幽世~かくりよ~
1噺 幽世門
「紹介状って、神様が書くもんじゃねーだろ…はぁ…」
長い長い熟考の結果、俺は旅館従業員を選んだ。
だってさ、現世コースってどう考えても不毛だろう?
ただ生きてるってだけの、他は何もできない人生だ。
万が一意識が戻ったとしても、そこには莫大な医療費を請求される無職の浦島太郎になった俺がいるだけだ。
犯人は捕まらないんだから、もしかしたら事故の責任問題もかかってくるかもしれない。不毛どころかお先真っ暗不幸真っ只中だ。
つーことで、消去法でもうひとつの「旅館従業員」を選んだ訳だ。
神様の話じゃ、いい腕前の板前はいるんだが菓子や甘味の職人がおらず、主を筆頭に従業員も客も不満をもらしているとのことだ。
そんなところに、パティシエの俺参上!
捨てる神あれば、拾う神あり。死神に捨てられ、神様に拾われる。ははっ。
俺が選択すると神様はおもむろに線路に乗っていた俺の手首を掴んで、かる~い動作で電車の下から引きずり出した。
微妙な姿勢で固まっていた体の凝りをあちこち伸ばしながら解消し、ぐるりと辺りを見渡してみたら、電車も駅も線路も消えて真っ白な空間が続いていた。霧や
その中を一本の茶色い道が伸びていて、その先に黒々した巨大な門がそびえ立っているのが見えた。
神様が発光した腕らしき部分を、門へと伸ばす。
「あれは幽世門だ。そこの門番に『縁切り御宿へ案内してくれ』と頼め。そして、宿に着いたら、神からの紹介だと言ってこれを宿の者に渡せ」
そう言って、神様は紙の束らしきものを出して(どこから?)俺の手に渡した。
なんだか、時代劇に出てくる手紙みたいなもので、表に紹介状と。そこだけ現世かよ!
「では、寿命まで頑張るんだぞ?暇ができたら、様子見に寄るからな」
神様はそれだけ言って、いきなり消えた。
俺は呆然と手の中のものを見つめ、ひとつ大きな溜息をつくと門へと歩き出した。
***
足を進める度にでかくなっていく門。あんぐりと口をあけながら見上げつつ、門へと近づくと、とんでもないモンが門の前に待ち構えていた。
「とまれ!うぬは何者だ!!」
巨大なライオン?いや、狛犬っつーか沖縄のシーサーと言った方が近いか。それにしてもでかい!俺の二倍ほどの高さで、顔なんて両腕を広げても足りなさそうだ。
もっさり覆う
一難去ってまた一難かよ!電車に轢かれるのは免れたが、今度は食い殺される!?
「あ…あの!神様からのしょ…紹介で縁切り御宿へ行きたいんですが!案内お願い…します!」
足が震え、来た道を一歩二歩下がりながらも、どうにか要件を伝える。
「縁切り御宿へか!あい、解った。中へまいれ!」
門番がぶるりと頭を振ると、門の扉が重い軋み音を響かせながら開いた。
門の向こうも真っ白な空間が広がるだけで、今度は道すらも見えない。
俺はまた恐る恐る足を運んで門をくぐると、辺りをうかがった。
「縁切り御宿への案内だが、ちょうどよい奴がおる。あのものに「うぎゃ!!」」
いきなりの大音響に驚いて、耳を抑えて奇声を上げながら横っ飛びに飛び退った。
真横に、もう一匹の門番がお座りの姿勢でたたずんでいた。
「――なんじゃ、おかしなモノでもおったか?」
表の門番とは多少の色違いの巨大シーサーが、胴間声を張り上げながら辺りを見回していたが、俺は内心で「お前だ!」と言い返しつつも素知らぬ顔を必死で装った。
「いや…何も見えないんで、どう行けばいいのか困っただけで…」
「そうであったか。しかし、心配はいらぬ。あのものが、ちょうど同じ方向へ戻る。案内してもらえ――
門番は、俺に向けていた顔を自分の脇腹の辺りへ向け、誰かに話しかけた。
体を傾げて覗きこむと、そこには大型犬くらいの真っ黒な猫がいた。
犬の次は猫かよ!けどやっぱり、でけぇー!!
真っ黒な猫――もしかして、黒豹か?は、綺麗なアイスブルーの目で俺を頭の先からつま先まで
「おんや?また迷い死人かえ?…って、生きとるやないかえ?」
飛女と呼ばれた巨大クロネコは、おっさんともおばさんとも思えるような低い声で呟くと、いきなり目を見開いて駆け寄ってきた。
「なんで生きとる人間が此処におるん!此処はあんたみたいな――」
「あああ、あの!神様からの紹介で宿で働けって…」
長いひげをぴんと立てて、フンフン鼻息荒く顔を近づけて観察してくる飛女に、俺はわずかにのけ反りながら答えた。動物全般大好きだが、さすがにここまで巨大だと危機感のほうが強い。
マグスってのか?ネコ科のひげが生えてるぷっくりした部分が、ぷくぷく震え、しっとり濡れた真っ黒な鼻の穴がフンと一息吹くと開いた。
「縁切り御宿に職活かえ!?そりゃまた物好きな!あんた、何ができるんえ?」
「えー…あのー洋菓子作りの」
「まぁ!!まぁまぁ!スィーツのパティシエ!?きゃーっ!待ちに待ってたんえ!お乗り!今すぐアチキの背なにお乗りなんせ!はよ!」
ななななんだ!このいきなりのハイテンションは!
時代劇っぽい口調から横文字用語が飛びだすと、訳の分からない世界観にただひたすら呆気にとられるばかりだった。
飛女は大興奮で真っ黒は鼻とマグスをふぐふぐ言わせ、俺の前に身を屈めた。
俺は黒光りするつやつやの飛女の背中に、恐る恐る足を回して腰かけた。手をどこに置いたらいいのか迷っている内に、がっと立ち上がり、だっと走り出した。
「ちょっ!ま!」
上半身が置き去りにされそうになり、必死の思いでしなやかな艶毛の生えた首にかじりついた。もう、乗ってるっつーより背中に抱き着いてるって姿勢で、飛女の後ろ首に顔をうずめて風圧に耐える。
人が背中に乗ってることなんか忘れてるんじゃないか?てな勢いで疾走する飛女。振り落とされては大変と、腕も足も絡めてしがみ付いてる俺。
なのに風景が全く変わらないせいで、進んでる感覚がまったくない。
道もなく足音ひとつしない空間を。
ざざっと耳元で音がした。枝葉をかき分けたみたいな音。
え?と顔をわずかに上げて目を開くと、そこは木の塀が続く石畳の道の上だった。
「ほら、着いたえ。お疲れさん」
「あ、はぁ、どうもありがとうございました」
「そんな畏まらんでもええって!うんま~いスイーツをたーんと作ってくれなんせ」
よろよろ萎えた足を地につけて降りると、上機嫌な様子で先を進む飛女の後を追う。
1m幅くらいの石畳の小道に沿って、板塀が延々と続いている。その向こうは名も知らぬ木々の林になっていて、建物らしき物は見えなかった。
「ここが縁切り御宿の正面門。今のあんたはまだ客やからこっからお入り。ほな、また~」
塀の切れた先は、これまた立派な日本様式の四脚門がどっしり構え建っていた。まるで寺だ。これで旅館つーんだから、本館はどんだけ豪奢な建物なんだろーか。
そんなところで洋菓子―スイーツですよ?
いいんだろーか…。
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