6噺 ひばり結び
その夜は、風呂を終えて後は寝るだけって所で、食堂にいた寿莉と雛巳さんに声を掛けられた。二人の前には、俺が焼いた常備菓子のサブレがある。寝る前に食うと太るぞ、と口に出しかけて、ああ、太る訳ないかと勝手に納得する。
「どうした?」
「夜番ですよー」
「……まだ、納得してないのか?前川さん」
ぼりぼりとけたたましい音をわざと立ててサブレを貪る寿莉に、ちらっと視線を投げてみる。
「んあー。なんでかね、自分の遺体が見つかって、それを見た遺族の反応が知りたいらしいんだよねー。その報告内容で決めるらしい」
「でも、見つかったらって、犯人は弟の奥さんなんだろ?幸恵だっけ?前川さんが見つかったら、どー考えてもその幸恵が遅かれ早かれ捕まるよな?それだけだろ?」
人が物を食ってると、自分も食べたくなるのは何故だろう?生きてる俺は、やっぱり太るんだろうか?もし俺が太ったら、体重の上下で雛巳さんの生死も分かるんじゃ――――体重の変動なんて教えてくれる訳ないか。
「だから、遺族の反応ですよ。犯人がどうこうじゃなく、他の遺族がどんな反応するか前川さんは知りたい訳。だって、前川さんを引っ張ってるのは、犯人じゃないって話しだし。ね?ジュリアン」
「ジュリアンはやめろ!……違うっつーてるのは、本人だしな」
「他の遺族かぁ。誰がいるんだ?独身だって話しだし」
「まずは父ちゃん母ちゃんだろ、それに弟、甥っ子、祖母ちゃんが二人……これくれーかな?」
寿莉が指を折りながら、肉親をあげて行く。
部屋へ引き上げるのをやめた俺に、雛巳さんが気をきかせてコーヒーを出してくれた。俺もサブレにを手に、頷いて聞く。なんだか推理小説を皆で読んで、皆で犯人捜ししてる気がしてきた。
「ここン家、変わってンだぜ。でっけー家で親とばーちゃん二人が同居してて、弟家族は外にこれまたでけー家建てて、前川さんはすげー小せぇワンルーム・マンションで暮らしてンの」
「……まぁ、色々あんだろー」
「でも、長男なのに一人だけ質素にワンルームって、なんか差別っぽくないですか?」
「や、本人が広い部屋はいらなって場合もあるしさ。会社員で役付きなんかしてると、部屋なんて寝に帰るだけだから―――」
「前川さんが勤めてる会社のシャチョーって父ちゃんなンだってよ。つまりー、前川兄は跡継ぎ!んで、父ちゃんが、そろそろ結婚したらー?って見合い相手探して来たらしい」
ああ、沙月さんの言ってた上司が見合い話し~ってのは、父親がってことか。
至れり尽くせりの親なのに、跡継ぎがワンルームに独り生活ってのもね。微妙な関係だったのかな?
「弟は?」
「子会社のシャチョーさんだって。家庭持って子供もできたしー安泰ってことなンじゃね?ただしー、嫁は兄殺しの犯人だがなー」
「変だよなぁ……金銭が原因で義兄殺すって。借金?」
「それも分かンねぇ。教えてくれねーンだもん」
「寿莉が調べたりできないのか?」
「烏ならできるンだろーが、俺は金の流れとか金融関係とか苦手なんだよねー。スマホやパソコンでピコピコするの、駄目ぇ」
ピコピコって…見た目が《最近の若者》なのに、機械音痴なのか。コーヒーを啜りながら、じっくり寿莉を見つめていた俺の視線に気づいてか、鬼が肩眉を上げて不服を示した。
「あのね!俺が死んだのはまだパソコンが一般的じゃない頃なの!それに!貧乏家庭だったからな!」
「……そんな
「年寄りじゃねぇ!永遠の19歳だっ!」
まぁ、永遠なのは正解か。頭の中まで、永遠の10歳なのは情けないけどな。
さーて、話しが脱線したところで、歯を磨いて寝るかな。と、カップを持って立ち上がった。雛巳さんが「おつかれー」と声を掛けてくれるけど、寿莉はぶつぶつ文句を呟いていた。でも、サブレを摘まむ手は止まらない。
「お先に、おやすみ」
事態が急変したのは、それから三日後だった。
寝入りばなに寿莉の緊迫した声で起こされ、迷った客が来ると告げられた。仕事がない従業員は、夜中でも客の出迎えを頼まれる。今、沙月さんが前川さんの担当をしてるから、出迎えにはいない。
「これから来る客の顔、よっく見てろよ……」
二つの大提灯に照らされた門の前に真珠様を筆頭に勢ぞろいして佇む中、隣りに立つ寿莉がこそっと耳打ちしてきた。
綾目さんからの連絡を受けたのは寿莉だったそうで、だから『何か』を知っているのだろうと予想はついたが、『顔』と言われて首を傾げるしかない。それでも聞き返すことなく、黙って客を迎えるために門の外を睨む。
やがて、飛女がすっと入って来て、後を黒犬たちが追って来た。
「お連れしました」
「ご苦労」
「迷いは、この宿にあり」
「……承知した」
門の外で綾目さんが、門の内で真珠様が、言葉をかけ合う。綾目さんの報告に、真珠様は一瞬戸惑ったようだった。
迷いはこの宿?迷いって引っ張る方?引っ張られる方?この宿って――――え……。
犬の後に続いて入って来たのは、前川氏――――いや、違う。前川氏と同じ顔をした別人。
彼の首にも、紐の痕があった。それも、一重の。
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