2噺 縛るモノタチ ― 2


「すいません…気を遣わせて」


 ただ今、お隣さんに家出ならぬ宿出しております。


 あれから俺は、番頭さんに相談して張り紙を食堂に貼った。

製菓厨房の食材に、勝手に触ったり食ったりするなっつー内容を、分かりやすく丁寧にお願いする文面にしてだ。

 その張り紙を、こともあろうに宿の亭主が破り捨てた。


「この宿の中のものは、全部が俺の財産だ。それを俺がどうしようが勝手だ」


 この一言に、俺は切れた。なら、俺はここで俺の技術財産を売るのはやめましょう、と。

そこから「なら首だ。出てけ」「おう!出てったらっ!」の売り言葉に買い言葉で家出。がっくりしながら小道でしゃがみ込んでた所を飛女に拾われて、お隣りへ。

 琥珀さんに慰められつつ訳を話したら、たちまち彼は般若に大変身した。


「いえいえ、私は大歓迎ですよ。もうあっちへ戻らなくていいから安心して下さい。こうなったら、ここへ引っ越していらっしゃい。私の方から神様に事情を話しておきますし、再就職決定ってことで。明日にでも引っ越ししましょ」


 言葉は優しいんだが、声音がもーブリザード。通常がはんなりした風情の雅な話し方な人って、怒らせると怖いってのは本当だった。

 真珠様は、激怒!っつー感じに全身から黄金のオーラを噴き上げてる感じだけど、琥珀さんはひたひたと冷気がドライアイスみたいに漏れてる感じ。はっと気づくと、どこからか凍り付いて身動き取れなくなって…うん、コワイ。


「やーそう言う訳には…反省してくれればいいだけなんで」

「あの我がままガキ大将が、反省なんてする訳ないですよ?あれだけ熱望してたパティシエが来たってのに、この扱い!それもあったりまえの事を言ったのに、なに言ってんのか!あのウスラボケ!!」


 わーすげー…。コテンパンだな。


「まぁ、ちゃんと反省してくれるまではご厄介になると思います。それまで何でもしますんで、お願いします」

「そーですか?ずっといてくれたらいいのに……まっ、我慢比べだと思って、ゆっくりしていって下さい。で、時々でいいから子供たちにお菓子を作って下さればいいから」


 優しい言葉に、思わずほろっときちゃいそうだったが、頑張って我慢した。


 先日お邪魔した時には尋ねなかったが、ここの名は”縁結びの茶屋”ってそのまんま。お茶屋さんだから、宿泊は無し。つーか、客室はない。

子供は、縁がきっちり結ばれるまでの待機所として預かっているだけで、茶屋の客として迎えているんじゃないとのこと。

 見せてもらった店舗は、甘味処なんかにある和風な造りの椅子とテーブルが4席と、本格的な茶室が一つあった。

 やっぱり気になるのは、茶菓子。何を出してるのか、誰が作ってんのか。


「茶室は和菓子。お茶屋の方は和洋どっちも」

「誰が作ってんですか?」

「お茶屋の方はうちの裏方さんで、食事を担当してくれる人。器用で色々作れる人なんで、お願いしています。茶室の方は、私が…大した物じゃないんですけどね」


 照れながら話す琥珀さんは、妙に可愛い。男の人なのに!!

 この人も、真珠様と同じく謎の人だ。

真珠様とは正反対の容姿と性格してるんだが、真珠様は人種を越えた美なのに対して、琥珀さんは大和美人と―――男だよ?ちゃんとした男性だって初見で判るんだが、俺より小柄で華奢で線が細く、なで肩に着物姿が似合ってて、俯いた時の後ろ首なんか白くて細い!

 一瞬、無防備な所を見つけてしまうと「え?」と驚いたり狼狽してしまう時があった。なのに、貧弱って感じがしないのが不思議。


 ぼんやりと話しを聞いていたら、どこからともなく複数の甲高い声が近づいて来た。それに軽い足音が加わって、賑やかな団体様が座敷へ飛び込んで来た。


「あ!シュークリームの兄ちゃん!こんにちは!」


 まだ幼稚園児にも満たなそうな幼児が、わらわらっと溢れ、前回顔を合わせたことのある男児が嬉しそうに挨拶してきた。

 俺は、やっぱり湧き上がる違和感に苦笑した。だって、ここの幼児たち全員、3歳にもなってないのにちゃんと話せる。それこそ0歳児だってのに、カタコトじゃない口調で喋る。

 前に訪ねた時、幼児に抱かれたちっちゃい赤ん坊に「お兄ちゃん、誰?」と話しかけられて、腰を抜かしかけた。可愛い声で、大人顔負けの長い文章で喋る。


「こんにちはー」


 気づくと子供塗れになってた。きゃいきゃい声を上げて、俺にへばりつく幼児たち。


「ああー!ごめん!こらー!」


 お茶を用意して戻って来た琥珀さんに見つかって、子供たちはまたきゃいきゃい歓声を上げて部屋から逃げて行った。

 話し方以外はやっぱり幼児で、笑顔いっぱいの元気で明るい雰囲気は、落ち込んでいた俺の気持ちを軽くしてくれた。


「ごめんなさいね。見知ったお客様が来ることは滅多にないから」

「いえ、子供は嫌いじゃないんで大丈夫です」


 縁の繋がりを待つ子供たち。前世で誓った来世の縁。


「あのー…なんで、子供だけはここで待ちしてるんすか?」


 縁の繋がりを待つのなら、大人も子供も同じ立場だろう?なぜに子供だけ?

お茶を俺の前に勧め、向かいに座った琥珀さんは束の間俺の質問を熟考し、それから話し出した。


「大人同士の縁の結び目は、色々なモノが積み重なって作られているから頑強なんですよ。思い出や愛情や共に過ごした魂の重なった時間とか、ね?でも、子供は純粋な愛情しかない。重ねた時間も少しだけ……ここで縁だけ結んでも、幽世へ行った後で結び目が弱くなったり消えたりするんです。それを少しでも強く固くするために、親になる大人と対面して貰って、目の前で一緒に結ぶんです。現世で言う『学習するだけじゃなく、経験もする』ってことでしょうか」


 ほんのりと立ち上がる煎茶の暖かい香りが、俺の荒みの残りを溶かした。縁を切る宿とは違って、結ぶべき縁を結んで見送る茶屋は、なんだか心を落ち着かせてくれた。


 こうなると、俺って我がままだよなぁと自覚する。

現場から遠ざけられてることに、疎外感を覚えて勝手に不貞腐れたり愚痴ったりしてたくせに、いざ現場に立ち会わされりゃ今度は精神的にダメージを負ってるし。関わらなくていい所に居るってのに、わざわざ首を突っ込んで……真珠様をガキ扱いできねぇよなぁ。


「親がここへ来るまで待つんすか……」

「うん。親が若いなら何番目かの子供として転生してもらえるんですけど、それが無理な場合が、ここ最近は多くてねぇ」


 すいっと琥珀さんの視線が、雪見障子の向こうへ投げられる。少し悲し気な眼差しは、まだ声のする子供たちに向けられているのか、はたまた現世へか。

 結婚もしてない男の俺には、まだまだ分からない実情があるんだろう。


「琥珀ーーー!!!出て来い!!」

 


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幽世異譚~縁切り御宿~ りぃん @reen-jin

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