2噺 よろい結び

「ここは、縁結びの―――」と言われ、「え?」と聞き返したが、「はぁぁぁっ!?」と突拍子もない声で叫びたかったのが本音だ。

だって、縁切りや縁結びってのは神社じゃね?ウチは宿だし、こっちが神社なのか?

でも、神域に縁結びの神社って、なんかおかしいし。まぁ。旅館も変だけどね。


「縁結びの神社かなにか…?」


 廊下を進みながら、声を落として話し続ける俺たち。

客間らしい部屋から、可愛い声の賑わいが届いてきた。誰かさんと子供たちがシュークリームを取り合っている。

もうすぐって所で琥珀さんは足を止め、俺に向かうと一言詫びて話し出した。


「申し訳ありません。あちらでお話ししたいのですが、あの騒ぎの中じゃとても…なので、ここで」

「はいはい。構いません」


 どっちかと言えば、こっちが謝らなけりゃいけない状況だっての。

今まで微笑んでいた顔が、ふっと生真面目な表情に変わった。


「ここは神社ではなく、お茶をお出ししてます。現世で言うと喫茶店でしょうか?」

「喫茶店…じゃ、コーヒーとか紅茶とかもある…んですか?」

「ええ。少し前までは、私がお茶を点ててお迎えしておりましたが、最近は若い人も多くて…」

「近代化っすね?」


 なんだか目の前の人に似合わないなぁと思いつつも、商売人なんだと笑ってしまう。それにつられる様に、琥珀さんの顔にも笑顔が戻った。


「で、縁結びってのは?」

「神様に、次の人生で縁を結んで欲しい人がいるなら希望を聞いてあげますよ?と約束を貰った方が、ここで先に縁を結んで行きます」

「そんなこと、できるんですか?」

「ええ…生前、強いご縁があって、でもその縁が成就される前に亡くなられた場合、ここで固く結び直して次の人生へ行けます」

「へぇ~凄い!」

「ははは…魂になっても人それぞれですよ。さぁ、そろそろこちらへ」


 俺は「面白い仕組みだな」なんて変な感心しながら、シュークリーム争奪戦会場へ、美味しいお茶をごちそうになりにお邪魔した。

そして、帰る時にご注文を承ったのだ。やっぱりケーキセット出したいよね?喫茶店ならさ。




               ***



「え?琥珀さん家の用も引き受けてんだ?」

「おう!俺じゃねぇとダメな場合もあるからなー。その代り、あっちのからすも真珠様の手伝いするぜ」

「烏…」

「そ!ウチは鬼の俺がアシスタントで、あっちは烏。えーっと、八咫烏やたがらすってのか?」 

 

 隣りへ挨拶に行って来たことを話すと、寿莉は追加情報を俺にくれた。

子供が十人以上もいたのに驚いたと言ったら、生まれ変わりの縁待ちなんだそうだ。

出産時に死産だったり、妊娠中に流産で亡くなってしまった子供たちの魂で、親になる人間とまだ縁が切れていなかったり、すでに亡くなっている親の生まれ変わり待ちをしているんだそうだ。

 そして、こちらと同じく琥珀さんにも使いの者がいて、それが八咫烏だと。見なかったけど…。また黒服の人なんだろうか。


「ところで…その鬼っての、そろそろ聞いていい?」


 時は夜で、また俺たちは缶ビール片手に夕涼みだ。今度は、自室の前の縁側に座って、慈雨さんからこっそり貰った酒の肴を置いて。

 俺は遠慮がちに尋ねてみた。死んだ者が鬼になるって、どーも明るい話じゃなさそうだし。


「え?俺、まだ話してなかったっけ?あーごめん!」

「あ、いや、寿莉の話したい時でとは思ってたからさ」

「いやいや。別に構わねぇよ。ん~~~そーだなぁ」


 子持ちシシャモの唐揚げを咥え、少し間を空けてから話し出した。

すると、さっきまで普通だった寿莉の眸が金色を帯びた。


「俺な、初めて死んだの、友達に苛められて階段から突き落とされてなンだ。事故で処理されたって話しでさ。死ぬ時、すげー恨みながら死んだ。次は、付き合ってた女に別の男ができて、別れ話で呼び出されて男に殴られて死んだ。こん時もめちゃ恨んで死んだ。で、三度目は、ハハオヤの男に滅多打ちされて…同じく恨んでさ。そしたら、次は無くなった。恨みが溜まり過ぎて、生まれ変わりを許す訳にいかねーって神様が決めてさ、ここに送られて来た」


 俺は、もう息をするのも忘れて、ただただ壮絶な寿莉の人生を聞いていた。

寿莉は、長い溜息をつくと、ビールを一口飲んだ。


「そン時の俺の魂さ、真っ黒の火で…浄化するか鬼になるかって、それしか存在する道はねぇって真珠様に言われてさぁ。迷わず鬼を選んだね!誰が消されるモンか!ってさ」

「……ケーキ好きの鬼…」

「うっせーな!いいだろーがっ!」

「このまま…ずっと鬼なのか?」


 俺も喉を潤して、真っ暗な遠くを見つめながら尋ねた。


「俺の中の恨みが消えたら、黄泉へ行けるって話しだ。でも、いつ消えンのかねー。わかンね!」


 頭の後ろで腕を組んだ寿莉は、そのまま後ろへ倒れて寝転がった。月も星も出てないのに、金色の眸がぼんやり光って、すぐに消えた。

あまりの静けさに、わざとビールを啜って音を立ててみる。

 寿莉の恨みが早く消えますように、と無意識に祈ろうとして、ああ、神様に禁止されてるんだと思い出す。


「真珠様の持ってるカタナ、あれで切られると魂すらも消滅すンだぜ。あれで、縁を切るんだ」

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