第二十話 イケメン従者
「……誰もいねぇ」
目が覚めると、同じ部屋で寝ていたはずの二人は既にいなくなっており、綺麗にたたまれた布団とベッドが置いてあるだけだった。
(因みに昨日は仲良く三人で、布団を敷いて寝た)
「なんで誰もいないんだ?」
マコトは寝癖をピョンと飛び出させながら呟いた。
『そりゃあそうさ、もう昼なんだから』
「うそっ!?」
マコトはガバッと立ち上がり、窓の外を見た。
確かに朝にしては通行人が多い気がする。
「まぁでも、昨日は大分遅くまで起きてたからなぁ……話し疲れてシエラが眠ってくれなきゃ、朝まで起きててもおかしくはないぐらいの勢いだったぞ……」
『それだけ君に興味を持ってくれているという事なんだから、別にいいことだと思うんだけどねぇ』
「たく……お前はいいよなぁ、一年中寝なくてもなんら影響はないんだから……」
ユピテルは一応でも神様なので、睡眠というものは必要ないのだ。
まぁ中には、怠惰でずぅーっと眠っている神様もいるらしいが……
「あ、そういえば今日王都から迎えが来るとか言ってたよな」
昨日の夜、確かにシエラがそう言っていたはずだ。
あの夜は、初めてのお酒やシエラのサプライズなど色々あったが、それはしっかりと覚えている。
『あーそうだね、来る、というよりかは、もう来てるけど』
「……え?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
―― 村の大広間 ――
「お、いたいた……おーいクロエー!」
クロエの姿を確認したマコトは寝癖をピョンピョンさせながら走り寄った。
「あらマコト、やっと起きたの……ねぇマコト、あなたって人の目を気にしないタイプなの?」
クロエはマコトの寝癖を指差してそういった。
もちろんマコトは気づいていない。
「え? 何のこと?」
「……まぁいいわ、それより、もう出発の準備は出来てるの?」
「出発の準備? ……もう出発するのか? ってか、王都の人たちが迎えに来てるんじゃなかったっけ?」
辺りを見渡した感じ、それっぽい人は見当たらない。
「今は村長さんの所へ行ってるわ、今まで預かってくれていたお礼をしたいって言ってたわ」
「へぇー、随分と律儀な人たちなんだなぁ」
「えぇ、私も思ったより丁重に扱ってくれたからビックリしちゃった」
「それじゃあとりあえず、向こうにつくまでは大丈夫そうだな」
すると、村長の家がある方から馬車が走ってきた。
馬車の周りには、甲冑をまとった護衛と思われる人物が数人いる。
「さすがお姫様だな、護衛が付いてる」
すると、クロエが少し珍しそうに護衛を見ている。
「ん? どうしたクロエ?」
「……いえ、私には護衛なんてついていなかったから……何でだろう?」
「さ、さぁね?」
きっと、クロエなら大丈夫だろう、がっはっは的な感じの事を王様が騎士達に言ったのだろう。
それを素直に受け入れて、護衛しない騎士達も騎士達だが……
「マコトさん!」
馬車が目の前で止まると、客席からシエラが降りてきた。
「おぉシエラ、随分と大事に扱われてるな」
「そりゃあお姫様ですから、皆さんからは大事に扱っていただいてるんですよ」
シエラはえっへんと胸を張った。
こういうところを見ると、やはりまだ子供なんだなぁと微笑ましい気持ちになる。
すると、客室から背の高いイケメンが降りてきた。
「あなたがマコト様でいらっしゃいますか?」
イケメンは丁寧な口調でマコトに話しかけてきた。
「あぁ、一応そうだと思います」
なぜこんな言い方をしてしまったのか自分でもわからない。
「左様でございますか、それではご挨拶を……私はヴィクトル・アザーロフ・バラクシナ、ヴィクトルとお呼びください」
ヴィクトルは芸術的なほどに綺麗なフォームで挨拶をした。
「じゃあ俺も……もう知ってるとは思いますけど、俺の名前はミカナギ……」
「マコトさん、その寝癖はなおした方がいいと思いますよ」
「え? 寝癖?」
マコトは手鏡を取り出すと、自分の頭を見てみた、そこにはピョンと寝癖がはねている。
「やべっ」
マコトはシュシュシュッと寝癖をなおすと、ヴィクトルの方へ向き直った。
(うーん、やっぱりこの世界に来てから自己紹介しようとするたびに邪魔されるなぁ……)
「じゃあ気を取り直して、俺の名前はミカナギ……」
「まぁ挨拶はもういいじゃないの、それよりも、マコトも早く村の人たちに挨拶を済ませて来ちゃいなさい、マコトが眠ってる間とかもものすごくお世話になったんだから」
「……へーい、分りました」
またまた自己紹介を邪魔されて少し言いたいこともあったが、ここはぐっとこらえて話に乗った。
「すんませんヴィクトルさん、俺はこれから村の人たちに挨拶行ってきます……シエラは一緒に来るか?」
「はい! 私もついていきます!」
マコトが聞くと、シエラはとても嬉しそうに返事をした。
「というわけなので、ヴィクトルさんは暫く……どうしたんですか?」
マコトがヴィクトルの方を見ると、なぜかヴィクトルは少し涙ぐんでいた。
「申し訳ございません……まさかシエラ様が、こんなにも楽しそうに笑える日が来るなんて、思ってもみませんでしたから……」
ヴィクトルはサッと華麗にハンカチのようなものを取り出し、華麗に涙を拭いた。
相変わらず、イケメンは何をやっても美しい……人間って、不平等だね☆
「……ヴィクトルさんは、昔からシエラの傍にいたんですか?」
「……はい、幼いころのシエラ様はとても元気な方で、シエラ様の笑顔を見れば、疲れ切っていた騎士たちも疲れが吹き飛び、不眠不休で働くほどでした」
(そ、それはそれで恐ろしいな)
「もうヴィクトル、昔の話は恥ずかしいからやめてよ……」
シエラは頬を赤らめながらヴィクトルに言った。
マコトやクロエ達とは違い、ヴィクトルに対しては敬語を使っていないので、本当に昔からの顔見知りだったんだなぁとマコトは思った。
「申し訳ございませんシエラ様……つい昔の事を思い出してしまって……」
そういうヴィクトルの顔は、なんだか暗いものになっていた。
「その笑顔も、いつしか見ることが出来なくなってしまいました……」
それを聞き、シエラの顔も少し暗くなっていた。
落ち込む二人を見て、空気を変えようとクロエがシエラに話しかけた。
「さぁ、二人ともそんなに暗い表情にならないの……そうだ、ねぇシエラ、一緒にもう一度村を回りましょ、もう暫くここには帰ってこれないだろうから、ね?」
そう言ってクロエはシエラを連れて立ち去って行ってしまった。
(おいクロエ、俺をヴィクトルさんと二人っきりにしないでくれ、何を話したらいいのかわからぬではないか)
何を話したらいいのかもわからず、マコトがあたふたしていると、ヴィクトルの方から話しかけてきた。
「マコト様には本当に、心の底から感謝をしております……」
「え?」
「シエラ様がああやって、素敵な方とお知り合いになることが出来たのも、全てマコト様がシエラ様の所へ来てくださったからです」
「い、いやいや、それはたまたま偶然村を見つけたからで、俺はシエラの事すら知らなかったし……」
「それでもです……マコト様には、とても大きな恩を感じています……」
そう言ってヴィクトルはマコトに向かって深く頭を下げると、大きな声で言った。
「シエラ様を救っていただいて、誠に……ありがとうございます!!」
因みにこの誠はマコトの事じゃないよ?
「そ、そんな畏まってお礼しなくてもいいですよ! 俺はただ当たり前の事をしただけですから……」
マコトは咄嗟にそういったが、まるで聞こえてないかのように、ヴィクトルは感謝の言葉を続けた。
「マコト様は、何も見ることが出来ず、独りぼっちでいたシエラ様を、暗闇の中から救い出していただきました、その上、見ず知らずの、敵対すらした村の人々を悪の手から守り抜いていただいた……このご恩は、魔族一同、力の限りお返しします!!」
先程までの穏やかな口調とは違い、とても力のこもった言葉だった。
マコトは今までこんなことをされるような生活とは無縁だったので、なんだか体がかゆくなってきた。
「まぁまぁ、顔を上げてください、それに、お礼だってもう十分村の人たちにしてもらいましたから」
「しかし……」
「いいんですって、俺はそういうの苦手だし、ナイフとかフォークとか使って食べる豪華な食事よりも、そこらにあるファミリーレストランで一緒にワイワイしながら食べた方が楽しいですよ」
マコトはニコッと笑ってヴィクトルにそういった。
きっとファミリーレストランの意味は分かっていないが、何となく雰囲気で伝わったらしく、ヴィクトルはまた優しい表情にもどり、マコトに話しかけた。
「……マコト様は、とても優しい方なのですね、シエラ様が貴方様の話をするときに、少し頬を赤らめていた理由が、今分かった気がします」
「……頬を赤らめた?」
「いえ、何でもありません、いずれ、シエラ様本人の口から理由を話していただけるでしょう」
ヴィクトルはニコッとイケメンスマイルを見せてそういった。
「ふぅーん、まぁいいや、それよりも、これからどうするんですか? 俺、王様の前に立つ時に着るような服持ってないですよ?」
マコトが今持っている服は今着ている白いコートとあっちの世界で着ていたパーカーだけである。
すると、ヴィクトルはまたまたイケメンスマイルを見せて言った。
「それならご心配なさらずに、陛下はそのようなことは気にしませんから」
「……?」
すると、クロエ達が村の奥から戻ってきた。
「二人とも、早く出発しちゃいましょ、いつあいつらが王都を襲ってくるかわからないんだから」
「ん? 王都を襲う? 何言ってるんだクロエ?」
「……まさか、マコト忘れちゃったの? シエラやヴィクトルさん達にはもう言ったけど、早くしないと使徒たちが襲って来るかもしれないっていう話だったじゃない」
「使徒たちが襲って来る? ……………あっ」
色々とハプニングがありすぎて忘れてしまっていた、魔族達に使徒達の事を話す以外にも、もう一つ大事な事があったのだ。
「人間の姿をした使徒たちによる王都襲撃……魔族の民達の、人間族に対する憎しみを、確実に増幅させてしまう……一刻も早く王都へと帰還し、我々も戦に備えなくては」
「そっか……そうだったよな、すっかり忘れちまってた……よし、じゃあ俺も……」
「マコトはダメ!!」
マコトが戦いに加わると言おうとした瞬間に、クロエが大きな声でそう言った。
「な、なんだよ急に」
「だってマコト、また加護の力を使う気でしょ? ただでさえ体への負荷が大きいのに、連続で使用なんかしたら……とにかく! 使徒達が攻め込んできたらマコトはすぐに避難して、使徒たちは私達で何とかするから」
「で、でも……」
すると、シエラがマコトの前まで歩み寄ってきて言った。
「マコトさん、クロエさんから聞いた話では、加護の力を使いすぎると、マコトさんの体が壊れてしまうんですよね?」
「え、あぁ、まぁ……」
「それなら、今回はマコトさんが身を引いてください……確かにあの加護の力は強大で、あの力があれば多くの人々を救うことが出来るかもしれません……しかし、それでマコトさんの体が壊れてしまうのでは意味がありません……人を助けるために自分を犠牲にしても、助けられた人や、残された人たちは余計に悲しむだけです……だから、もうむやみに、あの加護の力を使わないでください……」
シエラのその言葉には、何か強い意志がこもっているように感じられた。
きっと、自分を助けようとして死んでいった母親の事を考えているのだろう。
そのことを感じ取ったマコトは、少し躊躇いながらも約束した。
「……わかったよ、もうむやみにあの力は使わない……約束する……」
それを聞いたシエラは、ニコッと笑い、クロエの方へ振り返った。
「クロエさんも、あまり無茶はなさらないでくださいね? クロエさんは、私にとって初めてのお友達なんですから」
「えぇ、重々承知してるわ、それに、私がいなくなったらマコトの事を守ってあげる人がいなくなっちゃうもんね」
「いえいえ、別にクロエさんじゃなくても、私と妖精さん達でマコトさんの事をお守りしてあげますよ」
「いやいや、今のシエラじゃあまだマコトの事を守り切ることなんて出来ないわよ、やっぱり私がいてあげないと……」
「そんなことはないですよ、昨日だって、☆GOKIBURI☆に追いかけられたとき、マコトさんの事を置いて真っ先に逃げてしまったらしいじゃないですか」
「そ、それはシエラも一緒でしょ!? シエラなんかマコトに担がれて気絶してたじゃない!」
「あれは気絶してたんじゃありません! ただタイミングをうかがっていただけで……」
「なんのタイミングよ!」
「そ、それは……」
「むむむむむむ……」
「むむむむむむ……」
にらみ合う二人の間には、バチバチと稲妻が走っているように見えた。
(……女って怖い)
これが自分を巡っての争いだとはしらないマコトは、ただただこの先の旅に不安を募らせるばかりであった。
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