間近となれば、彼女を引いているのは婚約者だろう。両親だって、愛娘を亡くして嘆いているだろう。


「しかし、これはこれで他人事ながら辛いっすね。引いているのは彼氏か親か…どっちもたまらないでしょうねぇ」

「だろうな…あと少しで幸せの最高潮だったのになぁ…」

「でも、お隣さんにじゃないってことは、彼氏と縁は続かなかったってことっすよね?」

「まぁ、残念なことにな。そこは、神様の決めた運命ってやつだな」


 ああ、彼女の命が尽きたのも、彼氏が運命の人じゃないのも、神様の決めたことなのかぁ。そんで、俺や番頭さんや(もし生きてると仮定して)雛巳さんは、神様の決め事である理から外れてるって訳だ。


「現世から縁を引かれたことで、迷ってここに来て、真珠様から縁を切るって話をされて…それまで無かった心残りが生まれたりしないっすか?」

 

 飲み干して空になった湯呑を手で遊び、ぽつりと聞いてみる。

ずっと考えていたことだ。

 死んでこの世に来て、ぼんやりとしながら何も思わずただただ幽世へ向かう―――それなのに、この宿で思い出させてしまうのは。


「未練が蘇るのなンか、当然だろー」


「え?」


 いきなり聞こえた寿莉の声に、しんみりしていた雰囲気が消えた。どこにいるのかと辺りを見回して、いきなりの登場で俺の逆鱗に触れてるジュリアン!

 なぜ、お前は製菓厨房にいる。そして、なぜに腕にアイスクリームサーバーの容器を持って、その中にスプーンを突っ込んで食ってるんだ!

 無言で立ち上がり、つかつかと寄ると拳を脳天に振り下ろした。


「ってぇ!」

 

 ごんっ!と音がして、思わず頭を押さえようとする寿莉から容器を奪い、咥えていたスプーンを取り上げるとコンコンと頭を叩く。


「お・ま・え・は、一週間デザート無しな!」


 全く!人の職場荒らしも程々にしてくれ!だ。

口をつけたカラトリーを、客にも出す食材容器に直接突っ込むなんざ絶対許せない!

 俺の怒りがいつものなあなあなじゃないと気づいたのか、寿莉は縋るような目付きで俺を見た。


「そんなぁ~~。じゃ、俺は何を食ったらいいンだよっ!」

「菓子受けに入ってるクッキーだけは許す」

「ええええええ!?」


 馴れ合いと信頼は違うんだってことを、身を以って教えないとならんな…こいつは。


「あのな!この容器はお客様に出すためのアイスだ。それをお前は、直接スプーンで掬って食ってたよな?そんな不衛生な物、出せないだろうが!!馬鹿野郎!」


 いくつものイヤーカフとリングの並ぶ耳を引っ張り、大声で怒鳴った。


「イタタタタッ!で、でもぉ……俺は死人だぞ?」

「死んでようが生きてようが、んなの関係あるか!なら、お前は慈雨さんの前で、作ったばかりの汁物に箸を直接突っ込んで食っても、笑って見てもらえると思ってんのか?」


 後ろで急に冷気が舞い上がった。例え話しなのに、背筋を悪寒が走る。

俺は極力振り返らずに寿莉に説教をかましていたが、寿莉が俺の背後の気配に気づいて視線をやり、慄いている。ばかものが!


「すいません…」


 お子様鬼は、すっかりしょげて頭を下げた。



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